護衛を拒む男・6
「ライツをお願いします」
ドーファ殿が、私とライちゃんに頭を下げた。これだけ見ると、ものすごく良い人に見える。面の皮が厚いってこういう事を言うんだろうなと思いながら、ひたすら愛想だけをふりまいておく。
依頼主には愛想が良いという設定にしてあるらしく、馬車に乗った後も身を乗り出し、手を振っておく事も忘れない。にこにこにこ、と愛想笑いを続けていたら、そろそろ頬が引き攣ってきた。とてもヤバイ。
「姉さん。そろそろ良いんじゃない?」
私の心情を読み取ったのか、タイミング良くライちゃんが言ってくれた。
「うん。頬も引き攣れてきたしね。もう止める」
馬車から出していた上半身を中に戻すと、ドランツ殿が不思議そうな表情を浮かべていたけどスルーで。面倒なので、軽く流しておく事も忘れない。
しかしこの人。自分が刺客に狙われているって知っているのかいないのか。どっちでもいいんだけどね。
〈きゅるる〉
その時、エィちゃんが鳴いた。
「50m以内に盗賊でしょうか。潜んでいるみたいですよ。人数は30人。気合をいれてますね」
どのぐらいお金をばら撒いたのか。想像はつかないが、別にどうでもいいかと思い直す。馬車の中からでも瞬殺は出来るんだけど、相手をするのも正直面倒くさい。
「オープンゲート」
手っ取り早く、彼女を呼び出す事に決めた。
「アプサラス。骨抜きを頼んじゃってもいいかな?」
甘いけど、流血沙汰は好きじゃない。
刻印の中にいる彼女に問いかけた。
〈ふふ。マスターのお願いを断るわけないじゃない〉
カードが1枚表に出てくると、馬車の外から光があふれ出した。あまりの輝きに皆目を閉じているが、私は外に出てアプサラスと向かい合う。
「相変わらずの美人さんだね」
互いに、右頬に軽く口付ける。
〈ふふ。マスターも変わらなくて嬉しいわぁ〉
「ありがと」
美人なお姉さんは好きですか。
勿論好きですよ。
そんな事を考えながら礼の言葉を口にする。すると、アプサラスが困ったように微笑んだ。流石美人さん。どんな表情をしても溢れ出る色香。
私には真似したくても出来ない色香だ。同じ女としては見習いたい所ではあるけど。
〈相変わらずマスターはお人好しで心配だわぁ。あの程度の連中……マスターのご拝顔を拝む事も腹立たしい。骨抜きにして、無害にしてくるわ。待っていて〉
私の言いたい事を既にわかっているかのようなアプサラスの言葉に、私も笑みを浮かべる。
「うん。まっとうな道に進むようにお願いしてくれると嬉しい。ありがとね。でも、万が一アプサラスが怪我をしそうだったら──……それはしなくていいからね〉
あくまでついでにだ。真っ当な道というのは。
私は、私の召喚獣が傷つく事を決して良しとは出来ない。
他の召喚師は自身の変わりに戦わせて、怪我をしようが死のうが関係ないっていうのもいるらしいけど、私は違う。私の目に宿った色に気付いたアプサラスが、ぞくりと身を震わせた。
〈それでこそマスターだわぁ。入ってくるわねぇ〉
「いってらっしゃい。お願いね」
アプサラスの後ろ姿を見送りながら、馬車へと戻ると間抜けな表情を隠しもしないドランツ殿がいた。その視線は私に注がれているような気がして、居心地が悪くてそそくさとライちゃんの隣りに座る。ごめんよ情けないお姉ちゃんで。
「どうかしました?」
私の変わりに、ライちゃんが尋ねてくれた。少しだけ身を乗り出し、私をその背に庇うように。本当に日々良い男に育つ道を歩んでいるなぁ。弟の成長を見守る姉をやっていたら、二人あらが交わす視線に全く気付かずにスルーしてしまう。どうやらライちゃんは、ドランツ殿と私を会話させる気がほぼないらしい。
「あんな高位の存在を……どうやって契約を交わした?」
どうやらアプサラスの事を知っているらしい。答えようと私が口を開くよりも先に、ライちゃんがドランツ殿に言葉を返す。
「それは秘密ですよ。召喚師の機密事項は知っていますよね?」
寧ろ知っていろよ、と聞こえたのは私の気のせいなのかどうか。
「あぁ」
ライちゃんの気迫に圧されたのか、ドランツ殿の背か、背もたれに当たって弾かれた。
「教えたら契約が解除される可能性だってある。姉さんが答えられるわけがない」
うんうんその通り。
寧ろ聞かれたら答えられないんだけどね。生前、持っていたカードが全て召喚獣として刻印の中にいてくれてます、なんて事は。でもドランツ殿の視線の意味が変わった気がして、少しだけライちゃんの肩を押してからジッと見つめてみる。
「私がアプサラスを召喚したら、凄く驚いてましたね。何故? と聞いても良いですか?」
初めは猪突猛進の騎士の典型的な頭でっかちにしか見えてなかったんだけど、何かが違うと脳裏に響く。
私の真面目な表情に警戒を解いたのか。それとも観念したのか。ドランツ殿は改めて身を正すと、真っ直ぐに私を視線で射抜いてきた。
猪突猛進だと決め付けたのは、私の早計だったのかどうか。
「どうやら、ラテの仲間ではないようだな」
早計だったみたいだなぁ、なんて内心呟く。
依頼主の本来の目的にいつ気付いたのか。
それとも、今回の件であぶりだすつもりだったのか。
情報が欲しいと、口元を弧の字に描かせた笑みを浮かべる。
「ただの冒険者ギルドに登録してあるフリーの冒険者ですよ」
どうしてあんな腹黒の仲間にならなければいけないんだろう。エィちゃんは嘘を見破れるから、まだ嘘はついていない。確かに個人が集まってギルドを作る人もいるけど、そのギルドと国と繋がっているギルドは違うものだ。有名な所だとギルドセレイドかな。勿論、登録は必要なんだけど。
私の場合はフリーの冒険者だから、国と繋がっているフリー専門のギルドのお世話になっている。
「自信がなければ護衛を受けないと言っていたが、それは真実か?
