ダンジョンへの招待状
どこまでも広がる黒い宇宙。そこには無数の星々が静かに明るく煌めいている。明るい星屑が川のように連なるのも見えるこの辺りの宙域は今までの場所よりはほんの少し明るく暖かかった。
その宙域を飛ぶ白い巨大宇宙船の中の一室で、ノースは静かに黙々と掃除機をかけていた。いつものキサエルからもらったメイド服を着た姿で手元を動かしながらちょっとした物思いにふけっている。
キサエルとヤウグが決闘したあの日からしばらくの日々が何事もなく過ぎていった。
レギオンのみんなを訪問すると言っていたキサエルはあの日から特に誰に会いに行くこともなく、宇宙船の部屋でいつものように車椅子に腰かけて傍にいるヤウグを可愛がっていた。
「やっちは可愛いですねえ」
ヤウグは今ではやっちと呼ばれ、まるで借りてきた猫のようにおとなしく可愛がられていた。
ノースは掃除機を止める。音が止んで静かになる。特にやることもなく部屋の床に掃除機をかけていたノースは、ついにつのらせていた不満を口にした。
「キサエル様、いつになったら他の者達に会いに行くんですか?」
真面目で思慮深いノースは、相手の気分を害さないよう意識して感情を抑えながら質問する。それでも少しばかりの棘は出てしまったかもしれない。
キサエルは膝元にすがりつくヤウグの頭を撫でながら答えた。
「そのことですが、しばらくは止めておこうと思います」
「え、止めるって? どうして?」
耳を疑い目をぱちくりさせるノースの前で、キサエルは落ち着いた声のまま答えていく。
「やっちに会いにいって思ったんです。わたしの訪問はもしかしてみんなの行動の邪魔になるのではないかと。わたしにはみんなの自由を妨げるつもりはないのです。わたしはしばらくみんなの好きにさせてみようと思います」
原因がヤウグのせいと聞いて、ノースは身を乗り出して叫んだ。
「そんなことありませんよ! キサエル様が会いに行かかれればきっとみんな喜びます! 嫌がって反抗したヤウグが例外なんです!」
「そう評価してくれるのは嬉しいですが、わたしはもう決めたのです」
「そんな……」
ノースは落胆し、そして心の内に恨みをつのらせていった。これは全部ヤウグのせいだ。あいつが素直にキサエルの訪問を喜んで迎えておけばこんなことにはならなかったはずだ。
「ノースさん、何もあせることないと思うよ」
そのヤウグが能天気に振り向いて声を掛けてくる。
「わたしは何もあせってない!!」
ノースはついかっとなってどなってしまう。そして、すぐに自分のやってしまった行いを後悔した。
誇り高いレギオンの一人である自分がこんなことで取り乱して声を荒げてしまうなんて、あまりにも情けなさすぎる。悪いのはヤウグだけじゃない。状況を動かせる実力がない自分だって悪いのだ。
「言いすぎました。申し訳ありません。失礼します」
ノースは肩を落とし、掃除機を持ったままとぼとぼと部屋を出ていった。
ノースは廊下を歩いていく。そして、しばらく歩いたところで立ち止まった。
肩を震わせ、天井めがけて叫ぶ。
「もう! あいつ何なのよー! 何なのよー!」
ヤウグさえいなければレギオンの統率は今よりずっと上手く取れていたはずだ。自分がこんなことでいらつくこともなかったと思う。なぜキサエルがあんな奴のことをあれほど気に入ってその意見まで聞いているのか、ノースにはまるで理解出来なかった。
だが、現実は受け入れなければならない。
「はあ、顔でも洗ってこよう」
ノースは再び歩きだそうとした。そんな時。
突如として目の前の床に丸い影が現れ、空中へと伸び上っていった。黒い影が左右に翼の形を広げ、巨大な鳥の姿を形成していく。
やがてその影は強靭な肉体と鋭い嘴をもった鳥人の姿となって実体化した。
ノースは足を止めてその姿を見上げていた。少女の姿の前でその大柄な鳥人の姿は畏怖を与える怪物のようにも見えた。だが、ノースはまるで彼のことなど恐れてはいなかった。ただ感情のままに言い放つ。
「もう、いきなり出てこないでよ、ゲトー! びっくりするじゃない!」
その言葉にゲトーと呼ばれた鳥人は鋭い鷹のような目付きでノースの顔を見下ろしてきた。
「お前、ノースか?」
「そうよ! それ以外の何に見えるって言うのよ!」
ノースとゲトーは同じレギオンの同志として親しく交流があった。お互いの姿を見忘れるなどありえないことだった。
「いや、随分とイメージが変わったなと思ってな。その服装とか」
「ん? そう?」
ゲトーに言われ、ノースは改めて自分の恰好を見直してみた。以前のノースは戦いを意識して重い大剣と鎧の装備に身を包んでいた。
今ではキサエルにこちらの方が似合って力も発揮できるからと言われて与えられたメイド服を着ている。
思えばヤウグ以外でレギオンの仲間に自分のこの姿を見られるのは始めてだ。ノースは気になってきいてみた。
