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浅倉さんがそこまで嫌われなくなった理由、並びに武東くんがモテなくなった理由について

第三者視点で、少しだけ未来の話です。

 


 光明高校(こうめいこうこう)一年A組には変人が二人いる。一人は女の子で浅倉南美という。日本人形のような和風の美少女でとても可愛い。ただ黙っていればという枕詞が付いてしまうのだけれども。

 彼女、浅倉はとにかく性格がきつい。今までその性格でどうやって生きてきたのか、と思わず勘繰りたくなるほどなのだ。口が悪いのはもちろんのこと、他者に対する気遣いというものが全く感じられない。唯我独尊。自由気まま。彼女を表すのにこれほどしっくりとくる言葉はないだろう。まあそのような性格であるから、浅倉は入学当初から男女を問わず、あまりいい感情を持たれていなかった。ただ最近はそう嫌われることもなくなってきている。

 その理由となっているのが、もう一人の変人。武東知明である。彼は浅倉とは打って変わって人当たりが良い。おまけに成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗と全てを持った人間である。けれども彼はそのことを自慢するわけでなく、謙虚に慎ましやかに生きているので誰からも好かれていた。そう過去形なのだ。

 事の発端は四月の中旬。美術の授業でのことだった。その日は初めての授業ということで二人一組に分かれ、お互いの名前であいうえお作文を作るというものだった。おいおい、どこに美術の要素があるのか。と突っ込みたくなるのはこの際、少し横に置いて欲しい。問題は浅倉と武東の作文だったのだ。

 あの時はクラスの誰もが、己の耳を疑ったと思う。なぜならそれまで騒がしかった教室が、一瞬にしてしんと静まってしまったのだから。クラスの誰に聞いてもおそらく寸分の違いもなく、その作文を言うことが出来るだろう。そのくらい衝撃的だったのだあれは。



「よし、出来た!」


「奇遇だね。僕も今出来たよ」


 一切の雑談もなしに黙々と作文を書いていた二人は、そう同時に言って伏せていた顔を上げた。それを聞いたクラスの誰もが二人の様子をちらちらと伺いだした。ばれないようにこっそりと、でも聞き耳だけはしっかりとたてていた。その頃のクラスメイトは皆、容姿の優れている浅倉と武東に興味が恋愛的な意味で大なり小なりあったのだ。そんな二人がペアを組んでいるのだから、それはもう注目の的だった。

「じゃあ、私から言うぞ」

 そう言うと浅倉が作文を朗読し始めた。



む ムカつくんだよ。ついでに言う

と とストーキング止めてくんねえ?

う 鬱陶しいんだよ。

ち 血も涙も通ってない性格して

あ 愛想笑いが胡散臭い。本当に武東知明は

き 気持ち悪い。



 この瞬間。本当に嘘ではなく、教室の空気が凍り時間が止まった。驚きというか衝撃というのか、とにかく誰も動かなくなってしまった。きっとこの時の皆の気持ちは、どうしようだったと思う。


「へえ。頭の悪い君にしては、良く出来たほうなんじゃない?じゃあ僕の番だね」


 それはそれは、静かな教室に武東の声がよく響いた。そんなに大きな声ではなかったというのにだ。皆は一斉に武東を見やると彼はいつもの表情を浮かべ、ニコニコと笑っていた。怖い。絶対に皆そう思っていただろう。



あ アホの子は大変だよね。

さ さっさと作れるような、こんな簡単な作文をうんうん唸っちゃってさ。

く 苦労して作らなきゃならないんだから。

ら 楽勝で作った僕とは、頭の出来が違うから本当に可哀想だ。

み 皆が哀れな生き物を見るように君を見ていたよ。

な なんか普段の反抗的な態度といい、君はまた痛い目に合わないと理解出来ないみたいで残念だ。

み 身に染みていると思ったんだけど、仕方ないからもう一回アイアンクローでも受けてみるかい?



 武東がそう言い終わるよりも早く、彼の左手が浅倉の小さな顔を力一杯に掴んでいた。向かい合わせにしていた机の境界線を越え、武東は椅子から半立ちの苦しそうな体勢で、それでも獲物を逃すまいとして必死だった。その顔には笑みが浮かんでいたが、悪魔のようだったと後々まで語られるような禍々しいものだった。

 一方の浅倉は痛さのあまりにガンガンと机と武東の足を蹴って暴れながら、少しでも彼から逃れようと椅子を後ろに倒していた。彼女の可愛いらしい口からは、死ねだのクソ野郎だのの汚い言葉が絶えず発せられていた。


「お前!ちょ、なんでアイアンクローするんだ!?痛いんだよ!もう友達だろ!手加減しろよ!」


「何言ってんの浅倉さん。手加減なら、利き腕じゃない左手でやってる時点でしてるだろ?」


 その時、浅倉には天の助けとばかりに四限終了のチャイムが鳴った。すると武東は急に興味がなくなったのか左手を離し、彼女に向き直って周囲が呆気に取られるような行動に出たのだった。


「ああ。もういいや飽きた。お腹減ったし食堂行こうか?」


「ああ、痛かった!…武東。今回のアイアンクローはなんの意味があるんだ?もう友達になってるから、お友達になりましょうじゃないだろ?」


「…ああ。それはね。右手はお友達になりましょうで、左手は普通に怒ってますの喧嘩を吹っ掛ける意味だよ。僕だって人間だからね。そりゃ怒るよ」


「よく言うよ。この腹黒やろ…すみませんでした。もうアイアンクローはしないで下さい。私が言い過ぎました。許してよ。お詫びに昼を奢るからさあ」


 二人は教材を手早く片付けてしまうと、先程までの雰囲気はなんだったのかというようにじゃれあっていた。

 なんでアイアンクローで友達の証なんだとか。実は二回目とか。というかお前ら友達だったのかとか。じゃあさっきの険悪な作文はなんなんだとか。皆突っ込みたいところはいっぱいだったと思う。だけどこの後の武東の言葉を聞いて、全員がああこいつらとは関わらないでおこうと決めたのだ。


「また間違ってるから浅倉さん。男女の間で仲直りは、女の子が男の子に弁当を作ってこなきゃいけないんだよ。毎日ね」


「ええ?毎日作るのか!?面倒臭いなあ…。そしたら武東は許してくれるのか?」


「うん。許すよ。でも毎日だからね」


 仕方がない。作るか。そう言った浅倉を横目に武東が放った言葉は、きっと一生忘れられないだろう。


「ああ。浅倉は馬鹿で面白い。いつになったら僕の出鱈目に気付くんだろうね。ま、気付いたところで逃がさないけどね」


 ははっと笑った武東の顔は、犯罪者のようだったと見たものは後に語っている。

 そういう理由で浅倉南美は嫌われるよりも、主に同情されるようになったのだった。そして恐ろしい男。武東知明は周囲から、陰で魔王と呼ばれるようになったと言われている。無論、顔に騙された女以外は、関わりたくないと彼を避けるようになった。最近それに気付いた武東が、モーセの十戒のようだと呟いたのが浅倉の耳に入ったらしく、モーセというあだ名を武東に付けてまたひと悶着があったのだが、まあこれは別の話だ。

 とりあえず言えることは、魔王武東には浅倉という生贄を捧げれば間違いない。そういうことだ。




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