キサエルの目的
地下にある格納庫の天井が開き、キサエルの白い宇宙船は大地から飛び立った。
「これからどこへ行くんですか?」
広がっていく窓の外の景色を眺めていたメイド服の少女ノースは振り返って訊いた。
宇宙の果てにいる混沌の星獣カオスギャラクシアンから、彼の配下の軍団レギオンを使っての謎の光の調査を任された車椅子の少女キサエルはすぐに答えた。
「最初に行く場所はもう決めています」
落ち着いたその少女の指先が船の端末を操作していき、大型のモニターに宇宙の地図が表示される。
そこに打たれている多くのばらけた点を見て、キサエルは満足そうに微笑んだ。
「言いつけ通り。レギオンのみんなはちゃんとやってくれているようですね」
キサエルが星獣から送られたレギオンと呼ばれる軍団に下した命令。それはこの宇宙にいる人達を片っ端から吹っ飛ばして光の在り処を吐かせるという強引なものだった。
ノースは元は同僚であるレギオンの一人ヤウグが提言したその作戦に釈然としないものを感じつつも、他に納得させられるだけの意見をいうことも出来ず、そのモニターの表示について訊いた。
「この点は何の表示なんですか?」
「みんなのいる場所です。さて、あの子のいる場所は・・・・・・」
キサエルの指の動きに合わせて地図がターゲットを絞っていく。一つの点にカーソルが合わさり、そこに表示された少女の姿を見て、キサエルは嬉しそうな、ノースは嫌そうな顔をした。
「都合がいいですね。ここからあまり遠くない星にいます」
「あんな奴に会いに行くんですか? どうして?」
薄い金色をした長い髪、獲物を探しているハンターのような瞳、全身黒づくめの服を着た小柄な少女、ヤウグ。
真面目な性格をしたノースは、自分勝手で不真面目な行動をとることが多い彼女をあまり快くは思っていなかった。
ノースの不機嫌を顕にした声に、キサエルは嬉しそうに声を弾ませて答えた。
「ノースがあの子を紹介してくれたんじゃないですか。わたしはあの子ともっと話をしたいと思います。行きますよ」
キサエルが手元のパネルを操作する。簡単なそれだけの操作で巨大な船は彼女のいる星へ向けて発進していった。
乗ってきた小型の宇宙艇を降りて、ヤウグは渇いた大地の広がる荒野の星へ来ていた。
「この星にも誰もいそうにないわね」
ぽつりと呟く。
すでにいくつかの星を回ってきた。だが、この辺りの星域には特に人らしい人は住んでいないようだった。
あまり気の乗らない仲間達と一緒ででも、長距離の移動に優れた大きな船に乗ってくるべきだったかもしれないと、心の隅で少し思う。
歩くその足が小さな石に触れた。軽い空虚な音を立てて転がるそれを少女は拾い上げ、遠くに立っている大きな岩へ向かって投げた。
吸い込まれるように小さな石を受け取った大きな岩は亀裂を広げ、よく響く音を奏でながら崩れ去っていった。
この程度では気分転換にもならない。自分はもっと戦いがいのある相手を求めているのだ。
ヤウグは空を見上げてみる。そこにはうっすらと小さく一つの惑星が見えた。
「次はあの星へ行ってみようかしら」
そう思い、宇宙艇に戻ろうとした時だった。
空に巨大な白い船が現れ、降りてきた。
そこから現れた人物を、ヤウグはただ黙って立ったまま出迎えた。
「こんにちは、あなたと話をしに来ました」
車椅子に座った少女キサエルはにこやかに挨拶をする。
「わたしには話すことなんて無いわ」
ヤウグはそれだけを言って立ち去ろうとする。
「ヤウグ! キサエル様にたいして無礼よ! ちょっとそこにひざまづきなさい!」
よく聞き覚えのあるそのノースの声に、ヤウグは足を止めて振り返った。
「ノースさん、ん!? 何そ」
の服と言いかけてヤウグは言葉を止めた。いつも過剰と思えるほどの装備に身を包んでいた彼女が見慣れない軽装をしていたことでつい口に出かかってしまったが、人の服装などどうでもいいことだ。今はそれよりも言いたいことがあった。
