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メレンゲ

「なあ、ヒナちゃんはさあ、なんで家庭科の先生になろうと思ったの?」


放課後の調理実習室。家庭科部の顧問であり三年五組担任教師・水野比奈、通称ヒナちゃん。実生活には彼等と同じ年の息子がおり、まさにお母さんのような先生だ。そのヒナちゃん他家庭科部女子生徒の作った料理のおこぼれに預かるため、匂いに誘われてやってくる腹ぺこ運動部の生徒も多い。が、どうやら今回は違うらしい。

水野は三年五組担任であり、しかも今年の進路指導担当でもある。悩みを抱える生徒達の相談に乗る事も多いが、それは進路指導室ではなく、この調理実習室である事がほとんどだった。殺風景な部屋でただ向き合って話すよりも、お茶を飲んだりお菓子を食べながらだったら、お母さんに話すようなゆったりとした気持ちになれるから、という、お母さん先生ならではの考え。

「う~ん、そうねぇ…」

出来立てのにんじんカップケーキを、彼…斉藤健二の前に差し出すと、じっとそれを見つめた後にゆっくりと半分にちぎった。途端にふわりと香る甘い匂い。

「皆に、家族を好きになってもらいたかったから…?」

「え、なんでそこ疑問系なんだよ」

半ば呆れながらも半分に割ったケーキにかじり付く。口の中に広がる砂糖だけではない甘さ、そして。

「すっげ、ふわふわ………!」

始めは驚愕の、そして次には感嘆の、そして最後には幸せの表情が広がる。

それを満足げに見守りながら、紅茶にいれた砂糖をスプーンでかき混ぜて溶かして、再び彼に差し出す。

「小さい頃、お母さんもきっとこうしてあなたにお菓子を作ってくれてたのよ?」

「あ~、そうかも。うちの母さんのホットケーキ超うま!とか思ったもん」

粉と卵と牛乳を混ぜ合わせただけなのに、なんでこんな美味しいものができるんだろう!もしかして、魔法使い?なんて、子供の頃は思ったものだ。いつからかお菓子といえば買うものという考えになり、以前食べたのはいつだろうと思い出さなければ思い出せないくらいになっている。

「お母さんがいて、お父さんがいて、そしてあなたがいる」

これほど幸せな事、他にないわよって、皆に伝えたいから先生になったの。そう言って笑った。


そういやさ…と、口をもぐもぐさせながら、何かを思い出したかのように健二が話し出すのをじっくり耳を傾けて聴く。

「ホットケーキ、こないだオレ作ったんだけどさぁ」

土曜日の昼に部活から帰ると、いつもいる母親が外出していた。空腹に堪えきれず、かといって何かを買う小遣いももう底をついている。がさごそと台所を漁っていて見つけ出したのは、ホットケーキミックス。

「あれさ、作り方書いてあんじゃん?簡単そうだと思ったんだけどさ…」

ただ混ぜるだけなのに、いざ自分で作るとなると勝手が違った。

「卵は割れないし、牛乳どれくらい入れんのかわかんねえし、粉は飛び散るしでさ」

台所ひっでえの、と苦笑いしながらも、ふと嬉しそうに微笑む。

「…けどさ、母さん帰って来てさ、オレが焼いた真っ黒のやつ、世界一美味しいって言ってくれてさ」

ひっくり返すのに失敗して形が崩れた黒いホットケーキを前に茫然としていると、外出から帰って来た母親が、台所から漂う異臭に気付きやってきた。けれども、散々たる様子のそこを見ても怒る事なく、それどころか「お腹空いちゃった」と、戸惑いもなく焦げたホットケーキを食べ始めたのだ。

あの日の事を鮮明に思い出しながら、最後の一口になったカップケーキを頬張る。

「美味しいって言ってくれるのって、すげえ嬉しいよな…」

「ふふ、そうね。だから、あなたが美味しそうに食べてくれて私も嬉しいわ」

比奈がすっかりきれいになった皿を下げると、ふと健二が周りを見渡す。そこには、レシピを見ながら一生懸命に調理する同級生。

「なあ、男が料理すんのってヘンじゃね?」

「そんな事ない!今時の男子たるもの家事が出来なきゃモテないわよ~?」

「…そっか、そうだよな」

じっと掌を見詰めて、意を決したかのように健二の瞳が比奈へと向いた。

「あのさ、オレ…あのさ………」

しかし、口ごもってしまい、言いたい事がうまく伝わらないためか、もどかしくて瞳を逸らしてしまう。けれど、お母さん先生には伝わっていた。

「調理部の仮入部してく?」

「ヒナちゃん…今からでも大丈夫かな?」

不安そうに見上げる健二の頭をわしゃわしゃと撫でると、ロッカーから新品のエプロンを取り出して手渡した。

「料理は、皆を笑顔にするの」

例えそれがどんなに歪な形でも、どんなに焦げて真っ黒でも、込められた想いは必ず伝わるから。そう言って、健二がぎこちなく掛けたエプロンの紐を結んでやり、改めて正面から問い掛けた。

「斉藤くん、進路は決まったかしら?」

きゅっと握った掌をそっと開いて、今度はしっかりと、迷いのない瞳を向ける。

メレンゲのようにふわふわと膨らんだ想いは、熱を加えると一気に堅くなった。


数日後、進路指導室に健二が姿を現し、白紙のままだった指導希望調査票を提出している。

【希望する進路:調理師】と、力強く記入してあった。




メレンゲ…終わり

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