猫が現れた
その場にゆっくり座った猫は二人を見て、ニャーと鳴いて頭を下げた。
達は玄関に戻って下駄箱を開けた。
愛子は夫の行動をいぶかって
「一体何するつもり?」
と言ったときには、達の手には古めかしいビニール傘が握られていた。
達はきっと傘で猫を追い払うに違いない。
愛子は達の前に立ちはだかるようにして
「やめて!何する気?」
と叫んだ。
「止めるな。お前も知っての通り俺は猫が嫌いだし、それにこの猫汚なすぎる。」
「あなたが猫嫌いなのは知ってるけど、この雨の中雨宿りしている生き物をどけるのはあんまりに非情よ。」
「そんなこと言ったって、もともと猫は病気を持ってるかもしれないと言われているし、こんな汚い猫だったらなおさらだ。玄関マットに変な虫でも付いたら困るだろ。」
「でも、この雨じゃ外に行ったらすぐにびしょ濡れになっちゃう。かわいそうだから、追い返すなんてやめましょう。」
「でも…」
「ね。ちゃんと「こんばんは」って頭を下げたことだし。」
達は、またひときわ激しく、降り出した雨に目をやり、猫に
「わかったよ。でも、雨がやんだらすぐに出ていけ。」
と言って、先ほど取り出した傘を元の場所に戻して自分も戻っていった。
愛子は猫に
「ごめんね、玄関に入れてあげられればよかったんだけど、お父さんがダメなの。せいぜいちゃんと濡れないところにいてね。」
猫はニャーと言った。
「物分かりの良い子ね。」
愛子は後ろ髪を引かれる思いで、ドアを閉めて、少し迷って電気を消した。
猫が風邪をひいたりしませんように、冷たい雨に濡れませんようにと願わずにはいられなかった。




