メッセージはyakiniku
コメディーミステリ風恋愛小説。
ジャンルあってるんでしょうか。本気で心配です。
しいな ここみ様主催『やきにく短編料理企画』参加の一品です。
「ただいまー。シンさんごめんね遅くなっちゃってー」
夜の8時過ぎ。
私、田辺真優佳は残業を終えてアパートの自室に帰ると、同居している彼氏のシンさんに声をかける。
シンさんはSinghという名前のインドの人で、2年くらい前から付きあっていた。
「ねー、シンさんってばー。あれ?シンさんどこ?」
いつもの「おかえりー、マユカー」という返答がなくて戸惑う。
探してみたが、部屋のどこにもシンさんはいなかった。
シンさんの会社には夜間勤務当番もあるが、臨時雇い扱いのシンさんはいつも定時上りなので私より帰りは早いはず。
何か急用?それともまさか事故とか?
「あ、もしかしたら」
何か急用ならラインに書き込んでいるはず。
シンさんは基本律儀で真面目なのだ。
私はスマホを取り出してシンさんとのトークページを開く。
シンさんは日本語の文字がまだあまり分からない。
私もインドの言葉は分からない。
そんな二人のラインのやりとりはローマ字で書かれた日本語と、英単語の羅列になる。
トークページには1時間近く前にシンさんが送信したメッセージがあった。
yakiniku
と、ただ一言だけ。
yakiniku ?やきにくって、焼肉のこと?シンさん焼肉に誘われたから食べに行ったの?
会社の付き合いとかあるにせよ、いつもは事前に日時は知らせてくれていた。
こんなことは初めてだ。
っていうかそもそも
「インド人が牛肉食っていいんかーい!……ってシンさんキリスト教徒だから関係なかったわ」
そう、シンさんはキリスト教徒なのでヒンズー教の牛肉食禁止の戒律には縛られない(多分)。
「まあ、子供じゃないんだしこういう日もあるよね」
◇◆◇
それから5時間。
シンさんが帰ってこない。
ラインを送っても既読がつかないし、通話にも出てくれない。
どういうこと?
何か焼肉屋の帰りに事故にでもあった?
しかしシンさんは身元を証明するものをいろいろ持ち歩いているので、そうなったらすぐ勤務先の会社(先述のとおり夜でも当番が詰めている)や上司に連絡がいくはずだ。
そして、私はシンさんの勤務先に私のスマホの番号を伝えてある。
何かあったら私に連絡が来るはずなのだ。
それとも何か事件に巻き込まれた?
yakiniku は私へのSOS?
いや、それもない。
事件に巻き込まれてるのにラインで訳のわからん書き込みする余裕とかないだろう。
それともシンさん私のことが嫌いになって出てっちゃった?
その可能性に思い到って背筋がゾクリとする。
ラインにメッセージを入れたのは、シンさんが部屋にいないことに気づいた私にすぐに行動をおこさせないための細工だった?
いやそんなまさか。
しかし現に私は初動のタイミングを失ってここにいる。
「いやそれにしたってなんで焼肉 ……」
シンさん焼肉食べたかったの?
付き合いはじめて2年。
その間、焼肉はおろか牛肉さえ買ったことはなかった。
シンさんはなかなか職が決まらず、私も安月給のブラック会社を辞めたりしてお金が無かったから。
だからつい5時間前まで、シンさんはキリスト教徒だから牛肉を食べても問題ないということに気付きもしなかったのだ。
最近ようやくお互いに新しい仕事に就いて生活も軌道に乗ってきた。
やっと二人の明るい未来が見えてきたと思ってたのは私だけだったの?
もっと若くて焼肉食べさせてくれるお金持ちの娘の方がよくなっちゃった?
悪い想像が止まらない。
リビングの隅で膝を抱えて座ったまま、私は不安で溢れる涙をこらえることができなかった。
◇◆◇
私は膝を抱えて泣きながらいつの間にか眠ってしまっていた。
と、カチャカチャリとロックが外されてドアが開く音で私は目を覚ます。
「アレッ!?マユカ!?なんでそんなトコにいるの?」
「シンさん……帰ってきてくれた……」
「マユカ?ないてた?なんかあった?」
「シンさん帰ってこないかと思って……」
「え?なんで?シゴトおわったら、かえってくるヨ?」
「仕事だったの?」
「ラインみてなかった?いそぎだったんでとりあえず、えーと、なんだっけ?そう、『やきんいく』っておくったんだケド?ほらっ……ってアレ!?めっちゃマユカかられんらくきてた!?」
やきんいく?ああ、『夜勤行く』ね。
……
夜勤行く → ヤキンイク → yakin iku
「焼肉と違ったんかーい!」
「マユカどうしたの!?」
「い、いやなんでもない……」
話を聞いてみれば単純なことだった。
今夜の当番の人のうちの一人が急病で出勤できなくなり、会社は代わりの人をさがすも見つからない。
そこで、勤務態度が真面目で、ちょうど正社員になるかの打診をするところだったシンさんに会社は連絡をとった。
シンさんは今夜の当番も正社員になることも快諾し、とり急ぎ再度の出勤の準備のかたわら私にラインを送ったというわけだ。
真面目なシンさんは勤務中はスマホを会社のロッカーに入れてるし、勤務後は早く帰りたくてスマホの中身を確認せずに帰路についたので私からの連絡に気づくことができなかった。
「おれいにって、きょうのてあてはげんきんでもらっちゃったよー、キンイップウだってさ」
「そういうことだったの……それにしてもyakiniku って、アハ、アハハハ」
「マユカ、さっきからやきにくがどうかしたの?」
「なんでもないよー、そうだシンさん疲れてるでしょー。シャワー浴びてひと眠りするといいよー。そして起きたらお祝いに焼肉屋に行こうよーアハハハ八ー」
「イイネー、やきにくや!」
今更yakiniku がツボに入って笑いの止まらなくなった私にシンさんは笑顔で答えてくれたのだった。




