プロローグ ルー兄編
「ルークヴェルク=シャルトリューズの一考察」
『どこにいっても、そのままのリアでいいんだと思うよ』
親の期待も自分の役割もわからない子じゃないと知っているから、出た言葉。
『ルー兄、ありがとう。…うん。私なりに、頑張ってみる!』
こんな自分のアドバイスを真剣に聞いて、半分笑って、半分泣きそうなまま頷いた姿が、いじらしかった。
行きたくない、と悩むリアの姿は、長い付き合いの自分から見ても当然だといえた。
父親の決定には逆らえないだろうが、良家の子女の、いわば花嫁養成学校だ。活発で、好奇心旺盛で、正義感に溢れた幼馴染には、全く持って不釣合いだった。
貿易業を営む両親に連れられ、初めてこの町に来てもう12年。
真新しい店の店頭にならんだお菓子の山に釘付けになっていた少女がリアだった。
あまりに動かないのが気になって「好きなだけ、見ていいんだよ」と声をかけた、あの時の笑顔に優る心からの表情を、自分はまだ見た事がない。
いつだって全力全身で、心から笑ったり怒ったりする、裏表のないリア。
兄弟もなく、大人の中で、期待や要求にそつなくこたえる術を得た、自分でも可愛くない子供だったと思う。要領の良さは自分にとっては都合が良かった。学校を飛び級して商売に携わるようになってからは、それがそのまま武器になる。
何も、不都合はない人生だけれど。
遠くからでも全力で声をかけてくるリア。
からかえば、思ったとおりの反応で笑わせてくれるリア。
全幅の信頼を寄せてくれる、それが利害など無視した、純粋なものだと嫌になるほど伝えてくれるから。
くずくったい嬉しさなんて、結構恥ずかしいものをくれるリアに、同じ思いを味あわせたいと思うのだろうか。
「いつだって、リアが嫌だと思ったら帰っておいで。僕は出来ればずっとリアには側にいてほしいと思ってるんだから」
(しおれてしまうくらいなら、いっそ、問題でも起こして戻ってきてくれた方がいい)
心のつぶやきが現実になることなど知るはずもなく、営業用より気持ちの入った微笑みを見せれば、案の定真っ赤になって慌ててくれる。
「ル、ルー兄ってば!いつもそうやってからかって!」
ルー兄はかっこ良いんだから、誰彼構わずそういうこと言うと、余計な争いを呼ぶんだよ、と叱られたこともあるが。
「ふふ、リアが可愛いから、つい、ね」
生まれつき、つまりは元手のかかってない見た目で釣られてくれるなら、安いものだと思うのは、商売人の性だ。
「ルー兄!!だから、冗談はやめてってば!」
(…あながち、冗談でもないんだけどね?)
それを伝えるには、まだ、早い。
この後は、ルー兄本編に続きます。