「どうかな? 何か変? キサエル様はわたしにはこの服が似合って力も発揮できると言ってくださったんだけど」
「いや、よく似合ってるぞ。さすがはキサエル様のセンスだ。カオスギャラクシアン様に信頼されているだけのことはある」
「そう? そうよね。えへへ」
褒められてノースは気分が良くなって笑った。ゲトーは真剣な目をして話した。
「それで、キサエル様は今どちらに? 今日は話があってここへ来たのだが」
「こっちよ。案内するわ」
ノースは前よりは明るい気持ちでゲトーを案内していった。
キサエルの部屋まで案内して、ノースは一歩下がって状況を見つめていた。
「実はこのような情報を入手したのですが」
ひざまづき、そう言ってゲトーが取り出したのは一枚のちらしだった。それを受け取ったキサエルは興味深そうにそれを読んだ。
「ダンジョンに入って楽々レベルアップ。これであなたも明日からみんなに頼られるリーダーに。へえ、なかなか面白そうですね」
「でしょう? ぜひ、このゲトーにそのダンジョンを調査する許可をいただきたいと思ったので今日は参ったのです」
キサエルはちらしを横にいるヤウグに渡して、ゲトーの目を見つめた。
「許可などいただかなくとも、好きに行けばいいとわたしは思いますよ」
「いいえ、そういうわけにはいきません!」
「?」
ゲトーの強い言葉に、キサエルは少し首を傾げる。
「わたし達はキサエル様の言うことを聞くように命令されているのですから、勝手な行動をするわけにはいかないんです」
ゲトーに代わって真面目な性格のノースが真面目すぎる意見を口にする。ゲトーとヤウグは揃ってその意見を聞き流した。
不思議そうな顔をしていたキサエルは、すぐに笑顔になってお命じになった。
「そうですか。では、頑張ってきてください、ゲトー」
「はい! 頑張ってきます! この俺もきっと明日からキサエル様に頼られるリーダーとなってみせます!」
ゲトーは飛び上がって飛び出そうとして、
「あ、ちょっと待ってください」
「はい! 待ちます!」
呼び止められて、すぐに戻ってきた。キサエルは両手を合わせてにこやかな笑顔で提案した。
「一つお願いがあるのですが、いいでしょうか?」
「キサエル様が俺にお願いを!? はい! なんでもおっしゃってください!」
「ノースも一緒に連れていってくれないでしょうか」
「え?」
一歩下がって状況を見ていたノースはいきなり話を振られてあたふたとした。キサエルの冷静な視線がそんな彼女を見る。
「最近元気がないようなので、ゲトーの力でノースを元気にしてきて欲しいのです」
「わたしは元気なんて……うきゃあ!」
言いかける途中で、ノースはゲトーの腕に勢いよく担ぎ上げられた。
「はい! 俺の力でノースを元気にしてきます! きっとキサエル様のご期待に応えてみせますから、どうかご安心していてください!」
「はい、ご期待してご安心していますね」
笑顔で手を振るキサエルに見送られて、ノースはゲトーに運ばれて部屋を飛び出していった。
ノースはそのまま宇宙船の発着場に留めてある小型宇宙艇のコクピットに押し込まれた。座席に座らされた格好でノースはすぐに抗議の声を上げた。
「ちょっと、どういうつもりよ! ゲトー!」
「お前、まだ宇宙を飛べないんだろ? お前も早く宇宙ぐらい飛べるようになれよ、この俺のようにな!」
「そうじゃなくて!」
ゲトーは宇宙を飛ぶ能力を持っている。ノースは飛べない。ヤウグだって飛べるのは空までだ。これはあくまでも個々の一つの特殊能力。誰にでも出来るような一般的な技能のように語られても困る。
だが、今問題にしてるのはそんなことじゃない。
「楽々レベルアップなんて、そんなうまい話が本当にあると思うの?」
ノースだってそこまで馬鹿じゃない。うまい話を疑う知能ぐらい彼女にもあった。
「じゃあ、お前は今のままでいいと思ってるのか?」
「え?」
「キサエル様に頼られるようになりたいと思ってないのか?」
「それは思ってるわよ……思ってるに決まってるじゃない!」
「じゃあ、行くしかないだろうよ!」
「そうね……分かったわ。楽々レベルアップしてやろうじゃない!」
「その意気だぜ! 道案内は俺がしてやるぜ。黙って俺についてきな」
「よーし」
「ノースさん!」
ノースがハンドルを握って宇宙艇を発進させようとした時、ヤウグがやってきて声を掛けてきた。
「ヤウグ!」
ノースはコクピットからその姿を見下ろした。
「見てなさい。絶対あんたより強くなってくるからね!」
「キサエル様のことを頼んだぜ。今のところはまだ俺達より強いお前にな!」
翼を広げて飛び立つゲトーの後を追って、ノースは宇宙艇を発進させた。
ヤウグは風に髪をなびかせて飛び立つ二人を見送った。