「ノースさん、わたしが変なのかな? わたしは納得できないわ。どうしてわたし達はこんな人に従わないといけないの?」
「決まってるでしょ! キサエル様の手足となって行動する! それがカオスギャラクシアン様のご命令だからよ!」
「ご命令ね。それはいい。でも、この人にわたし達を使うだけの資格があるのかしら?」
「カオスギャラクシアン様の決めたことに逆らうつもり!?」
「逆らうつもりはないわ。ただ納得できないだけ。何でみんなが素直に従ってるのかわたしには不思議でたまらない」
「ヤウグ!!」
彼女の身の程をわきまえない言葉に、怒りに任せて飛び出そうとしたノースを、キサエルの手が止めた。
「キサエル様!? どうして!?」
「言ったでしょう。わたしはこの子と話をしに来たんです」
キサエルの静かな瞳がヤウグを見つめる。ヤウグはわずかに恐れたように身を引いた。キサエルは穏やかな声で話しかける。
「どうすればわたしのことを認めてくれますか?」
「そ、そうね。分かりやすいところで力なんてどうかしら」
「力ですか」
「そう。戦いで勝った力の強い者が、負けた弱い者を従える。シンプルでいいでしょ?」
「そうですね。いいと思います。わたしはあなたの考え方は好きですよ」
「・・・・・・」
あくまでも優しげな態度を変えないキサエルに、ヤウグは相手の力量を測りかねて押し黙ってしまった。そんな彼女にキサエルは不思議そうに促してくる。
「どうしました? いつでもかかってきていいですよ。それとも時間と場所を変えますか?」
「いいえ、今すぐでいいわ。今すぐこの場所で決着を付けさせてもらう!」
ヤウグは空中に手をかざす。そこに黒い小さな穴が開き、そこから大きな斧が落ちてきて、地響きを立てて大地に突き立った。
「泣いて降参するのなら今のうちよ」
ヤウグは自らの体格と同じぐらいの大きさのその斧を片手で軽々と持ち上げて肩にかついだ。キサエルは泣いて降参するどころか、にこやかにそれを見つめていた。
「それがディメンションポータルという次元穴ですか」
「知っているの?」
「ノースが口を滑らせました」
「ノースさん!!」
ヤウグの抗議の視線に、ノースは慌てて弁解した。
「キサエル様が訊いたんじゃないですか! わたしはただ知っていることを答えただけで・・・・・・」
「ま、どうでもいいわ。何を知ったところで・・・・・・これで終わりだから!」
斧を強く握りヤウグは突撃する。車椅子に座ったままのキサエルの体を狙って振り下ろす。
雷迅のようなその攻撃は、だが、彼女の肩に触れる直前で止められた。巨大な斧を間近にしながらもキサエルは全く動じることもなくヤウグを見上げていた。
「終わるんじゃなかったんですか? ちゃんと当てないと終われませんよ」
「ば・・・・・・馬鹿馬鹿しい。あんた、本当に死にたいの!?」
ヤウグはため息をついて斧を引いた。こいつはただ落ち着いているわけではなく、頭がおかしいだけだ。そう結論づけて踵をかえす。
「もういいわ。ろくに動けもしない奴を相手にして何の戦いになるっていうの」
「もういいんですか・・・・・・では、今度はこちらから行きますね」
「え」
立ち去ろうとしたヤウグの視界の片隅に何か桃色の光が見えた。そう思った瞬間。
「キャアア!」
固い何かにぶつかられた衝撃を受けてヤウグは大地に倒れていた。手を離れた斧が大きな音を立ててそのかたわらに転がる。
「な、何、今の!?」
不意打ちとはいえ、全くの問答無用に自分を一方的に跳ね飛ばしたものの存在を信じられなかった。
ヤウグは起き上がり、それを見る。
いつの間にどこから現れたのか、透き通る半透明の桃色の壁がキサエルの周りを円形に取り囲んでいた。呆気に取られた様子のヤウグにキサエルは変わらない落ち着いた声で話しかけた。
「マテリアルシールド。わたしのこの無敵のバリアーはこの世のあらゆる物質、攻撃を防ぎ、無効化します」




