ダンジョンでの戦い
「ノースブリザード!」
直線に伸びるダンジョンをノースの放った氷の吹雪がかけ抜けていく。現れていた3匹のとかげ型のモンスターは瞬く間に凍り付き、砕け散って消えていった。
「ふう」
ノースは戦いの終わりを見て、手に出現させていた氷の槍を粒へと変えて消滅させた。エイリスがちょっとした感嘆の声を上げる。
「驚いた。あなた見かけによらずやりますのね」
「えへへ。って見かけによらずって何なのよ!」
「上から来るぞ。気を付けろ!」
ノースとエイリスが口論をしかけ、ゲトーが注意を飛ばす。
天井から岩の塊が湧き出し、切り離されて降ってくる。地響きを立てて着地したそれは起き上がって巨大なゴーレムとなった。
今までの敵より強そうなモンスターを相手にノースとエイリスは身構えるが、ゴーレムが襲ってくる気配はない。それどころか勝手に横に走っていってダンジョンの壁に体当たりをして自滅して崩れていった。
「今のモンスターはなんでしたの?」
「さあ?」
「ここのモンスターって変だよな。敵意が無いというか、向かって来ないというか」
「幻を見せて自滅するように誘導した」
頭をひねる三人に答えたのはそれまでずっと沈黙して後をついてきていた呪術師だった。
「ミレージアさん?」
「幻?」
疑問符を浮かべる二人の前でミレージアは白銀の籠手に覆われた手を持ち上げ、その上に炎を灯して見せた。
「これが幻。そして」
炎が瞬時にして消え失せ、ミレージアの銀仮面の下の目がノースを見たような気がした。
「え」
次の瞬間、ノースはダンジョンを離れ、全く知らない草原の中に一人で立っていた。薄暗いダンジョンの中とは違う青空の広がるいい天気だった。
「なにここ? みんなどこ?」
困惑するノースの頭上で青空は瞬く間に黒い雲で覆われ、雨が降り、雷が鳴り始める。
「キャーなに!? なんなのもう!」
雨から身を守ろうと両手で頭を抱え、雨宿りの場所を探そうとするノースの前に、巨大な何かが降り立った。草原に立ち見下ろしてくるそれは巨大で恐ろしいドラゴンだった。
「ド、ド、ドラゴン~!?」
ドラゴンと言えばある日キサエルに見せてもらった文献の中で幾多の文明を滅ぼした地上最強の生物と語られていた存在だった。他人の言うことを真に受けやすいノースにとっては今ではお化けや幽霊よりも恐い存在だった。
「にょ、にょえーーーー!」
ノースは奇声を上げて逃げ出した。逃げ出した先の洞窟で不思議な光を目撃する。奥へと行ってみるとそこには金銀財宝の山があった。ノースは目を輝かせて近づいていった。
「お宝だー。ご報告すればきっとキサエル様がお喜びになるわー」
そして、しゃがんでお宝に手を触れようとしたところでノースの意識はふっと元いたダンジョンに返っていった。
「あれ?」
気づいたノースが見上げると、きょとんとして見下ろすゲトーとエイリスと目が合った。
「お前、どうしたんだ?」
「何か一人で騒いでパニックを起こしていましたわよ」
「え? え?」
「これが幻術」
「えーーーーー!!」
ミレージアの言葉に自分が幻を見せられていたと気づいたノースは大声で叫んでしまった。ダンジョンに声が響き渡る。
「でも、こんなに掛かりやすい人って初めてかも」
「う……うわーん!」
続く追い打ちの言葉にノースは呆然としてただ叫ぶしかなかった。
四人はダンジョンを歩いていく。ダンジョンは一本道で次のモンスターはなかなか現れなかった。
ノースはまだ幻のショックから立ち直れずパーティーの最後尾を歩いていた。ゲトーはそんなノースをなぐさめる。
モンスターが現れず一本道で道にも迷わない。余裕の出来たエイリスが歩く速度を緩めてミレージアに並んで話しかけた。
「それで、モンスターがなかなか襲ってこなかったのはあなたが幻を見せていたからなんですのね」
「その通り」
ミレージアは短く答える。
