第六話
どしゃ降りの夜であった。風も吹き荒れている。
ぽつんと建っている庵の中で一人の壮年の男が座っていた。
調度品はおろか、建具さえも満足に揃っていないあばら家であった。その為に雨が吹き込んでいる。また、吹いている藁の量が少ないのか、雨漏りも酷かった。
上からも横からも雨があたっているにも関わらず、件の男は身動ぎ一つしなかった。
何を思う。何を願う。幼き頃の輝かしい日々か、老いさばらえる今後への絶望か。
男は庵に近づく人の気配に気がついた。
「誰じゃ」
視線を気配のする方向に向けると、二人の男が立っていた。
「初めまして、拙者は穴山小助と申します。こちらは霧隠才蔵」
二人は頭を下げた。男は表情一つ変えない。
「ふん。どうせ真の名前ではないのであろう。どこの手の者か?」
「我等は真田信繁の配下の者です」
「真田信繁?その様な知らぬな。待てよ、真田という事は上田か、沼田か?」
「上田です。真田昌幸の次男、真田信繁です」
「その真田が儂に何の用じゃ、関ヶ原の西軍の一武将であったこの儂に」
「はい。実は大坂城に入っていただき、秀頼公の右腕として、力を振るっていただきたい、と思いまして」
「それは無理な話だな」
「一体何故ですか?悪い話じゃないでしょう」
「確かに秀頼公は虎も惚れ込む程の武将としての才を持っておる。ただ、母親がいかん。あの母親がいる限り、秀頼公は狼ではなく、ただの座敷犬よ。そんな場所で儂の出る幕なんかないわ」
男は吐き捨てるように言った。
「その点についてはご安心下さい。あなたの働きを妨げる恐れのある者については、私共が前もって排除致しますので」
「なんと。真田の次男はあの女を殺すというのか」
「いいえ。この策を立てられたのは信繁さまではありません」
「それでは一体誰が・・・」
「淀の方を排除する事を提案されたのは真田大助さま、信繁さまのご長男で15歳の少年です」
「それではお主らが儂の元へ来たのも・・・」
「勿論大助さまの指示で参りました。これからの戦いで浪人衆を束ねるには、小大名の次男であった父よりも、戦国大名の漢の方がふさわしい、との事です」
ククククク・・・。突然男が笑い出した。
「成程成程。確かに大助とかいう小僧、大坂城にいる誰よりも状況が見えているわ。ひょっとしたら大御所に匹敵するかもしれぬ。それ程の男が何をたくらんでいるのだ?」
「彼は表では秀頼公の側近として働いております。このままでは自分の寿命はもって半年だと嘆いておられます。自分が生き延びる為にも、豊臣を勝利に導くのだ、と」
「面白いのお。自分が生きる為に、主君の母親を殺し、天下をひっくり返そうというのか。その小僧に会ってみたくなったな」
「ならば我等に御同行願えますか?」
「ところがそう簡単には行かない。わかっているとは思うが、このあばら家には幕府の者が四六時中監視している。幕府の目をかいくぐるのは、至難の業だろう」
「今の嵐を利用しようと思います。嵐により、この庵は倒壊し、あなたは下敷きとなって死ぬのです。既に代わりとなる死体は準備しております。体格は似通っておりますし、顔は人相がわからぬ程度に潰しております」
「随分と用意周到な事だな。だがこの嵐だ。海は荒れているので、島抜けは当分無理だ」
「ご心配には及びません。西山にある洞窟の一つに二、三日分の食糧を準備しております。そこでしばらく過ごしていただき、 海が穏やかになった後に出発しようと思います。洞窟まではこちらの才蔵が案内します」
「そいつはありがたいな。それから、大坂への道筋について教えてほしいな。潮の流れというものがある。ここから船で直接大坂に向かう事は不可能だ」
「その点については、我等も検討しました。少々回り道とはなりますが、仕方がありません。上陸先として、江戸や相模、安房、常陸は論外。今、想定しているのは、磐城に上陸し、一旦若松に向かう。そこから北上し仙台藩に入った後、西進する。酒田より航路にて北陸道を進み、若狭国小浜で下船します。鯖街道を歩いて上洛し、船で淀川を下り、大坂城へ入城となる予定です」
穴山小助(仮名)の説明に、男は考え込んでいる様子だった。
「ふむ、よく考えられているな。潮の流れのせいで直接大坂に行けない事を逆手に取って、東国の徳川家に叛旗を翻す恐れのある藩を刺激してまわるとはな。お主達のあるじはやはり只者ではないな。会ってみたくなったぞ、真田大助に」
「そ、それでは・・・」
「行こうではないか、大坂に。そして徳川を倒そうぞ」
翌日、嵐による被害がまとめられた。
被害は軽微で、家の倒壊が1件、死傷者1名であった。
なお、嵐の夜に倒壊した家を訪れた二人の男については、消息不明のままであった。
こうして宇喜多秀家は八丈島を脱出し、大坂へ向かった。
関ヶ原での借りを返す為に。
幕府が死体の正体に気付いたのは嵐の夜から十日程経った頃であり、行方をくらませるには十分な時間であった。




