ご帰宅
「明日は十一時から、ラジオの完パケ収録です。」
「は~い。じゃぁ、お疲れ様。」
収録スタジオの正面玄関でマネージャーと明日の仕事を確認し、衣装などの荷物と共にタクシーの後部座席へと腰を沈める。
深夜二時を過ぎ、都会の喧騒も鎮まりつつあり、星空の見えない大都会を照らすのは、月の輝きすらも霞ませるような、綺羅びやかなネオンライトの波。
いつもの景色を横目で見流しながら、ことりはツイッターを更新する。
「家に着いたらブログも更新しなきゃ。」
スマホをバッグにしまい、少しだけ目を閉じる。
来月には新しいアルバムが発売を予定している。それに合わせて十月から主要四都市でツアーも始まり、その合間を縫って新アニメの続編のアフレコが開始される。
年末は武道館、カウントダウンコンサート等、予定されている完全休日は、たったの一日もない。
「この歳で好きな人の一人も居ないなんて…私の女の幸せは程遠いわね。ハァ。あっそこ右曲がって真っ直ぐ二十メートル位行った白いマンションでいいです。」
「はい。」
チケットを渡し、降車すると今日ステージで着た衣装を抱えたまま、暫く遠ざかるタクシーのテールランプを見つめボーッと立ち尽くす。
真夏であるが故深夜でも蒸し暑い…今夜も熱帯夜だ。
「こんなところに居て、蚊に刺されでもしたらまたメイクさんに迷惑かけちゃうね。」
ため息をひとつ。
ふと…なんとなく、目の前に高くそびえる高層マンションの自分の部屋の辺りを見上げた。
……。
あれ?私の部屋の前に誰かいる…。
なにか大きな荷物を抱えた女の人。
…ことりは思わず自分の手元のドレスケースを見やる。
私と同じピンクのドレスケース…私と同じバッグ…私と同じ髪型。
『ガチャ』
部屋の前にいる女性が私の部屋の鍵を開けた。




