第21話:飛鳥デスマーチ ~働き方改革、1400年早すぎた~
「……いや、だからね、鎌足さん。俺、算数は赤点ギリギリだったんだって!」
俺は引きずられるようにして、強制連行された。
場所は、さっきまで俺が「あとは頼んます」と丸投げしたはずのオフィス(政庁)。
そこには、般若のような顔で木簡(メモ帳)の山と格闘している中大兄プリンスがいた。
「海斗! 貴様、どの面下げて戻ってきた!」
「どの面って……鎌足さんに首根っこ掴まれて引きずられてきた面ですけど。っていうか、プリンス、顔色ヤバいっすよ。クマがひどい」
「黙れ! 翁の土地を没収するのはいいが、そこから獲れる米の量と、働く農民の数、さらには都に運ぶための『送料(運賃)』の計算が、何度やっても合わぬのだ!」
俺はプリンスが差し出した木簡を、死んだ魚のような目でのぞき込んだ。
……うわ、文字がギッシリ。これ、現代でいう「エクセルのマクロが壊れたシート」じゃん。
「えーと……これ、一気にやろうとするからバグるんですよ。まず『一反あたりこれくらい』っていう『デフォルト設定(標準値)』を決めてさ、あとは掛け算するだけじゃね?」
「カケザン……? 貴様、何を言っている。一つずつ数えねば正確なログが取れぬではないか!」
「……マジか。この時代のスペック、低すぎんだろ」
俺はため息をつき、地面に指で数字を書き始めた。
九九なんて、中学で卒業したつもりだったけど、まさか飛鳥時代で「最強のスキル」になるとは思わなかった。
「いい? 5×5は25、これ、一瞬。プリンスがいちいち『1、2、3……』って数えてる時間の100倍はタイパいいから」
「……な、なんだその呪文は! 5……25? おお! 確かに計算が合う!」
プリンスの目が、深夜のテンションでギラリと光った。
あ、これヤバい。仕事できる奴だと思われたら、もっと押し付けられるパターンだ。
「よし、海斗。今夜中にこの全ての木簡を、その『カケザン』とやらで整理しろ。できねば、貴様のデートの許可(ログイン権限)は永久に剥奪する」
「……は!? ちょっと待って、ブラック企業すぎるだろ! 働き方改革って知ってる!? コンプラ違反ですよ!!」
俺の叫びは、夜の飛鳥に虚しく響いた。
結局、朝まで鎌足さんに脇を固められ、プリンスの「これどうなるの?」という無茶振りに答え続ける、最悪のオール(徹夜)が確定した。
「(……あーあ。なんとかなると思ってたけど、俺の計算能力、ここで使い果たしちゃうかも……。車持娘ちゃん、今頃寝てるよなぁ……)」
朝日が昇る頃、俺の脳内ストレージは完全に容量オーバー(パンク)していた。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
この「仕事」のせいで、次なる強敵(恋のライバル)が現れることを。
【今回の学習ポイント:古代の計算】
算木: 当時は電卓もそろばんもないので、小さな木の棒を使って計算していた。海斗が教えた「九九」は、実はこの時代にも中国から伝わってきてはいたけど、使いこなせるのは一部の超エリートだけ。海斗の適当な暗算は、当時の人からすれば「魔法」に見えたはずだ。
木簡: 当時の紙は超高級品! だから、役所のメモや帳簿は全部「木の板」に書いていた。間違えたら小刀で削って書き直すという、超アナログな作業なんだ。
改新の苦労: 「全ては天皇のもの(公地公民)」という理想を語るのは簡単だけど、実際には誰がどこで何をどれだけ作っているか把握しないと政治は回らない。中大兄皇子たちが必死だったのは、まさにこの「データの統一」だったんだね。




