第二話 「どういたしまして」
「えっと、美少女に悪漢が倒れてきて、白昼堂々痴漢してること?それとも今まで一人だと思ってた人物が二人になったことかな?」
「二人になってる方だよ!」
「いやーん、誰かー。私襲われてまーす」
「わかりました!ごめんなさい!頼みますからそれだけは!」
二人で揃って地に平伏する。
「まあいいわ、そんな状況にした原因は私にあるものね」
考えてみればそうだった。なんで土下座なんてしなくちゃいけないんだ。
「今回だけよ。特別に教えてあげるんだから感謝しなさい」
「上から目線がムカつく」
「横に同じく」
彼女が両手をメガホンのように包み、口にあたりに作る。次の言葉は「きゃーこの変質者!」とありありと予測できる。すかさず僕たちは土下座のポーズを再構築する他なかった。主導権はどうあがいても彼女にあった。
彼女は満足して得意げに話し出す。
「まあ簡単なところから教えてあげるわ。単刀直入に言うと、あなたたちは一人であって一人ではないわ。元の人物が同じだとしてももう別の人物同士。私がそうしたの」
「えっ」
同時に互いの顔をまじまじと見る。
「つまり僕たちはずっとこのまま?」
「まあ多分……でも大丈夫よ!きっと数日後には気にならなくなるから」
「いやそういう問題じゃないだろ!授業とか家族とかにどう説明するんだよ!」
「心配いらないわよ、だってそういうふうにできてるんですもの」
「はあ?」
わかったぞ。この女、自分のわかってることを他人も理解してると思ってやがる。どうせ次いう言葉は「あっれぇ〜?私の言うことがわからない?こんな基本的なことなのに〜?」だな。
僕たちは僕たちだけにわかりあえる視線を交じらせ、小さくため息をつく。
「あの」
「なあに?一号」
「い、一号!?」
「あなたたち、二人いるのに呼ぶのに困るでしょ。あなたは私を押し倒してきたから一号ね」
「ひどい……」
顎でしゃくられ話の先を要求される。
「……僕たちこんなことになったの初めてですし。先ほどの話が今一つ理解できなくて。その、もっと噛み砕いてお願いできますか?」
「あっれぇ〜?私の言うことがわからない?こんな基本的なことなのに〜?」
殴りてえー!この優越感に満ち満ちた笑みを殴りてえー!
「まあそうよね。いきなり言われても凡人には理解できないわ。もっと簡単にして教えてあげまちゅよ」
「我慢だ僕」
「わかってるよ」
「まずは他世界と異世界について話さなきゃいけないよね。あなたたち、異世界についてどれくらい知ってるわけ?」
話が唐突にファンタジーになり、僕たちは思わず顔を見合わせた。
「異世界ってあれだよな?」
「あの魔法とかドラゴンが飛び回ってるっていう」
「はぁ。あんたたち、ちょっと夢見すぎじゃない?もっと科学的な話してるのよ?これだから…」
これだからの先は言わず、頭をやれやれと左右に振る。
「いちいち癪に触るやつだな!」
「まあ落ち着けよ一号。こういうやつはいちいち歯向かうとその分だけ話がこじれるタイプだから」
小声で僕たちが慰め合う。
「いい?初歩の初歩から教えてあげるわ」
彼女はようやく話し出す。
「まずこの世界は一つではないわ。当たり前だけどね。複数の世界が並行して存在している、でもぶっ飛んだ魔法やドラゴンなんて非現実的なことはないし、大して代わり映えのしない世界が続いてるだけよ。よくパラレルワールドなんて言われるわね。
『もし』とか『たら』とか『れば』とかの分岐の分だけ異世界、他世界は存在している。まあまだ私が見たことある異世界は三つだけだけどね。
ちょっと二号!偉そうなこと言った割にたいしたことねえなって顔したでしょ!」
いきなり指名されて慌てる二号。でも僕にはわかる。あれは「何言ってんだこいつ」って顔だ。多分僕も同じ顔をしている。
「はあ、教える気が削がれるわあ。まあ今回は大目に見てやるから。私の言う異世界を簡単に見えるものと勘違いしているようだけど大変なのよ。他世界なら今すぐにでも見れるけど」
「えっ!?」
「と、その前に異世界と他世界の違いよね。感謝しなさいよ、懇切丁寧に教えてあげるんだから」
この女、今とんでもないオアズケを……。
「他世界というのはある一つの世界から見て、とても近い他の世界のこと。略して他世界よ。あなたたち凡人には想像しづらいでしょうね。
そして異世界というのは完全に関わりのないどこか遠くの世界ね。他世界が同じ糸をこより出す繊維なら異世界はもうウールとポリエチレンくらいの違いよ。まあこの例えはママの受け売りだけど」
「多分半分は理解できていないと思う」
「半分理解できればいいのよ。一号二号でちょうどわかるじゃない」
「同じ人間なんだから同じところがわからないだろ」
