獣・2
「我思う。我願う。清き雫よ。我が手に」
現場に到着すると同時に詠唱を始める。
冬シリーズのクローバーとハートを先に送ったから、パッと見だけど怪我人はほぼいないように見える。
「リルク大丈夫?」
清めの水を左腕に纏わせ、リルクの隣りに降りる。
「おー。すっげ助かった。居なかったら死人続出だったさ」
軽く聞こえるリルクの口調だが、中身はとても重要だと思う。やっぱり防御と回復に特化した召喚獣を送っておいて良かった。けど……。
「清めの水はいらなさそうだね。でも凄い怒っているだけで、狂ってはいないみたいだし。けど瘴気が発生し始めちゃってるから、浄化しちゃってもいいかな」
左腕を天に翳し、清めの水を解き放つ。
こうやって戦いで血が流れると、動植物が魔物化しやすい。浄化しておいて損はないんだけど、ちょっと離れた場所で日常ペースの口調でリルクと話していたら、黒の魔獣の視線が私に向けられた。
確かに、今ここにいる面々の中で一番の高レベルは私だ。
そして、黒の魔獣を召喚獣として使役出来るのも、私だけ。
黒の魔獣は清い空気を好むらしいから、浄化をした私に興味を持ったのかもしれない。
「んー。現場に13人。大怪我死人共に無し」
くるっと辺りを見回すけど、黒の魔獣を相手にしているとは思えない程。平和な戦場だ。こうしている間も、冬シリーズのハートのお嬢さん達が色々とかけまくっている。
魔法を。
これでもかっていうぐらいに。防御上昇攻撃力上昇異常事態解除。上昇上昇上昇。上乗せ中。ついでに自動回復最大もかけられている。
身代わり魔法もかけられているから、仮に防御を打ち破ったとしても死ぬ事はない。
ひょっとして、私が来るから人数を減らしたのかな、と思う面々。黒の魔獣相手に13人は少ない。少ないけど、先鋭だ。1人1人の実力は半端ないものだ。
顔ぐらいは知ってる。ギルドでもそれなりのランクの人たちだから。
名前を覚えているのはリルクぐらいだけど。
こうしている間にも、黒の魔獣と目があってしまい、逸らせないまま膠着状態が続く。そんな中、ライちゃんが私に近付いてきた。
「姉さん。繋がり元はわかったよ」
私のお願いを終わらせたライちゃんが、障壁を貼りながら私の隣まで歩いてくる。その歩みはゆっくりでとても戦場にいるものとは思えないけど、内側でとんでもない量の魔力が練られている。
黒の魔獣を瞬殺とまではいかないけど、1対1でやりあえる程の魔力を蓄えている。すぐに放出出来る所がライちゃんのチートな所だ。
しかしやっぱライちゃん。仕事が早い。
「じゃー……黒の魔獣。貴方を捕獲します!」
知能が高い黒の魔獣は、人語も理解している。
大声で宣言すれば、尻尾を左右に動かしながら、体勢を低く保つ。いつでも飛びかかれるように、お尻をあげて目には獰猛な光が宿る。私を殺す気かもしれない。
私の宣言を聞いて、間にいた人たちは左右に分かれて私と黒の魔獣を取り囲んだ。
《ぅぅぅぅぅう》
低く唸る。
自分を使役出来るならしてみろと言わんばかりに、唸り声をあげた。
「オープンゲート」
左手の平の刻印を黒の魔獣に向かって解き放つ。
私が勝てば黒の魔獣は刻印の中へと吸い込まれる。黒の魔獣が勝てば、私は左手を失う。黒の魔獣はリスクが高い。純粋な魔力勝負ではある。
私の表向きなレベルは150。
これは、カードに私のレベルを封じ込めているから150なのだ。
イルハとアレハと相談した結果、1からレベルを上げる為に封じ込めてから十数年。他の人と同じようにレベル上げはしていての結果がこれ。
でも、150じゃ全然足りないのだ。カードに封じ込められた召喚獣を召喚するには。その時だけはカードから魔力だけを引き出して使う。
それを知らない黒の魔獣は、私を見ながら言葉を飛ばしてくる。
《何故、魔力勝負にした?》
キィンと響いた。
「(何故って……私個人の力を示した方がいいでしょ。でないと、貴方を得る事を出来ないわけだし)」
《そうか。人界で見たあの馬鹿とは違うのか》
「(馬鹿? それって無謀に貴方を飼おうとしていた人間の事?)」
3m級の黒の魔獣を飼えると思う人間は、相当の馬鹿だと思う。
《あぁ。魔族の協力を得たようだが、我の本来の姿も知らず、あの程度の繋がりで我を自分の物とした。出来たと思い込んだ相当の馬鹿の阿呆だ》
黒の魔獣のしみじみとした言葉。
協力した魔族のレベルは高そうだけど……。
「(そうだね。貴方は強いしね。今は私の召喚獣になってもらうけど、魔界に帰りたかったら還すから)」
《ぐっ》
魔力を高め、いっきに勝負をかける。
