プロローグ・1
「あれ……懐かしい」
仕事帰りに寄った古本屋兼古雑貨屋。
一山ならぬ一箱1000円で売られているのは15年程前に流行ったカードゲームのカード。イラストが綺麗で、集めるのにはまったなぁ、なんて過去を思い出しながら箱に貼り付けられているカードのコピーに視線を落とす。
おそらく中に入っているであろうカードのコピー。
レアやノーマル合わせて6枚ほどが印刷されている。
やりこんだわけじゃないから知らないカードだけど、確かにこのイラストで間違いない。
「なんていうか叩き売り」
箱は箱でも、かなり大きい箱。何百枚どころか、千枚以上は詰め込んでるんじゃないだろうかというサイズ。昔は一枚100円程したのに、と思わないでもないが、今となっては紙のカードに価値はないので仕方ないだろう。
コレクターは別かもしれないが。
15年前に流行ったcoclea――コクレアというカードゲーム。最終的にはオリジナルカードまで出来てしまい、自分なんかは途中で把握するのを諦めたゲームでもある。
とはいっても、カードに価値がなくなったのはcocleaがVRに市場を移してしまったからだろう。それまでは会場に集まって対戦していたものが、ネットを通してリアルに、しかも手軽に楽しめるようになった。
それと同時に、対人戦ではなくcocleaのVRMMORPGが主流になったからだろう。勿論対人戦もあるが、組んだデッキからカードを引き、場に召喚獣を召喚してクエストをクリアーしたり仲間たちとボスを撃破したり。それによって得られるアイテムでカードを強化したり、装備品や武器に凝ったりと。装備品や武器はカードバトルがメインのcocleaとしてはおまけ要素なのだが、キャラクターの外見が凝れてしまうcocleaでは必要がなくても需要が高まるのは当然だったのだろう。
けれど、VRに市場を移したが、カードの引継ぎは出来なかった。勿論お金をかけてレアを集めた人たちからの苦情はあったが、今までのカードが使えないからこその新規者が増えた。
そして今まで集めてきたカードが使えない代わりに、cocleaに初ログイン時にランダムでカード30枚ひける。勿論実際購入するより、ネット上のカードの方が遥かに安価なのだが、それでも初期装備の基本デッキセット以外で30枚ひけるのは大きい。
しかも、高確率でレアが何枚か引けるのだ。そしてcocleaのカードの種類は相当なもの。この段階で被るカードが少ないのも良かったのかもしれない。
VRに市場が移された後も大会はあったのだが、それも細々となり、2年も経たないうちにリアルでの大会はなくなったような気がする。
「価値はないんだけどね」
そう。今となっては1枚1円の価値はないかもしれないカードの山。イラストを楽しみたい人は別かもしれないが、そういう人にはオンラインの資料集が発売されている。
だから価値はない。
ないけれど、あまりの懐かしさに手に取り、それをレジに置いていた。
給料日後の財布だから、1000円ぐらいなら大丈夫。
袋に入れてもらったけど流石に紙。重量は結構ある。
「車で来て良かった」
徒歩五分程の位置にあるが、それでもこれを歩いて持って帰るのは骨が折れる。
「あ。折角だから持ってたやつも出してみよ」
そして久しぶりに手にとって眺めてみよう。
今となってはなんでもオンラインが主流だが、なんとなく、実際手に触って見る方が楽しいんだよねぇ、なんて呟いてみた。
「何処行きやがったあの餓鬼ッ!!」
直ぐ近くで聞こえる男の怒声。
餓鬼。つまり私の事を探してる。
けれど、男に私は捕まえられない。なんたって、持っている力が違う。こういう時はあれだっけ?
チート能力ありがとう……?