前を歩く二人にゲトーは後ろから声をかけることにした。
「お前達って前からの知り合いじゃなかったのか?」
「ここで会ったのが初めてですわ」
「初めて会った」
エイリスの言葉にミレージアが言葉を重ねる。
「知り合いで組んだのは俺達だけか」
ゲトーは納得した。
ミレージアはそれから少し歩いてからエイリスとの話を続けた。
「でも、だんだんと術の効きが悪くなっている。耐性がついてきているのかも」
「確かに。そうですわね」
それは戦いを見ていたゲトーも感じていたことだった。敵の強さは変わらずたいしたことはない。でも、だんだんと風に耐えるようになってきている。
敵が弱いままだからこそ、敵が強くなったというよりも、こちらの技や動きを学習されて対処されてきていると感じてしまうのだ。ダンジョンの閉鎖的な環境も疑心暗鬼を生む原因になっているのかもしれない。
だが、それぞれに別の個体であるモンスター達が他と同じ情報を持つなどということがありうるのだろうか。
「まあ、敵がどうだろうとわたし達はこのまま進んで楽々レベルアップさせてもらうだけですけどね。なにせ楽々レベルアップなのですから」
不穏を払おうと意識してか、前を歩くエイリスは明るく言う。その時、ダンジョンの奥の暗がりから一筋の光が迸った。
「あうっ」
光はエイリスの隣にいたミレージアの顔面を強打して打ち倒し、そのまま駆け抜けて背後の空間で静止した。エイリスとゲトーは振り返る。電気の光に包まれたムササビのようなモンスターだった。
ミレージアは顔を押さえてうずくまった。
「ミレージアさん!? このっ!」
エイリスが扇を広げ風を巻き起こす。だが、電気ムササビは少し後退しただけで今までのモンスターのようには倒されなかった。
「まさかっ!」
「幻が効かない」
「ノース! いつまでもショックを受けている場合じゃないぜ!」
「はっ」
ノースは我に返った。電気ムササビが宙に浮いている。敵は幻で我を失っているわけではない。攻撃を待ち構えているのだ。
そうと気づいたゲトーは急いで止めようとしたが、ノースはそれよりも早くブリザードを放ち、電気ムササビは氷雪の嵐に包まれて消えていった。ゲトーは困惑した。
「俺の取り越し苦労だったのか? 何かを待ち構えて反撃してくるかと思ったんだが」
「ミレージアさん、大丈夫ですの?」
「大丈夫。あ」
顔を押さえていたミレージアの手から銀の仮面が落ちて二つに割れた。モンスターが駆け抜けた時にはだけたフードの下からは二本のくくった三つ編みが流れて背にかかっていた。
「割れた」
ただ事実を呟くミレージアの前でエイリスは驚いた顔をしていた。
「ミレージアさん!? あ、あ、あなた。女の子でしたの?」
「ん」
物静かそうな少女の顔をしたミレージアはただ短く肯定の返事をした。
「得体の知れない奴だと思わせた方が幻術が効きやすくなると黄泉様がおっしゃられたので」
ミレージアは正体を隠していた理由をそう説明した。ノースは納得した。自分だってキサエルに言われてメイド服を着ているからだ。黄泉様というのはきっと彼女の尊敬する上司なのだろう。
エイリスは納得出来ないようだった。
「そうは言ってもわたし達にまで思わせる必要はなかったでしょうに」
「無駄な話はせずに早く終わらせるとあなたは言った」
「ああ、言ったな」
「わたしと同じこと言われてたんだ」
ミレージアの言葉にゲトーとノースは納得した。エイリスはむきになって言い返した。
「それはここへ来たばかりの時のことでしょう! 今は事情が違うのですから上げ足を取るんじゃありません! ほら、早く行きますよ! 早く楽々レベルアップをしてみんなに目に物を見せてやるんです!」
エイリスはさっさと歩き始める。ノースは足取りを弾ませてその後をついていった。少しだけこのパーティーが楽しくなった。そんな気がした。




