01:人貶めることなかれ
のんびり書いていこうシリーズ。こちらでの処女作になります。
未熟ながら頑張っていこうと思います。
「追って……こない……?」
暗い森の中を全速力で疾走、その間何回も転んだり枝に引っかかりながら文字通りボロボロになった頃男は自分を追ってくる影が見えなくなっていることに気づいた。
「逃げ切れたか……。しかし」
へなへなとその場に座り込み、一つ深い息を吐くと、手元のネックレスを引き寄せる。
「そんなに高いもんだったのかよ……。ていうかあれ衛兵か? なんかやたら黒かったけど」
男の名前はヒューイ。スリや盗みで生計を立てている26歳のまっとうとはお世辞にも言いづらい男性である。
いつも通り、縄張りにのこのこと歩いてきた少女からしめたとばかりにポケットからネックレスをすったところこの状態である。何処から現れたのか漆黒を纏う二人組にすぐさま追われて、今に至る訳だ。
「……ていうか、ここ。森……。ひょっとして国境付近きちまったのか?」
ヒューイはぞくりとする。生まれてからあの街で暮らしてきたので、よくは知らないがこの世界にはある一つの伝承がある。
『イデアスとアズリアの国境の真上にある森に入ったら、どうなっても知らないよ』
小さい頃聞いた時はぞくりとしたものだ。どうなるのか全く分からず『どうなっても知らないよ』という投げやりっぷりがやたらリアルで怖かったのだ。今だってたまに思い出してぞくりとするくらいだ。
もし、この森が、そうだったとしたら。
「……どなた?」
「ヒィッ!!」
タイミングがいいのか悪いのか声をかけられ跳び跳ねるように振り向く。
「声が大きいのね」
「す、すまん……」
いたのは少女だった。何処にでもいそうなおさげの少女である。ほっとした。こんな少女が当たり前のように歩いているのだ。国境の森には誰も近づかないと伝承と一緒に聞かされた。
「いやいや嬢ちゃん。出口は知ってるか、ちょっとお兄ちゃん迷っちゃってね」
「帰りたいの?」
「そりゃそーだろ!」
「帰り道、知っているわ」
「本当か!?」
「でも、おかしいわね。貴方なんで帰るのかしら、おかしいわ」
(なんだ、この子)
淡々と言う表情も変えずに言う少女が少し気持ち悪くなってきたヒューイは、少女に問うた。
「君は、何のためにこの森に」
きっと、木苺を取りにきただの、動物と遊びにきただのそんな感じだきっと。というか、そうあって欲しかった。しかし少女の答えはそんな微かな期待をものの見事に裏切るのだった。
「……久しぶりにきた人間を食べに」
「!! ……うわあぁっ!!」
弾かれたようにヒューイはその場から逃げ出す。走る、走れ、足を止めても振り向いてもいけない!
やはりここは国境の森だったのだ。どんなことになってもとは、食べられることだったのだ。なんでこんな目に遭わなければならないのか、いや、盗みをしたのがそもそもの発端だったのは確かだがそれをやっていたのだって自分一人だけではないのに。
必死でもがくように走り、つまずき、もんどり打ったりしながら逃げるも森の出口は見つからない。少女が追ってきているのかわ分からないが、追ってきてなくても早くこの森を出たかった。
「誰か助けてくれっ……!」
喘ぐように言った時、右腕に痛みが走った。
「いった……!」
思わず立ち止まり、見ると、右の掌辺りから肘辺りまで一直線に太い傷がついていた。見ると大きな棘の生えた弦が上の木からぶら下がっていた。この植物がなんという名前かは知らないが、踏んだり蹴ったりとはこういうことではなかろうか。思わず、ちょっと泣きそうになった時変化は突然訪れた。
「!?」
『アナタは契約しました』
頭の中に機械的な声が聞こえると同時に、心臓を思い切り殴られたような衝撃が走った。耐えられず、蹲っている間にも同じ衝撃が二、三回。声を出せるだけの余裕もなく今度は横倒しに崩れた。
死ぬのか?
このまま死んでしまうのか?
『願いゴトを』
死にたくない死にたくない、生きたい。
『了解しました』
その声と同時にヒューイの意識は沈むようにかき消えた。
その日、とある村でちょっとした騒ぎが起こっていた。
「死んでるんじゃないか?」
「そう思うか?」
「にしても、変わった毛色だぁね」
「確かに。死んでるんならちゃんと埋葬してやらんとなぁ」
「おい、ちょっと待て、息してるみたいだぞ!?」
「なに?お、おお、微かに、心臓も動いてる!」
「ロ、ロバート先生を呼べ!!」
夜の森は当たり前だが真っ暗だ。
「見えるか?」
「いんや」
少し高い木の頂上付近にいた二人は、そんな言葉を交わし、暫し考える。その二人も、漆黒のフードと長い丈の服のせいで顔どころか髪の色さえ判別できない。
「どうする? 諦める? ここ国境だよ」
「……そうだな、騒ぎを起こすのは得策ではない。後で諜報課にでも回収させよう。それを分かって逃げ込んだのか。この森がどんな性質かはまず分かっていないだろうが」
「どっちにしろ死ぬってこと?」
「もし、生き残ったら」
「わぁお。それはつまり契約するってこと?」
漆黒の二人の声が幼い方は感嘆の声を上げ、くっくっと笑った。
「そういうの、僕好きだよ」
【140715】