私とストーカーとの出会い
この小説は一人称で進んでいきます。各話ごとにころころと視点が変わりますで、苦手な方はご遠慮下さいますようお願い致します。
まずは自己紹介から始めよう。私の名前は浅倉南美。あれ、それなんかどっかのヒロインの名前じゃね。そう思った人は大正解。私の両親は揃って某野球漫画のファンで女の子が生まれたら絶対この名前と決めていたらしい。ただ名前の漢字が違うのは、苛められないようにという両親なりの思いやりなんだとか。うん。思いやるとこがずれてる。すっげえ迷惑。何この名前。死んでしまいたい。
しまった。話がそれてしまった。とにかく漫画のヒロインと一字違いの同姓同名なわけだが、彼女と違い私は外見が可愛くもなければ、性格も可愛くない。他人の面倒を見るとか大嫌いだし、そもそも家族以外の人間が嫌いだ。だからヒロインには絶対になれない。ていうかそんな状況は私にとって拷問以外の何物でもないのだが。男にチヤホヤされ、常に誰かが傍にいるとかマジで死ぬ。有り得ない。
また話がそれてしまった。まあ一言でいうと私は嫌われ者だ。愛想はないし、協調性も皆無であるから、周囲からは大人子供、男女に関係なく疎まれている。それは私の心を時々、深く抉ることもあるが、だからといって今更に愛想よくなろうとも思わない。無理をしても結局は化けの皮が剥がれ、今と同じように嫌われてしまうのだから同じことだ。
そんな私には、どこをどう間違えたのかストーカーがいる。といっても、そいつは私に恋愛感情を持っているわけではなく、興味深そうに私を観察するだけなのだが。ただ気持ち悪いのは、私を観察したいが為に奴は受かっていた学区内一の進学校を辞退し、四つほどレベルを落とした私が志望する高校に二次募集で受験し直したのだ。まあ結局は学歴なんて大学で決まるから、天才の奴にとって高校くらいどうということはないのだろうが、凡人の私からすれば人生を台無しにしてまで、私を観察したいとか気が狂ってるとしか思えない。あれか。馬鹿と天才は紙一重とかいうやつか。ああ本当に気持ち悪い。
そんな私と奴こと武東知明との出会いは、中学三年の卒業式の日だった。式が終わり友達も挨拶する人間もいない私は、校舎の屋上から運動場で騒ぐ生徒達の様子をフェンスに背を預けて見ていた。その中の一際騒がしい集団の中心に武東はいた。奴は群がってくる煩い女子共に笑顔で対応し、優しいことに一人一人と記念撮影をしてやっていた。
武東は眉目秀麗、文武両道を地で行く人間で女子からは王子と呼ばれており、人間に全く興味がない私でさえ知っているのだから、本当に奴は学校内ではかなりの有名人だったのだ。まあその時の私はただぼうっとその様子を見て、ああ王子って大変なんだなあ。あんなに煩い女共に囲まれて可哀想に。とそんなふうに思っていた。
その日は三月の初めにしては気温が高かった。ポカポカと心地の良い日差しに誘われて睡魔に襲われた私は、ついついその場に座ってうとうととしてしまったので、その後の武東がどうしていたのか記憶にないのだが、ふと目が覚めると屋上の入り口付近に武東が立っていた。丁度、私が座っている位置から左斜めの正面に奴はいたのだが、私に気付いていなかったようで普段はニコニコと穏やかな表情を浮かべている顔が、眉を寄せて般若のようになっていた。有名人の意外な一面に私は、ただただ驚くばかりだったが、奴は私に更なる衝撃を与えてくれた。
「ああ。煩かった。何で女はああも煩いんだか。群がってくるあいつらは本当に蠅のようだった。殺虫剤まいたら死なないかな。コロッと逝っちゃえばいいのに」
王子にあるまじき発言をかましてくれたのだった。その時の私の心中は驚きで嵐のように乱れていた。ちょ、何この人マジで。私より性格悪くねとか。いくら人間嫌いの私でもそんなこと言わねえよ。煩かったとか迷惑だったとかは言うかもしれないが、死ねとか言わねえよ。なにこいつやばい。やばいけどでも面白い。私の嫌いな煩い女子共が、好きな人から嫌われてるとか面白すぎる。とこんなふうに心の中でマシンガントークを繰り広げていたのが悪かったのか。
「はあ。王子って性格悪かったんだ。私よりいい性格してんね。でも面白いな。女子共が今の聞いたら泣き喚くんだろうな。ああ、見てみたいなあ」
思わず声にそう出してしまったのだ。今、思い出してもへこむ。あの時なぜ声に出してしまったのか。そもそもなぜ屋上に行ってしまったのか。なぜもっと爆睡出来なかったのかと自分を責めてしまう。そうすればストーカー被害に遭わずに済んだというのに。
「へえ。そういう君も性格悪いよね。僕なんかより、ずっと君のほうが面白いと思うけどなあ。ねえ、誰からも嫌われるってどんな感じ?興味あるんだよね。ちょっと君の生態を観察してもいいかな?なにせ全てにおいて僕と正反対だからさあ。君といると退屈しなさそうだ。これからずっとそばで見ててあげるからね」
般若から普段の顔に戻った武東は、ニコニコと微笑みを浮かべながら堂々とストーカー宣言をしてくれた。
「はあ?お前は何様だ。死ねこの野郎。きもいんだよ。見ててあげるってなんだ。いらねえよ。王子だからって、私のことなめてんじゃっ…アタタタタタ!痛い!痛いっ!」
武東の言葉にふざけんな死ねと思った私は、思わず喧嘩を吹っ掛けてしまったのだが、その啖呵は言葉の途中で終わってしまった。なにせ私は、いつの間にかすぐ近くに移動してきた武東にアイアンクローをがっつりときめられていたのだから。ちょ、おま、痛いんだよ!なに女の子に握力全開できめてんだよ!あれか、死ねとか言わねえよとか言ってたけど、ものの数秒でお前に言っちゃったのを怒ってんのか。悪かった。悪かったよ。私もお前と同じくらい性格が悪かった。謝るからさっさと離せ。離せってば。
「離せよこのクソ野郎!痛いっつってんだろうが!」
あまりのアイアンクローの痛さにキレた私は、つい右手に持っていた筒に入った卒業証書で武東の左頬を張り飛ばしていた。怒りにまかせて持てる力を全て使ったその一撃は、奴の唇の端を切ってしまうくらいの勢いだった。
あ、やばいやっちゃったなと思い、私はそろっと武東の様子を覗き込んだ。やばい殴られるかな。その時は本当にそう思った。なにせ武東の体は小刻みに揺れていて、怒りのあまりに震えているのだと感じたのだから。
するとしばらくして武東は腹を抱えて笑い出したのだ。それはもう。狂ったように笑っていた。もう、今更感が半端ないが、あ、こいつは関わっちゃいけない人種だったんだ。と気付いた私はダッシュでその場から逃げだした。
「逃げても無駄だからね。浅倉南美さん」
とそんな恐ろしい言葉が背後から聞こえてきたが、私は聞かなかったことにした。今日は何もなかった。誰とも出会わなかった。そう自分に言い聞かせてとにかく走って家に帰った。
そうしてそれ以来、私は武東と会うことはなかった。桜が舞う四月の入学式がある、とある日の朝に奴が私の家に迎えに来るまではの話だが。
そういうわけで、あれから私はずっと武東知明にストーキングされ続けているのだ。