ギルドランクEの駆け出しではないのか?
俺は護衛出来ない最低ランクの冒険者と組まされ、刺客に襲わせる予定だったんだろう?」
どうやら、ドランツ殿は色々と知っているらしい。
フリーの冒険者だけど、ギルドはそのフリーの冒険者をある程度だけど守る義務はある。だからこそランク制度を作り、実力にあった依頼をこなせるようなシステムを作っているのだ。
ただ、殺されるだけの人選を選ぶわけがない。
リラが腹をたてるはずだと、改めて納得する。
南方都市ギルドを敵にまわしたな、と思うが、どうでもいいかなとも思う。今頃はきっと、馬鹿な計画をたてたドーファ殿に対して制裁がくだるだろう。それも、どうでもいい事だ。
私がくだすにしろ何にしろ、覚悟だけは出来てる。
Jランク冒険者としての責任。それを背負う覚悟。
それを目の前の騎士に言うつもりはないけれど、私が舐められるわけにはいかない。
「寧ろこちらが色々と説明してほしいぐらいです。リラから聞いたのは、ランクEの初心者の冒険者。私は弱いくせに我侭が酷く、ドランツ殿の足を引っ張るだけの役立たずみたいですよ。
あぁ、盗聴は気にしないで下さい。嘘の音声を流していますから。ドーファ殿は勘違いしたままです」
「盗聴器まで仕掛けられているのか?」
驚いたように声をあげる。今更何を言っているのかと、ライちゃんが溜め息を漏らした。
「全部で10箇所。全て偽装しましたからご安心を。場所によって音の大きさも変えてありますので、心配は無用です」
ライちゃんの口調はちょっと棘がある。どうやら私を役立たずだと思った事に腹をたてているのかもしれない。年よりも大人びた表情で、不敵な笑みを浮かべている。
ドランツ殿は驚いたようにライちゃんも見つめた。私にとっては当たり前のライちゃんの実力だけど、やっぱり年の所為で実力が伝わらないのかもしれない。
それで役にたつ事もあるけど。
相手が勝手に舐めてくれるから。
「……先日、アイツから感じる殺気が強くなった。それで俺に護衛をつけて先に城に帰れという。明らかにおかしい提案に思えた」
色々な意味で駄目な人なのか。
ライちゃんに続き、私も呆れましたとばかりに溜め息を落とした。
「未熟ですね。私やライちゃんのレベルもわからず、この程度の仕掛けで済むと思ってる」
依頼主にあきれ果てたんだけど、こちらが死なない限り動きそうにない。相手にこっちが死んだと思い込ませ、あっちに動いてもらったほうが早いのかもしれない。そうすれば態々馬車で動く必要もないし。
しかし、どうにもこうにも男性に対して手厳しくなってしまう。
小さな子供と赤ちゃんを平然と捨てていった父兄を思い出すからなのか。
いけないな、と首を振る。
心情を交える程、未熟ではいられない。
「ドランツ殿。移動方法をかえましょうか。私とライちゃんが役立たずだと思われているので、アプサラスに頼んで盗賊に襲われ3人とも死んだと思わせます」
「というと……」
「ここで私達が死んだという情報を得れば、動くでしょう? その方が手っ取り早いじゃないですか」
冒険者ランクはB。
しかし、Jランクの称号もこれを終えれば得る。
この世界で生きやすくなるのだ。その分責任も背負うけど。
私の提案に、ドランツ殿が喉をならした。少し身を引いたような気がしたけど、それは何故なのか。今の私はわからず、満面の笑みを浮かべた。




