ことのはじまり
素人ながら執筆してみました。
楽しんで頂けたらと思います。
ことしろはとってだし作品なので、更新が遅れるかもしれませんが。
のんびりと宜しく御願い致します。
さわさわとそよぐ風、木々の隙間から覗くいつもより近い太陽に手の平をかざし、眩しげに空を見上げる。
足を止めたのはあまりの周囲の静けさと、どこかで見た景色のような既視感からだった。
大雑把に言えば似ているが、よく見れば全てが違う世界で俺は、これから生きていかなければならい…らしい。
「あちぃ〜…。」
この太陽のジリジリ感は、昔行った南国のビーチを思い出す。
それでも、その太陽も生い茂る木々に遮られ、木陰へと身を移せば多少の涼しさが感じられる。
近くの清流から水の流れる音が聞こえるほどに、静寂が支配する新緑のなか、久々に踏みしめる柔らかい土の感触に、不安定さを感じながら空へ向けていた視線を下へと落とし、もう一度前を見つめる。
よくある田舎の夏の景色…。
そういう表現がふさわしいのだろうか、だがうるさい蝉の声や小鳥のさえずりなどは全く聞こえない。
そっと手を当てた木は、何年育てばこんな立派になるんだと感嘆の声を漏らすくらい太くてでかい巨木がそこら中に生えており、まさに手付かずの大自然といった景色だった。
「もう三日…いくら歩きまわっても森を抜ける予感ゼロ…。」
男がこの森に迷い込んで、はや三日が過ぎていた。
偶然見つけた清流の水の透明度が、見た目にもとても美しく、抵抗なく飲めたことと、そこには豊富な魚が生息しており、難なく手づかみで捕獲することが出来たのは、かなりラッキーだったのかもしれない。
「まぁ、人がいる場所に落ちてくるのが一番良かった気もするけど…」
それでもテンプレよろしく、余計なトラブルに巻き込まれない場所に落ちたことは運としては上々だったのかもしれないと思い直す。
何しろ…。
「この格好で目立たないわけがない…。」
細めのジーンズに腰からぶら下がった重厚なチェーンは鰐皮の分厚い黒い財布へとつながっている。
ジーンズに隠れている足元からちらりと覗く黒い靴は、どこかの国の軍が使っているという紐付きのロングブーツ
上半身の黒いパーカーは、背中と胸にロゴが入ったいつも着ているお気に入り。
背中に背負った大きめのリュックの脇には500ミリのペットボトルが刺さっている。
右手に抱えたショップの袋は間違いなくこの世界にはないであろう違和感を醸し出す。
弛んだフードの上へと視線を移せば。
サラリとした長めのウルフカットの髪がなびく。
細めにデザインされたフレームに薄いレンズが埋め込まれた眼鏡は男のすっとした薄い顔立ちによく似合う。
川の水をペットボトルに汲みながら水面に映る自分の顔を不思議そうに眺め、感触を確かめるように顎のあたりを触る。
いつもある無精髭の肌触りのなさに少し寂しさを感じながら
「なんだか…自分じゃないみたいだ…。」
いや、正確には自分だ。
ただし、20年以上前の…。
俺はだいぶ若返っている、見た目もそして身体も心なしか軽い。
重力の影響も考えたが、明らかに筋力が上がっているような感覚。
元々どちらかと言うと細めだった身体は、初老という文字が頭にちらつく頃にはより筋力と体力の無さを感じさせるようになっていた。
「この世界での設定はよくわからないが…逆にありがたい。」
力強く拳握りしめた。
――――――
その日俺、天瘡 城は、休日を利用して買い物をしに自宅から電車で一時間ほどの街へと足を伸ばしていた。
あまり手入れのされていない無精髭を除けば、40代に足を踏み入れたことを感じさせない若々しい外見とファッションである。
SALE時期のせいか、若者がひしめき合う空間からお気に入りのショップの袋を抱え上機嫌でレジをくぐり抜ける。
奇をてらったものには手を出さない。
それが天瘡 城の過去に学んだこと。
若い頃はオンリー・ワンに拘った時期もあったが、今ではベーシックなものを選ぶようになった。
パーカーにジーンズ、何枚かのシャツ類に靴下と下着。
それとアウターを一着。
計 2万8千円也。
SALE時期と考えれば少々お高い買い物だが、まとめ買いとしての成果は上々だ。
用が済めばあまりフラフラなどせずすぐに帰宅するのが流儀だ。
最近新装された駅ビルのJR入り口に差し掛かった時、数名が俺の方を指差し声を上げている。
「ん?なんだ?」
そう思い差している指の方向へと視線上げる。
「あっ、なんか落ちてくる…。」
それを最後に、俺の目の前は暗転し意識を失った。
結局のところ、ここが何処で何故こんな所に自分がいるのか未だによくわかってはいないが、ここ数日動きまわった結果…確かなことは
「ここは日本ではないのは間違いない。」
ただそれだけで充分に危機感を覚える事実であった。
日本ではもう見ることのないであろう美しい自然に心癒されながら、今日も俺は川を上流へと登っていく。
この森の脱出を目指すなら川下一択なんだろうが、今はこの森そのものが俺の生命線になりつつある。
水と食料の確保はもちろん、この森に落ちて約一週間たったのだが、小さなウサギのような小動物と鹿のようなおとなしい草食系動物しか目にしておらず、加えて昆虫などの厄介な生き物もいない。
「ここがもし異世界とか言うやつなら、魔物襲来くらいは覚悟したんだけどな…。」
そう、俺の不安を尻目に、この森は極めて平穏で穏やかなのである。
かと言ってこのままここでに永住する気はない。
ここが何処なのか確認する意味でも、誰かに合わなければいけない。
もしここが地球ならば帰る手段はあるはずだ。
だがしかし…歩けども歩けども我同じ景色をぐーるぐる…。
「もしかして、人間自体が存在しないのか…。」
まるでアダムとイブのアダムの気分だ。
これほどまでに人の痕跡がないとそういう考えも頭をよぎる。
単純に下流へ行けば村を発見できたのかと少し後悔しながら、歩を進める。
それにしたって猟的な痕跡もなく、完全に手付かず状態の森林を見上げるとその美しさゆえ不安は倍増する。
結局、俺はそれから更に一週間誰とも出会うこともなく過ごすこととなる。
そして、あの村であいつと出会ったんだ。
そこから俺のこの世界での物語が始まった。
筆者はとてもとても打たれ弱い豆腐メンタルです。