僕が獲物を狙う理由
今回は武東知明の視点です。
やあ。初めまして。まずは自己紹介から始めようか。僕の名前は武東知明。知に明るいという名前の通りに成績優秀。おまけに運動神経は抜群で、容姿は端麗と三拍子そろった自分で言うのもなんだけど完璧な人間だ。更には表向きの性格がいいので学校中の女子からは、王子とあだ名をつけられ騒がれている。老若男女。全ての人から僕は好かれやすいと思う。
本当は王子だなんて馬鹿馬鹿しいあだ名で呼ばれることも、女共が煩く騒いでまとわりつくことも、男共がそんな女を引っ掛けようと僕を利用することも煩わしくて仕方がない。そもそも他人に興味などないし、関わりたくなどない。この日常が煩わしくて退屈で仕方がないのだ。
でもこの社会で生きて行く為には、どんな嫌なことがあってもニコニコと笑ってやり過ごしていくしかない。人と違う特徴を持つ者は排除されやすい。特に日本において、それは著しい。だから僕は何があっても我慢してきたのだ。
それだというのに僕とは正反対の人間が身近にいる。そいつは周囲の人間に嫌われ、かといってそれを気にするわけでもなく、ただ一人で自由に生きているのだ。その姿を見ていると僕は非常に腹が立ってくる。僕はこんなに苦労をして、周囲に溶け込もうと努力しているのにお前はなんなんだと。理不尽な怒りだと理解はしているのだが、どうしても抑えることが出来ない。
そいつ浅倉南美は大きな目だが、切れ長の日本人形のような雰囲気のある美少女だ。ただ僕と違うのは頭の出来があまり良くないことと、その性格の悪さを隠さずに堂々と生きているという点だ。特に女なんて生き物は常に群れていなければいけないので、さぞや今の孤立している状況は辛かろうと思うのだが、浅倉はなんということはないと淡々として日常を過ごすのだ。彼女に対する悪口や嫌がらせも全てスルーして生きている。
浅倉は学園での有名人だ。ただ悪い意味で、という形容詞が付いてしまうのだが。他人に興味のない僕でさえ、登校すると一日に一回はどこかで彼女の悪口を聞くくらいなのだから。
僕が彼女に構うようになった切っ掛けは、本当に簡単で単純だった。中学の卒業式の後、たまたま上がった校舎の屋上に浅倉がいた。それはそれは気持ちがよさそうにすやすやと寝ているものだから、思わずまた理不尽な怒りがこみ上げてきたのだ。僕はうざったい女子の相手をしてきて、へとへとだというのにお前は気持ちよさそうで良いご身分だなあ。なんて本当に愚かだが、抑えようのない嫉妬のようなものを感じた。
そうこうしている内に目を覚ました浅倉が、ぼんやりとこっちを見ているのを知った僕は、普段は無表情なこの女の顔をどうにかして歪ませてやりたいと思った。そうすることで、胸の内に抑えつけているこの怒りをやり過ごそうとした。
「ああ。煩かった。何で女はああも煩いんだか。群がってくるあいつらは本当に蠅のようだった。殺虫剤まいたら死なないかな。コロッと逝っちゃえばいいのに」
お互い違った高校に進学するのだから、最後ぐらい本性を見せてしまっても構わない。どうせ相手は嫌われ者で、このことを話す友達すらいないのだから。そんなことを考えた僕は、人の悪い笑みを浮かべたように思う。浅倉のほうをちらりと見ると彼女は、今まで誰も見たことがない驚きの表情を浮かべてこちらを見ていた。すると楽しい、面白い。そんな感情が僕の中に思わず湧き上がってきた。
「はあ。王子って性格悪かったんだ。私よりいい性格してんね。でも面白いな。女子共が今の聞いたら泣き喚くんだろうな。ああ、見てみたいなあ」
さあ、浅倉はどうするのだろう。そう期待に満ちた目で見ていると彼女は、こちらが拍子抜けしてしまうような言葉を口に出した。
なんだこいつはと本当にそう思った。僕は彼女から非難されることを期待していたというのに、彼女は面白いと言い放ったのだから。面白いのはお前のほうだろう。なんなんだその反応は。
「へえ。そういう君も性格悪いよね。僕なんかより、ずっと君のほうが面白いと思うけどなあ。ねえ、誰からも嫌われるってどんな感じ?興味あるんだよね。ちょっと君の生態を観察してもいいかな?なにせ全てにおいて僕と正反対だからさあ。君といると退屈しなさそうだ。これからずっとそばで見ててあげるからね」
少し驚かしてやれ。なんだったら泣かせてやろう。そう思ってわざときつい言い方をし、最後に自分でもちょっと気持ち悪いなあと思うことを言ってやった。さあどうだ。
「はあ?お前は何様だ。死ねこの野郎。きもいんだよ。見ててあげるってなんだ。いらねえよ。王子だからって、私のことなめてんじゃっ…アタタタタタ!痛い!痛いっ!」
うん。自分でも気持ち悪いとは思っていたけどね。なんだろうこの目の前の女から言われるとすごく腹が立つ。思わず小奇麗な顔にアイアンクローを黙れという気持ちを込め、渾身の力できめてしまうほどに腹が立つ。
「離せよこのクソ野郎!痛いっつってんだろうが!」
そうこうしているうちに、ブチギレた浅倉が持っていた卒業証書で僕の左頬を思いっきり殴ってきた。正直に言って痛い。唇が切れてしまった。この女。殴ってやろうかと思ったが、ふとあることに気付いて止めた。
ああ、僕は今。全然退屈じゃない。むしろ楽しいくらいだと。この女の傍にいると退屈しない。なんだろう。僕が普段、押し殺して生活をして溜まっている鬱憤が、浅倉の素直だけれど気遣いの欠片も見当たらない。そんな言葉を聞くことで発散しているように感じた。常に窮屈な日常だったというのに彼女といるとすごく楽になるのだ。
それが僕は嬉しくて嬉しくて笑いが込み上げてきた。ああやばい。笑いが止まらない。その隙を狙うようにして笑い続ける僕から、必死に走って逃げる浅倉を見た僕は思わずこう言ってしまった。
「逃げても無駄だからね。浅倉南美さん」
そう。逃げても無駄だから。こんなに僕を楽しませてくれるものに出会えたのは、人生で初めてなんだ。絶対に逃さないから覚悟しておくがいい。
「なぜだ。なぜ私の家を知っている!?」
浅倉と同じ高校に受験し直した僕は入学式のある日の朝。彼女の家までわざわざ迎えに行ってやった。いいなあ。その嫌そうな顔。本当に面白いなあ。
「浅倉と友達になりたいんですって君の元担任に話したら、すぐに住所と電話番号を教えてくれたけど?優等生って便利だよね」
「くっそ、あのハゲ頭!死ねえ!」
そんなふうに自宅前で叫ぶ浅倉に僕はまた笑いが止まらなくなった。ああ。ああ、本当にこの子は面白い。僕のストレスをたったこれだけの言葉で吹っ飛ばしてくれるのだから。
そういう訳で僕、武東知明は浅倉南美に付きまとうことにしたのだった。