バイオリニストは忙しい
「はい、そこバシっととめる。じゃあ40小節から、3.4.」
あ、まって、まだ楽譜に注意を記入してない。
演奏はどんどん進む。
フアーストバイオリンのコンマスが、弓順をかえてる。え・どこ?
書く間もない、合奏中だ。
弓順とは、下に降ろして弾くのがダウン、上に引くのがアップ。
大抵の場合、弓あわせをして、事前に決めてあります。けど指揮者の方針で、
変える事も多いです。
私は、黒川 奈美。アマチュアオーケストラのセカンドバイオリンのトップ
つまり、リーダー。子供のころからバイオリンを習い、大学では大学オケで
バイオリンを弾いてきた。
それにしても、本当に忙しいのだ。合奏中は、指揮者は楽譜に注意事項など書く
時間をくれない。録音して後で確認することもある
でも、「そこは、た~ら、た~らではなく、た~らた~ら だ」
なんて録音で聞いても、よくわからないし。
休み時間は、さっそくコンマスと弓の再確認。
確認が終わったら、他のメンバーに伝言ゲームのように伝える。
合奏が始まり、誰かが、完全に落ちた。曲の中で迷子になってる。
多分、あそこのシンコペーションのリズムの所だ。
ここは、セカンド全員で、後であわせないと。
怒涛のような合奏がおわり、ほうっとするヒマもなく。
次の練習の出席確認をとる。
「え~~町田さん、この次来れないの、仕事?うん、じゃあしょうがない。
えっと今日来てない佐々木さんに誰か次の合奏日をメールして」
「すみませ~ん。イス片付けるので。。」
おっと、もう終わりにしないと。
あとはと・・「日村さ~ん。楽譜のないのはどの曲だった?」
日村さんは新入団員のセカンドで、次の定期演奏会の曲の譜面がそろってない。
「日村さん、帰ったみたいよ」
後で連絡か、あ、携帯のメルアド聞いてない。
「黒川さん、次の四重奏の練習、いつにする?」
コンマスと私とビオラ、チェロのトップで、四重奏で依頼演奏をすることになってる。
「うんと、次の土曜日は、私一日勤務だけど夜ならなんとか。。」
「そろそろ会場をでてくださ~い」
追い出し声がかかりあわてて外にでたけど、何と何を決めるんだったっけ?
もう少し余裕をもちたい。会場のしまる30分前には練習は終わってるのに、
しなければ、決めなければいけない事山積みで間に合わない。
帰り際にコンマスの鈴木さんが声をかけてきた。
「今度、弦だけで練習しましょう。弓順の再確認もできるし」
「じゃあ、次の日曜の夜はどうかな。」
「ごめん、私、長期研修で、次の日曜にはもう出発してるの。
できれば、その前に、」
「え?そうなの?長期出張って、依頼演奏の日に間に合う?6月15日だけど」
「大丈夫、ちょうど飛行機で帰ってくる日だから間に合う」
でも、アクシデントは誰にでもあるのだ。
コンマスの鈴木さんは、用意万全。弦の弓あわせも、あの話の後、次の日の夜
という事に強引に、決めた。
で、依頼演奏の日、今日、6月15日。飛行機がつかないかもしれない。
私は朝からTVで気象情報をかみたり、スマホで飛行機の運航状況を調べたり。
だめだ・まいった。暴風雨で飛行機は出発便も到着便もこない。欠航だ。
困った。私はいやな汗がでてきて、心臓がばくばくしてきた。
すぐにコンマスに連絡したけど話中だ。
ファーストバイオリンなしでは四重奏は出来ない。
依頼だから、演奏でお金を頂くのだけど、出来ないのは信用をなくすので、
なんとかしないと、なんとか
チェロトップの伊藤さんに連絡。どうしたらいいか相談。
コンマス横の門田さんに、急遽お願いすることに。
楽譜を探して、弓順を書き、用意する。
門田さんは、連絡がるき、仕事が終わり次第すぐ、駆けつけてくれ事になった。
コンマスもだけど、門田さんも音大バイオリン科出身なので、
今回の曲は、名曲や童謡、アニメの曲とかなので、なんとかしてくれる(と願う)
いよいよ、依頼演奏の1時間前、コンマスが楽器と譜面台をかかえて、
飛び込んできた。
どうやって来たの?鈴木コンマス。
「あの、飛行機ば飛ばないかもしれないから、強引に研修を半日にして
もらって、JRの列車できたの。なんとか間に合った」
それならそうと、連絡くれればいいのに。。。
門田さん、あわてて駆けつけてきてくれたのよ・・・
「コンマスの意地にかけて、間に合わせたわ」
笑顔のコンマスを見て、私と門田さんは顔を見合わせた。
・・・門田さんにも、依頼演奏の謝礼を分けるべきね・・・
アクシデントの鈴木コンマスのとどめが、本番中にE線が切れた事だ。
あわてて、門田さんの持っていたバイオリンにかえる
偶然だ。らっき~だ。
今度という今度は、私は懲りた。
もう、依頼演奏受けるのやめましょう。
今日はハラハラドキドキもんだったですよ。
「いや~なんとかなるって」と反対したのは、ビオラとチェロのトップだ。
どちらも低弦パートの性格なのか、対応がノンビリしてる。
とりあえず、依頼演奏の打ち上げで乾杯した。
コンマスの鈴木さんだけは、申し訳ないって顔をしたけど。
”とにかく時間前に帰らないと”と必死だったらしい。
「なぜ、来たの」とも言えるわけない。
鈴木さんと二人で門田さんに謝った。
門田さんは、快く許すかわりに、自分も四重奏に加えてくれって言ってきた。
音大出身同士で、ライバル心が、二人の間でバチバチしてるのがわかる。
四重奏については、それでOK.私が抜ける。
これで、少しかは仕事が減ったかな。
音大出身者同士の、コンマス争いとかになりませんように。
だって、とばっちりが、こっちに来るのがみえみえ。
もう面倒ごとはたくさんだもの。