なんかしっくりこない。でもチートはチート。
まごうことなきチート能力破格外。ついでにこの記憶も破格外。
「…そろそろかな」
思考の海を漂っていたら、どうやら男はここでの捜索を諦めて他の場所へと移動したらしい。
この街の何処を探しても私は見つからないし、次に会ってもわからないだろう。男が私の事を一瞬でも忘れれば、男はもう私という子供を見つけ出す事は出来ない。そんな魔法を男にかけたのは、この世界に生まれてから7年目のイシュリカ・ヴァーナルという女の子。つまりは私だ。
ついでに言うなら、cocleaのカードを一箱千円で購入してから7年目の出来事。
未だに何が起こったかはわからないが、どうやら私は転生というものをしたらしい。
地球でも記憶と、購入したばかりのcocleaのカード能力を携え、cocleaの設定に似た世界に。
……チートだ。チート過ぎる。
けど、そのチートがなければ私は死んでいただろう。
私の生まれた家は、それなりの身分の家だったのだが、弟が生まれ、それによって体調を崩した母が亡くなってから一変した。
母を愛しすぎていた父は弟を忌み嫌い、子の面倒を見る事を放棄した。年の離れた兄と姉は見目麗しく、魔力にも優れていたから親戚が保護していった。けれど当時三歳だった私は、中身が成熟されていたであろう大人だったからなのか、既に魔力の制御が出来ていて逆に魔力がないという判定を受けた。
そして母が死んでから手入れされていなかった髪や肌はくすみ、見向きもされずに生まれて間もない弟と一緒に放置された。
年が離れていたから、兄や姉は元々親戚との交流が多かったのだろう。
だけど、生まれたばかりの赤子を放置ってソレは人間的にどうなんだろうか。この世界で頼れるのは自分だけ、と三歳で悟らざるおえなくなった私は、生まれたばかりの弟を乳母車に寝かせ決意した。
数回こっそりと召喚しただけのcocleaのカード。誰にも認識されずに召喚師となった私の左手の平には、召喚師の証である刻印が浮かび上がっている。意識すれば浮き上がらせ、消そうと思えば消せる刻印。だからこそ召喚師だという事はばれずに済んだんだろうけど。
けれど使うと決めたら使う。出なければ、死んでしまう。
沢山ありすぎるて迷うが、この場合召喚するのは世話が出来る人。一括りで召喚獣と言っているが、亜人やアイテムだって多数存在する。勿論お遊び要素的なものまで。
基本、この世界の召喚師は皆チートだと思う。
召喚師は皆カードを刻印へと封じ込めている。実際は刻印が異空間に繋がっていてそこに収納しているらしいのだが、その辺りは地球で育った私にはよくわからない。
とある漫画の四次元なアレみたいなものかと思ってる。
そしてそのカードには、色々なものが封じ込められる。
アイテムだったり、契約を交わした召喚獣だったり。
一つのアイテムで一枚のカードなので膨大な量になるが、異空間に収納してある召喚師にとっては枚数なんてものは気にならない。
勿論、レアな召喚獣と契約を交わす場合、カードもレアなものをつかわなければ耐えられなかったりする所を見ると、色々とあるんだと思うが正直わからない。
なんたってまだ三歳。
しかも魔力ナシだと思われているから、そういう書物に近付けさせてももらえなかった。
完全に趣味のオリジナルカードからメイドと執事を呼び出し、私は今後の事を相談してみた。今になっては相談相手が間違っていると思わなくもないが、余程の事がない限り召喚獣は召喚師に甘いのか、メイドも執事も親身になって相談に乗ってくれた。
寧ろ保護者だ。
それから四年。月日が経つのは早いものである。
「よっし、帰ろう」
おばあさんに絡んでいる柄の悪い男が不快で、つい膝かっくんをしてしまったんだけど仕方ない。
だって、おばあちゃんを蹴ったんだもん。
それに男の怒声がこの街から消えている事を思えば、私の事を一瞬でも思考から外してしまったのだろう。
傍から見れば異様だろうが、あそこまで怒ってる柄の悪い男に近付く人がいるとはあまり思えない。
なら、もう普通に帰っても大丈夫。
「ライちゃんへのお土産も出来たし、喜ぶかなぁ」
3歳下の弟ライディリカ。両親が名づける事をしなかったので名付け親は私だが、本人も気に入ってくれてるであろうから問題ないだろう。
というか、そろそろ本当に帰らないと泣かれるか。
今日はちょっと遠出しちゃったし、明日はライちゃんと沢山遊ぼう。
なんたって弟はまだ四歳。まだまだ遊びたい盛りの子供だし、両親がいない分私にべったりなのは仕方ないよね。