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狂った勇者


 世界平和、興味ある人いる?

 そりゃあ、誰しも一度は思うだろう。剣を片手に親しい仲間たちと魔王討伐の旅へ行く。私も勿論憧れたし、お姫様になって王子様と結婚、なんてのを夢に見てた。

 でもね?私は思い知らされた。


 親しい仲間?ただの監視役。私が逃げないように見てるだけのお荷物。

 魔王討伐?人間と少しばかり外見の違う種族を淘汰するだけ。

 王子様?私を誘拐した、傲慢という言葉を体現した様な奴。

 お姫様?血に塗れたお姫様がどこにいるっていうの?


 私は17歳の時に異世界に召喚された。勇者になってほしいというありきたりなお話。

 でも、私は帰りたかった。帰って、家族の待つ家に、友達のいる学校に、ただ存在したかった。

 それだけだったのに、帰りたいとわめき続ける私を疎ましく思ったのか、王族は剣を突き付けてこう言った。

「お前は勇者なのだ。我ら人間のために魔王を倒し、この国を繁栄させろ。それだけが、お前の生きる価値になるのだからな」

 私は従った。平和な日本で育った私が、剣を突き付けられて平気でいられるはずなどない。

 剣を習いマメをつぶした。魔法を習い莫大な魔力をコントロールする術を知った。

 それ以外の時間は、もっぱら睡眠。疲れ果てた私はベッドに入ると死んだように眠った。


 それが、召喚2か月。


 それからの私は毎日の訓練に慣れていた。あきらめていたともいうのだろうか。

 このまま嫌々していても、結局はやらされる。逆に鞭で打たれたりするのだから、しない方が賢い。

 しかし、それでも私は家に帰る方法だけは探し求めた。

 魔術を使って、図書室の本を読み漁った。


 その結果で得たものは絶望しかなかった。


 どうやっても、帰るすべが見つからない。召喚する術はあるというのに、だ。


 もはや、わたしはこの地に骨を埋めなければならないのだ。




 ◇ ◇ ◇




 はぁ、はぁ、と自分の息遣いと敵である魔王の息遣いだけが耳に届く。

 右手に握る愛刀は血がついていたり煤けていたりしていたが、刃こぼれだけはしていなかった。この刀は私の魂で作ったものだ、ということは、まだいくらか余力はあるということだろう。

 目の前に立つ魔王を見る。

 魔王もまだ余裕そうだ。どす黒い剣を構えて、不敵に笑っている。

「勇者、」

「私は東雲沙耶シノノメサヤっていう名前があるのよ、魔王」

 勇者なんて呼ばないで、と付け加えると魔王が心底おかしそうに高笑いした。

「勇者は人間で最も強い、俺を倒す奴の役名だろう?」

「違うわ、ただの殺人鬼の役名よ」

「ほう?」

 魔王はその赤い瞳で私を見る。人にはない、血のように魅惑的な血の色だ。

「ならば、俺も名乗ってやろう。カイ・レンバルト、それがお前が倒すべき魔王の名だ」

「なんだ、案外普通なのね」

「あぁ、そうだな。今しがたお前が屠った俺の大切な家臣たちはカイと呼んでたよ」

 魔王の足元に転がる死体。それは、先程魔王を守らんとする彼らの勇ましい亡骸だった。

 私が、殺した。

「あんたも、すぐに同じところに送ってあげるわよ」

「遠慮しよう」

 それで、会話は終わった。

 息も整い、私たちは遠くの監視役である人間が動いたせいでなった砂の音で、同時に切りあった。




 私は立っていた。

 魔王は今、私の刀に貫かれ、私に寄りかかって息絶えようとしている。もう、私の首を絞めるための力も残っていないのだろう。

「ねぇ、魔王。あんた、人生楽しかった?」

 魔王がほんの少し目を開ける。

「あんたは、結構良い王だったみたいね。最初はただ力が強いからみんなあんたに従ってるだけかと思ってたんだけど。皆言うのよ、魔王陛下がいる限り、この国は終わらない、って。それ、あんたなら国を立て直せるって信じてたってことでしょう?」

 魔王はかすかにくくくっと笑った。そのせいで、弱弱しくせき込んで血を吐いてしまう。

 勇者の白い服が、赤く染まる。

「ねぇ、あんた、私に何かお願いしたいことある?」

 一つだけなら聞いてあげる、というとまた沈黙が落ちる。

 しかし、もう自分もしゃべるだけの余裕はなかった。これから、また歩いて帰らないといけないのだ。下手に体力を消耗できない。傷を治癒したいが、ここまで魔王が密着していると魔王の傷まで治すことになってしまう。

「-----……」

「え?」

「民を…まも、れ……」

 ドシャッと、魔王が地に付した。魔王の血が、勇者の靴を赤く染め上げる。

 あぁ、うん。わかったよ、カイ・レンバルト。

「お前の願いは聞いてやれない(・・・・・・・)」


 魔王はもう何も言わなかった。


 私も、もう何も言わない。


 勇者は、無傷の仲間のもとは向かう。


 帰り際、まるで家臣に囲まれるようにして死んでいる魔王を見て、勇者、いや、東雲沙耶は寂しそうに笑った。




  ◇ ◇ ◇




 それから、城に帰って間もなく勇者は魔族狩りに出発した。

 何者の介入も許さず、ただ淡々と狩っていく。もし、人間が魔族を殺そうものならそいつも殺した。

 そしていつしか勇者はこう呼ばれた。


『狂った勇者。光の魔王。魔王を喰った化け物』


 毎日どこかで、魔族の断末魔と勇者の高笑いが聞こえる。


 勇者が死んだとは報告されていない。



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