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荒国に蘭  作者: 亜薇
第二章 光と闇
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三.罠

 風友に呼び出され、瑠璃への疑心について仄めかされてより数日。授業の無い日の昼過ぎに、麗蘭は瑠璃の姿が見えないのを気にして落ち着かずにいた。

 何時も通り起床し、朝餉を取るところまでは共に居た。先に席を立った瑠璃は其のまま居なく為り、麗蘭が室に戻り書を読み始めても帰って来なかった。

 暫くして外に出て、孤校の敷地内で弓の稽古をし、正午に為りまた戻ったが、やはり瑠璃は不在だった。

 何かと除け者にされる麗蘭が尋ねても、一応は答えてくれる子を幾人か選び、瑠璃を見なかったか訊いてみる。果たして、朝餉を終えてから行方が分からないようだ。

 特段何も無い時ならば、瑠璃が暫し居らずとも然程さほど気にはしない。斯様に気がめるのは、数刻前からそう遠くない所に妖が居るのを察知していたからだ。

 今日は風友が紫瑶へ出掛け、夕刻まで留守にしている。年に数回、師が孤校を空ける際は、子供たちは結界の外へ出ないよう何時も以上に厳しく言い渡されていた。

 弓や剣、神術に優れている瑠璃とはいえ、運悪く大妖と遭遇して無事で済む保証は無い。そして将に今、麗蘭が感じている妖気からして、外に居るのは強力な妖である可能性が高い。

『妖に狙われやすいらしくて、孤校に入っても直ぐに追い出されてしまうの』

 瑠璃が初めて孤校にやって来た日、確かそんなことを口にしていた。彼女の身を案じた麗蘭は迷わず武器を携え、自らの危険を顧みずに飛び出して行く。瑠璃か妖、どちらかの居場所を突き止め、瑠璃の無事を確かめなければならない。



 孤校の正門と塀の外、風友が作り出した破邪の区域から出て、一度足を止める。見えざるものを視る巫女の目を用いて気を探るも、内側から感知した妖気以外は見出せない。

 先ずは瑠璃を探したいところだが、手掛かりが無い以上は止むを得ない。邪気を頼りに妖を追うことにした。

 今日は朝から空が曇っており、昼間にしてはやけに暗い。晴天よりも妖が出易い天候も相俟あいまって、緊張が増してゆく。

 五年前、廰蠱ちょうことの戦いでの失態以降も、ほぼ毎日修練を重ねて武の技を磨いている。あれ程の大妖は出現していないが、孤校を脅かそうとした妖は何度も退治し力を付けてきたのも有り、麗蘭には其れなりの自信が有った。

 妖の居るおおよその位置を掴むと、麗蘭は再び動きだした。考えるより進まねば、瑠璃が危機に陥る最悪の事態に為りかねない。

 結界を離れ、山の上の方へと進んで行くと、読み通り妖気の勢いが増してきた。此の辺り一帯は歩き慣れているが、普段と空気が異なる。邪穢じゃわいなる気が伝わり来て、敵が近いと知らせてくれる。

 視界の開けた地に出た時、麗蘭はまた歩みを止めた。正面に横たわる森の方に、妖しき者の存在を確かに認めたのだ。

――居る。

 森の暗さと深緑の枝葉に紛れ、大きな黒い塊が見える。注視すると、鷲と同程度の全長を持つ墨色の鳥だった。但し形は鳥でも只の鳥ではなく、妖力を備えた異形である。目線だけを動かして数えてみると、少なくとも十、二十は居る。

麝鳥じゃちょうか」

 樹々に留まり、鋭く光る巨大な一つ目で麗蘭を見詰めている。群れで人を襲い捕食する害鳥だが、阿宋山に出現するとの話は聞いていない。

――また、私を標的にしているのか?