「はあ、世話がやけるわねえ。いい?私が今から他世界を見せてあげるから目ん玉かっぽじって見てなさいよ」
彼女の言葉にだいぶイラついていた僕たちだったけど、その言葉には二人とも期待に目を輝かせた。いや感情が顔に出すぎだろ、僕。
彼女は僕たちが羨望の眼差しを向けるのにいい気になって、得意げで近くの木の棒を持って手を振った。
降り続けて、そして一分が過ぎた。
「……あ、あの。まだ始まらないんですか?」
「召喚とかゲートとか的なのは?……いやもしかして失敗?」
「はあ?見えてないのあんたら?」
彼女はイラ立てた感情そのままに手を強く振る。やがて疲れて手をだらりと下げた。
「あのさあ。見えてたでしょ?他世界」
「どこに?」
「この木の棒を振った時に棒が複数に見えるでしょうが!」
確かに棒を振れば照明とかの影響でコマ撮りのように見えるけど……。
「そ、それが他世界?」
「そう!ひどく近しく重なり合う他世界の中で、振り遅れた木の棒よ!」
僕たちは一旦振り返り、彼女に見つからないように耳うつ。
「何が科学的だよ!あんな子供だましの手品!いや手品でもない、あれは屁理屈詭弁だろ!」
「いや落ち着けよ僕、なんか変なこと言い出してるけど、あの人僕たちを分裂させた張本人なんだよ?もう少し優しくしてあげないと。たとえ頭のおかしな人でもさ」
「もしかしたら本当に頭のおかしな人なんじゃないのか?僕たちがたまたま分裂した時に居合わせた変な人っていうさ」
「……ありえるかもしれない」
「ちょっとー、何話してんのよ。まだ私の解説終わってないんだけど」
「い、いやあ!少し珍しい石を見つけてさ!はは!」
「あっ!蝶々!こんな季節に珍しいな!」
「ふ、ふーん。変な人たち」
お前が言うな!という言葉は僕たちの喉まででかかっていた。
「あんたたちも試しに手を振ってみなさいよ。簡単だから」
いや簡単と言われても。手を振るだけだし。
僕たち二人は再度顔を見合わせ。仕方ないから、彼女の満足するまでは付き合うことにした。最初に絡んできたのはあっちだけど、追いかけてしまったのは僕たちだし。
僕たち二人は揃って自分の手を振ってみる。なんだかバカらしくて涙が出てくる。
確かに手は振れば複数に見えたり分裂してるように見えるけど、これは目の錯覚であって鉛筆を振って曲げるマジックのような、いやもっと幼稚なものだった。
「それでこれが僕たちとなんの関係があるの?」
しびれを切らした二号が突っかかる。二号は最初に分裂させられた時、殴られた方でもあるし相当頭にきているらしい。
「はあ?まだわかんないの?私がさっき言ったでしょ?つまり私が殴ってあんたたちの他世界と他世界を分離させたの」
また木の棒を降り始める彼女。
再三に顔を向け合う僕たち。
そしてそこにある表情は……。
「いやあ、大変よろしくわからせていただきました!感服いたします!」
「無知な僕たちに教鞭いただき感謝感激ひなあられでございます!」
「そうよ、わかればいいのよ。無知なホモサピエンスたち!私を敬いなさい!オーホッホッホッ」
そう、諦めの感情だ。とっととお引き取りいただいて、僕たちで頭をひねったほうが早そうだ。
きっと彼女が何かしたように見えたのは錯覚か手品だったのだろう。
「いやあ足止めしてもらって本当に申し訳ない。ささ、あなた様はどうぞ行くように」
「なあにあんたら、いきなり丁寧になって」
「いやあ普通ですよ!はっはっは」
僕たちは肩を組み笑いあう。
「まあいいわ。私も行くところがあるの。多分あなたたちもすぐに気にならなくなるから大丈夫よ、元気でね」
***
意外なほどあっさり彼女は立ち去ってしまった。なんだか少し寂しい気がしたのは気のせいだと思いたい。
「なあこれからどうするよ」
「どうするもなにも、僕らにはどうしようもないよ。仕方ないからしばらくは二人で行動するのは避けるか?交代交代で……」
「いいなそれ、僕も少し憧れてたんだよそういう変わり身生活。やるじゃん一号」
「おいおいやめろよ。僕たちは二人で一人じゃないか二号」
なんだか僕たち、うまくやっていけそう。そう思い始めていた僕は内心とても安堵していた。多分二号も同じ思いだろうとチラッと横目で見ると目があう。
「なんか双子みたいだね」
「生まれてからずっと一緒だったわけだしな」
無言のまま僕たちは手を差し出しがっちりと男の握手を
「基準点を殴ったぁ!?馬鹿なことしてんじゃないわよ!あんたまたこれで世界の分裂が進んだら私たちじゃ手に負えないのよ!」
読みやすいように努力はしてますがこのままでいいのか悩んでます。文字数も少し多めなので読みにくかったら分割します。
さて内容ですが。まあ俗に言う説明回ですね。大体十話前後で終わることを目標としてるのでまだ序盤です。気長にお付き合いください




