私と腹黒野郎の当たらずとも遠からずな関係について
久しぶりなのに行き成り話が進み過ぎた感じです。
色々新しい人が出て来たのに名前がないので、余計に分かり辛いと思います。
あれからなんだかんだとしているうちに入学式は済み、怒涛のように一週間が過ぎた。
私はというと初っ端からの体育館裏に呼び出されたのが効いたのか、それとも憧れの王子様を体現したかのような男にローキックを食らわせたのが悪かったのか、既にクラスの中では腫物扱いだ。それを武東に言うと何ていうか当たらずとも遠からずかな、といったよく分からない返答を貰ったのだけれど。当たってるような、そうじゃないようなって何だそれは。はっきり言えよって、あ、待って下さい。やっぱり私の繊細な心が、物凄く傷付きそうなので止めて下さい。途轍もなく怖いですから、そんなふうに黒い笑顔を浮かべないで下さいませんか。
「まあ、遠巻きにされてるくらいが丁度良いんじゃない?裏があるのがバレバレなのに、見え透いた嘘を吐いて近付かれるよりも、僕はずっと良いと思うけどね」
武東は急に真顔になってそう言うと自嘲気味に笑い、それを見た私は武東らしくないなとそう思った。
私と武東は、それはそれは短い付き合いだ。何せ話すようになってから一週間程の付き合いなのだから。それでも私の中にある奴のイメージは、常に余裕があって飄々としたものだ。
だからそんな表情を見せられても困る。私は友達がいないし自分勝手な人間だから、こういう時はどうすれば良いのか分からない。あれかな。昼休みに上級生の女に囲まれていたから、疲れが出たのだろうか。
武東は毎日のように男にも女にも、良い意味でも悪い意味でも絡まれているのだから、そろそろ疲れが出てもおかしくはない。もし私がその立場ならば、早々にぶち切れているだろうと思う。なのにこいつは毎日にこにこと笑顔で嫌な顔せずに対応しているのだから、その部分だけは本当にすごいと感心してしまう。
「武東どうした?なんか疲れたのか?」
もしかしたら熱が出ていて、だからおかしくなっちゃったのかもしれない。私は右手を武東の額に当てると左手を自分の額に置き熱を測ってみた。ああ、何だ熱は無いみたいだ。だって私と同じくらいなのだから。
「熱は無いな。残念だったな武東。つまらないホームルームは抜け出せないぞ」
すると武東は驚いた顔をして私を見ていたが、しばらくすると破願した。
ええ、何。どうしちゃったのだ武東よ。本格的に壊れてきちゃったんだろうか。今何か私は、お前にそんな嬉しそうに笑ってもらえるようなことをしただろうか。ええ、本当にどうしたんだね君は。
「はーい、浅倉と武東。バカップルもいい加減にしなさーい。そろそろ止めないと委員長が怒りますよー。確かにたるいけど、今はホームルームの時間ですよー」
「私がってなんですか!先生が怒るんでしょ普通は!しかもたるいって!ちょっとは教師らしくして下さいよ!」
「あー、もう。俺、委員長はちょっと落ち着いた方が良いと思うなー。なんか怒りすぎじゃない?」
「誰のせいですか!誰の!」
ふわあっとした喋り方の若い男は1-Aの担任教諭だ。その喋り方と同じで性格も緩く全くと言って良いほど教師らしくない。何というかこの男には、大学生がそのまま教師になったという表現がぴたりと当てはまる。生徒の受けだけは異常に良いがやる気がとことん無い。生粋のダメ男なのだ。
現に来月に予定されている体育祭の出場競技を決めている最中だというのに、彼は教卓の横にあるパイプ椅子に座ったまま動こうとしない。その代わりに、真面目そうな見た目の少女を教壇に立たせている有様だ。
その少女は学級委員長を務めているが、私は彼女が本当に可哀そうだと思う。さっきからダメ男にキレまくっているけれどそれは無理もない話だろう。なにせ私が覚えている限り、彼女は委員長となってから全てのホームルームを任されている。きっとダメ男は、いつか我慢の限界が来た委員長に肘鉄の一発くらい食らわされるんじゃないだろうか。まあ、それはともかくだ。
「なあ、武東。バカップルってなに?」
何の意味かね。馬鹿って付くくらいだから、あれか。言葉通り馬鹿にしてる感じか。普段ならば怒るところではあるが、いかんせん今は私が悪い。ホームルームとはいえ、授業中に後ろの席にいる武東の方を向いて話しているのだから。それにいくらやる気が無いとはいえ、教師を敵に回すと碌なことが無いからな。
「……ああ。うん。まあ仲が良いってことかな」
何故か武東は笑顔のまま固まったが、しばらくして歯切れの悪い返答をした。何だ意外と煮え切らない男だなお前。はっきりして下さい。
「そうなの?」
どうなのと思い、ダメ男と委員長にも聞いてみるが二人とも困った顔をした。それから武東と同じように歯切れが悪い答えをくれた。
「あー。うーん。まあ、当たらずとも遠からずってとこかなー」
「ああ、そうかな。当たらずとも遠からず。うん、そんな感じかな」
何だ。今、流行っているのかその言葉は。皆して当たらずとも遠からずって、示し合わせたように言うのだから。何だかもやもやする。あまりいい気分じゃない。
「あ、あの、浅倉さん。知らない方が良いこともあるから。ね?」
今まで一度も話したことが無い、隣の席の背の小さな女の子に急にそう話しかけられて驚いてしまった。ハムスターみたいにおどおどしながら話しかけられたものだから、つい私もおどおどしながら、そうなのと聞くと一生懸命にうんと彼女が頷くものだから、つい私もその雰囲気に呑まれてそうなんだと納得してしまった。
「その方が浅倉さん、幸せだと思うから」
そうなんだ。ありがとうハム子さんよ。それから私は薄情な人間なので、まだ名前覚えてなくてごめんなさい。きっと覚えるので許して下さい。後、武東とダメ男は覚えていろ。私にばれないと思っているだろう。甘いんだお前たちは、私のことを笑っているのは分かっているんだからな。武東もダメ男も笑いを堪えすぎて肩が震えてるんだよ。必ず仕返ししてやるからな。
あ、良いこと思いついた。取り合えずダメ男のダメ教師っぷりは、校長直属の目安箱に書いて入れておくから覚悟しとけ。今時、目安箱ってと馬鹿にしてたけど、結構役に立つんだね。はは。ダメ男め、明日は校長にしこたま怒られて地獄だな。
馬鹿な私がハム子さんの言った本当の意味に気付いたとき、穴を掘って隠れたいと思う程に恥ずかしい思いをしたのだが、それは別の機会があっても話さないからな。あんな恥ずかしい思いはもう二度とするもんか。
まあ、そういう訳で私。浅倉南美は武東知明と当たらずとも遠からずな、よく分からない関係になったらしい。多分だけど。