 脳裏に過るのは、やはり廰蠱との戦いだ。麝鳥はの獣よりは珍しくないが、悪意有る誰かが放ったか、麗蘭の神気に寄せられ迷い込んだという以外は考えにくい。

 何れにせよ、見付けた以上は殲滅せんめつせねばならぬ。一羽一羽の妖気は大したことはないが、数からして一人で相手取るには骨が折れそうだ。

 背負っていた矢筒から矢を取り、弓につがえる。息を吐いて冷静に時を見定め、一番初めに動き出した麝鳥を狙い撃ちする。目玉を射抜いたのを確認すると、即座に次の矢を弦に当てて発射する。流れるように繰り返し、全て一射で頭部を貫き、あっという間に十羽以上を射落としてしまう。

 此のまま全滅させられると思われたが、そう上手くはいかなかった。矢筒に手を伸ばした時、矢が一本も無いのに気付いたのだ。一心不乱に射掛け続け、残量を確かめるのも忘れていた。未だあと半分程の怪鳥がひしめき合い、醜い声で鳴き喚いて此方こちらを窺っている。

――数が多過ぎる。

 使えなく為った弓を投げ捨て、腰に差していた剣を抜き急いで構えを取る。早口で呪を唱え、一瞬にして刀に神気を纏わせた。

 巫女の闘気に応え、麝鳥は一斉に急降下し襲い掛かる。麗蘭は左手を内から外へと払い、先程とは異なる呪を唱え起こした旋風で妖鳥を蹴散らす。怪物がひるんだ隙を突き、手心加えず刀で切り裂いてゆく。

 振り被り、大きく薙いで倒す。呪の効力で刀身に血はこびり付かないが、不浄の血飛沫は麗蘭に降り掛かり、聖なる身体を穢してしまう。

 妖退治の際、可能な限り剣ではなく弓で戦うようにしている。剣だと接近せねばならず、返り血や邪気に触れざるを得なく為るからだ。自身の神力が弱められていくのを感じながらも、斬り続けるしか道は無い。

 神術で光を発して浴びせれば目眩めくらましに為り、動きを封じることも出来る。力の消耗を抑えた呪を選び、刀に依る斬撃と合わせて着実に敵の数を減らしてゆく。全て斃し切ったかというところで、一羽討ち漏らした麝鳥が飛び去り、逃げるように離れて行った。

 此処から孤校までは程近い。仕留め損ねて逃せば、他の子供たちに危険が及ぶ。

――逃がすものか!

 空に為った矢筒を下ろし、麗蘭は刀を手に走り出す。妖鳥は何故か余り上昇せず、むしろ追い掛け易い高度を保って飛んでいる。

 無我夢中で疾走したため、おびき寄せられているという予感は抱けなかった。害悪と為る妖異は残らず一掃しなければならない。さもなくば、光龍として存在することを許してもらえないのではないか――そんな強迫観念が邪魔をして、危うい使命感に駆られていた。

 一度も止まらずに走り、暫くして辿り着いた先には、一人の人間が居た。

 背格好は麗蘭と同じくらいだが、身長がやや高い。白い千早ちはやに黒袴を付けており、頭には白布を被っていて顔が見えず、性別も分からない。白と黒という彩度の無い服装を、孤校の誰かが好んで選択していた気がするが、誰だったかが直ぐに思い出せない。

 布が隠していない鼻より下を見やると、形の良い弧を描いた唇は鮮やかな赤味を帯びている。女だと認識出来た頃、一羽の麝鳥が彼女の曲げた腕に止まっていた。

 麗蘭は女と相対し、暫時動かず黙していた。怪鳥は大人しく羽を休め、不気味な一つ目で此方を凝視しているものの戦意は無い。両手で握り締めた刀の先を前方へ向けて下ろさず、女の放つ気を探った。

――気が、無い?

 神人も妖はもちろん、只人ただびとでさえも、たとえ微弱であっても気を宿しているはず。今まで麗蘭が出会った中で、斯様に気を読み取らせない者はたった一人しか居なかった。其の唯一の者とは、人ではなく邪悪な神であったが。

「何者だ」

 自身を鼓舞するために声を上げ、大地を足裏で強く踏み締める。女は妖美な笑みを崩さぬまま返答せず、やがて妖を止めた右腕を上方へ振り上げた。

 孤校の在る方角へ放たれた麝鳥が、一直線に飛び去って行く。麗蘭も反射的に其の場を離れ、逃がすまいと走り出そうとする。

 女に背を見せるや否や、後ろから放たれた矢が目にも止まらぬ速さで麗蘭の右肩を掠めた。

 擦り傷を負った肩を左手で押さえ、直ぐ様振り返ると、女が射たばかりの弓を手にして冷笑を浮かべている。何時の間にか布が除けられ、思わず呼吸を忘れる程の美貌が露わにされていた。

 彼の女は、驚くべきことに――そして麗蘭が半ば恐れていたことに、良く見知った人物であった。驚愕と諦念ていねんを籠めた声を絞り出し、今此の時だけは呼びたくなかった名を口にする。

「瑠璃」

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