《我を完全に抑えるか!! 面白い。面白いぞ人間!!!》
最後に叫び、黒の魔獣はカードの中へと吸い込まれた。すかさず刻印の中にカードを戻し、色々と説明をリルクに頼んだ。私の刻印の中は特殊だから、説明がないと皆驚くらしい。
そうだね。一般的な召喚師の場合、カードにすいこまれたりはしない。
カードにお互いの血を垂らし契約する事によって、道が繋がるのだ。
でも私の場合は直接カードに吸い込まれる。
本当は一般的な召喚師の通りにした方がいいんだろうけど、何故か私には出来なかったのだ。血をたらしても、カードに吸い込まれるし……。
「黒の魔獣。貴方はシュリ。よろしくね」
最後に名前をつけ、私との繋がりをより強固なものにする。
しかし疲れた。
本当に疲れた。
主に東の都市から来た人といる事が、ガジガジと精神を削り取ったんだと思うけど。
「流石イシュ。俺らの出る幕全くなしだな」
説明を終えたリルクがお疲れ様とばかりに、私の頭を撫でる。ちょっと強いから痛いんだけどね。幾ら言ってもやめないからもう癖になっているというか。
「ううん。ここに足止め出来たのが凄いよ。ありがとう。アレだけ怒ってたら、村の幾つかは消滅していても不思議じゃないし」
私1人じゃ、ここまでもっていくのも大変だったと思う。だからさり気なく腕を遠ざけながら、頭を下げる。ギルドランクは高いけど、私がまだ若輩者である事には変わりないし、協力があったからこそ1対1で勝負が出来たと思うし。
「そっか。それなら良かった」
リルクがホッとしたように笑みを浮かべる。
肩の力が抜けそうになるぐらい、気の抜けたリルクの笑み。これで戦場から日常へと精神を切り替えられる、という人が続出なぐらい、ほっとする笑顔。
「うん。そろそろ後処理かな。それじゃあ怪我人がいたら治しますよー」
ハートの召喚獣達が傷を治したり、瘴気を浄化していてくれているんだけど、思いの他手間取っていらしい。シュリのレベルが高かったし、呼び寄せられた瘴気がいつもよりも濃いのかもしれない。
瘴気に汚染されたかな。
さっきの清めじゃ全然足りなかったらしく、所々に禍々しい靄が漂う。
私は魔術師兼召喚師だから、神職系の呪文にはちょっと弱い。今のレベル150の私はだけど。
とりあえず今のレベルで行くと、浄化系は多少は使える、という実力だ。
「オープンゲート。清めの乙女よ」
召喚獣である浄化に強い女性を呼び出し、辺り一帯の浄化を頼む。
「かしこまりました。お任せください。マスター」
「うん。よろしくね」
清き乙女は、呪いも浄化出来る。この程度だったら、然程時間はかからずに浄化が出来るだろう。
本当に助かるなぁ。私の苦手分野をフォローする所か、正直頭が上がらない程助かってる。
私が居なくても、魔力さえ補給していれば、遠く離れた土地にだって召喚獣を送る事が出来る。今回もそうだったけど。
召喚獣って呼んでいるけど、本当は様付けをしたいぐらいだ。
「(少し魔力の回復をしたいなぁ)」
まだ空にはなっていないけど、半分程消費した。
刻印の中から1枚のカードを取り出し、MP回復用のチョコを3粒程具現させた。このチョコは優れもので、食べればMPを300程回復できる。
私のMPは2000。現在は1000。
3個食べれば、大体は回復出来る。それにHPMP自動回復の装飾品も身につけてる。100ぐらいなら、1時間もしないうちに回復出来るだろう。
「(よし。これでOK。他には……ん?)」
アレはなんだろう。
地面から少し出ている石のような物。
魔力を帯びているので、埋まっていてもわかる。
「(何だろう)」
魔力で膜を作り、手に纏わせる。
それを掘り出してみると、出てきたのは黒のクリスタルだった。それに彫りこまれていたのは魔法陣。
「(シュリの魔力がついているという事は、元居た場所からここに転送された……という事かな)」
計画的犯行なのかもしれない。
一応クリスタルが埋まっていた場所を写真に写し、いつでも具現出来るように詳細を写しこむ。
これもギルドで調べてもらおう。ひょっとしたら、他の都市に仕組まれた事かもしれないし。
東西南北と中央は仲が良いという事ではない。常に領土は狙われている。気になった所を全て写真に撮り、現場の土も一緒に保管しておく。
ギルドに戻ったら提出しないとなぁ。
面倒ごとになりそうだとため息が漏れそうになるけど、それを抑えながらギルドが用意した魔法陣でギルドへと戻る。この提出だけで済めばいいんだけど。
そんな希望を脳裏に浮かべながら、魔法陣の流れに身を任せた。




