老夫婦の朝
猫が玄関に現れた時に猫の1匹でもいたら癒しになるし、少し生活が楽しくなるんじゃないかなんてちょっと期待した。
「よかったわね。あなたの思う通りになって。」
それだけ言うと、愛子は無言のまま朝ごはんを作り、テーブルに座った達なんていないようにふるまった。
無言でご飯を運んで、無言で食べ、無言で食器を片付けた。
いつも夫婦でそんなに会話があるわけではなかったが、一言くらいは他愛ない話をする。
愛子の静かな怒りが伝わったのか、達は
「なぁに、猫は野生で生きていけるから心配ない。もともと野良だったかもしれないし。」
と言った。その一言で愛子は、この人に何を言っても無駄、いっても会話にならないんだからと思った。
そして愛子は黙っていた。
「朝から話にならないな。」
「あなたはいつだって話にならない。」
愛子はまだ若い頃、歳をとってリタイヤしたら夫婦仲良く旅行でもしながらのんびり、ゆったりとした老後を過ごせるものだと思っていた。
ところが今の暮らしはそれに遠く、ほとんど会話のない生活、たまに話したと思うと、尖った言葉が飛んできて言い争いになることがしばしばだ。
愛子はこのままあと、残りの人生を2人で過ごすのは厳しいと思うが、今更1人になって生活のはもっと厳しいものがあるだろうと思い、諦めて生活している。
そんな自分のこと嫌だなとも思いはするが、達も同じ思いなのではないかと思い、それならお互い様なのではないかとも思う。




