依頼人・1
目の前の男の名前はイアル・シェーラ。東方都市の王に仕える役目らしい。貴族でなくなった私達に会う事はない、王の側近という立場にいるであろう男。正直関わり合いになりたくない。
私とライちゃんの実の父親の身分を考えれば、関わらない方がいいと思う。
「(姉さん)」
ライちゃんも私と同じ事を考えているのか、眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべる。
「(実家に関わる可能性があるね……)」
「(うん。東方都市は危険だね)」
今更、東方都市には関わり合いになりたくない。
「(けど、噂になってるって言ってたよね。
東の都市には私達の事が伝わっているんだよね)」
「(そうだと思う。どうしようか。断っても逆に目立ちそうだし)」
ライちゃんの言う事もわかる。
「(そうだね。貴族の名前は使ってないし、10年以上会ってないから、分かるわけはないか)」
子供の頃の面影はない。
寧ろ面影があったら困る。
ライちゃんは生まれたて。私は3歳。母親が倒れて誰にも見向きされず、髪はぼさぼさ。肌の状態も悪い。食事も満足にとれずにやせ細った身体。
育児放棄です。まごうことなき育児放棄というものをされました。
大人の精神ありがとう。でなければ今頃生きてません。
「南に用事──……という事は、魔道具ですね」
「……あぁ」
「種類によっては協力できません。私達は南方都市の冒険者ギルドに所属していますから」
「わかっている」
「……」
本当にわかっているか分からないけど、言質は取れたと思っておこう。それに録音はしている。トラブルになったらこれを聞かせよう。
心底思いながら、話の続きをたす。
「今回入手を手伝ってもらいたい魔道具は……指輪だ。癒しの指輪」
「癒しですか」
「銘のない道具で良い。どんなささやかな癒しでも、効果があればいい」
「……」
癒しの効果のある魔道具は、はっきり言って人気が高く、市場では高値で取引される。
南から、好き好んで出したいアイテムではない。
「すいませんが、少し待ってもらえますか?」
「あぁ」
「ライちゃん」
「……ん。わかった」
ライちゃんに頼み、ギルドに通信を繋げてもらう。当然結界を張り、声を外に漏らさないようにしておく事も忘れない。
「あら珍しい。外からの連絡なんて」
「うん。ちょっと相談したい事があってさ。
東方都市の貴族、イアル・シェーラっていうんだけど知ってる?」
「あら。大物の名前ね」
「そうなの?」
確認ミスかな。東は特に調べたつもりなんだけど。
「ふふ。イシュも知らないわよ。今まで一切表に出ていない男だもの。
顔を撮っていてくれたら嬉しいわぁ」
「レアなんだ」
リラがそんな事を言うなんて、本当に珍しい。
「何で出てこなかったの?」
「んー。裏では活躍してたみたいよぉ。なんとなぁく名前を聞いてはいたんだけどねぇ。最近表に出た事で、一気に名が広がったのよねぇ」
「ふぅん」
「何か依頼されちゃったのぉ?」
「されちゃったんだよ。態々中央で」
「あら」
偶々中央に来た日に声をかけられる。という事は、元々見張られていて、接触する機会を伺っていたという事だよね。うーん。ちょっと見張りを増やすかな。
「癒しの指輪が欲しいみたい。効果があれば何でも良いみたいだけど」
「あらあら。癒しねぇ。本当は東には渡したくないけどぉ……貸しを作ってくれたら嬉しいわねぇ」
「貸し?」
「その子ねぇ。東には珍しい魔術特化の子なのよぉ。
南に引っ張れないかなぁ、なんて実は目をつけていたりするんだけど」
「そうなんだ」
初耳だなぁ。ちょっと吃驚。
「リラがそう言うって事は、相当腕がたつんだよね」
「そうよぉ。イシュちゃんやライちゃんには及ばないけれどぉ。珍しい魔術が使えるのぉ」
「へぇ。いっその事、私が持ってるのを渡しちゃう?」
持っているカードの中に、癒し系のアイテムはかなりある。
召喚獣を回復したり、攻撃を強化したりと補助カードはこれでもか、というぐらいに充実している。
「駄目よぉ。イシュちゃんのは古の魔道具過ぎるものぉ」
「最近入手したのは、古のじゃないけど……」
なんといっても自分で作れちゃうし。
「だぁめぇ」
「……ん。わかった」
ここは引いておこう。リラの反対を押し切ってまで渡す必要はない。
「それだったらぁ……癒しの魔力が宿った原石を探しに行くと言うのはどうかしらぁ? イシュちゃんなら、それで魔道具を作れちゃうでしょ?」
「作れるけど、作っちゃっていいの?」
それは古の業になる。
まぁ、魔力が宿った原石じゃなくても作れるのは、リラにも話していない。VRMMOに移行してから、アイテムカードの合成というものが出来るようになったらしい。今となっては500年前の技術だけど、少しの間といえども、プレイヤーだった私は今でも作る事が出来る。
「勿論こっそりよぉ。
入手したら、私の所に持ってきてねぇ。
ギルドの誰かが作った事にするからぁ」
「わかった」
古の業の一つだけど、血を受け継いだ中に稀に作れる者が存在する。それは私と違って必要最低限のものしか作れないけど、癒しだったら効果がほんの少しでもあるものは高値で取引される。
けれど鉱石で良いというのは、いっきに難易度が減った気がする。少しは気楽になったけど。