事情・イアル・ツェーラ視点
その絵姿を見たのはただの偶然だった。
自分の上司となるラジディラルカ・ライム・ヴィーサス様。
東方都市の出身者にしては魔力が高く、魔術師たちを束ねる魔術兵団の団長でもある。
この人の魔術を見ていて、南方都市にも負けないだろうと思えた。
それ程の威力だったのだ。
そんな上司の机の上には、亡くなった奥方の絵姿が飾られている。朱色の髪に青の瞳。相当の美人だ。その遺伝子はしっかりと子供たちに受け継がれ、遠目からだが見たヴィーサス様のご子息たちは素直に美形だったと思う。
だが、目をひいたのはそれだけじゃなかった。
奥方の絵姿は見慣れたもの。
今日はその横に見慣れない絵姿が飾られている。ヴィーサス様のご子息たちではない絵姿。けれど何処となく似ていると思うのだが、他にも子供が居たのだろうか。
知らないけれど、似ている。
「この絵姿が気になるか?」
「え……はい」
それ程目を奪われていた事に気付かれてしまい、何処か照れくさい感情をなんとか奥に押し込めながらも素直に頷く。
綺麗な顔立ち。笑顔が奥方に似ているような気がした。
「この絵姿は、私が捨てた娘と息子だ。
生きていたらこれぐらいだろうと描かせた」
「……」
「妻が死んだ時、妻と引き換えに生まれた息子を厭い、私は子供たちを置いて家を出た。長男と長女は魔力も高く、親戚に引き取られたが、次女と産まれたばかりの次男は屋敷に残された。
家に亡骸はなかったが、3歳と0歳。
もう死んでしまっただろう」
「……」
何も言う事が出来ずに、俺は押し黙った。
そんな小さな子供2人。生き抜く術はなかっただろう。きっと食べるものを探して外に出て、そのまま死んでしまった。事は容易に想像がつく。
大人の力を借りなければ生きていけない。
後悔をしているのだろうか。
苦悩の色に染まった瞳を見ながら思う。
だが同時に、その後悔は手遅れだろうとも思った。
ヴィーサス様は誰かに聞いて欲しかったのか、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。誰かに聞いてほしかったのかもしれない。そんな印象を受けた。
話を聞きながらも、俺の視線は亡くなったであろう次女に奪われる。たかが絵姿。しかも想像の産物でしかない絵姿なのに、次女から目を離せない。
「生きてお会いしたかったです」
絵姿の女性。
17歳になったであろう想像の中の娘。
一目惚れをしたと同時に失恋をした。そんな気持ちに陥った。
「そうか……生きてさえいてくれれば、お前の婚約者にしたのかもしれないな」
「……」
生きていたら俺の婚約者。
その言葉だけで、胸に温かいものが湧き出す。
この絵姿だけで大げさな、とも思ったが、この時の俺は絵姿の女性に会いたくてしかたなかった。
「ヴィーサス様。俺に彼女達を探せと命を下さい」
「本気か?」
俺の言葉に、ヴィーサス様は驚いたように目を見開く。死んだ娘と息子。まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかったのだろう。
俺もそう思う。
「本気なのか...」
案の定ヴィーサス様に聞かれるが、俺は迷わずに頷く。
亡骸がない。
ならば生きている可能性は0ではない。
その可能性に縋りたいと思い申し出れば、腕を組み、難しい表情を浮かべるヴィーサス様。
「……東にはいないだろう。それでも探してみるか?」
ヴィーサス様の言葉。
「はい。探します!」
それに迷わず答える。
「そうか」
「見つかった焼には、彼女を俺に下さい」
ヴィーサス様は俺の勢いに押されたのか、迷いながらも頷いてくれた。
黒紫の艶やかな髪。
澄んだ青空のような瞳。
彼女を手に入れられるのならば、探す価値は十分にある。
各地に密偵を飛ばし、黒紫の髪と青い瞳の女性を探させよう。こんな時には権力があると便利だ。遠慮なく使える。
どんな些細な情報も見逃すなと釘をさし、俺は密偵たちの報告を待つのだった。