第五話
淀は不機嫌であった。
どうしてこの世は、私の思い通りにならないのか。
燃え盛る北の庄城を見て、私は誓った。この世は負けたら終わりだ。待っているのは死だ。私はお母様の様にはならない。必ず勝利者の側に立つ。
その為の覚悟は出来ていたし、実際その通り実行してきたという自負もある。小汚い鼠に抱かれたのも、あいつが天下人だったからだ。子を宿すまでの辛抱と、祈りながらあいつが果てるのを待った。ことが終わったあとは、何度水をかぶっても身体じゅうにまとわりついた不快感が消えなかった。私は汚された。不快な夜を何度も繰り返した末に男子を産んだ。ようやく鼠との夜を拒否して、安心して眠れるようになった。しかし、子が幼くして亡くなった。このままでは終われない。また鼠に抱かれる夜を送るようになった。しかし、鼠は老いていた。放つ雄の精が薄くなっている気がした。これでは子を産むことなどできぬ。私は年寄の慰み者になる気はない。だから、色目を使ってくる男に抱かれてやって、ようやく妊娠できた。二人目の子供も男子で、私は次の天下人の母親という立場を手に入れた。しかし、子供が物心もつかないうちに鼠が死んでしまった。たちまち私の立場は怪しくなった。まだまだ戦国の世は続いている。強い者が天下を治めるのだ。私の子はあまりにも幼く、無力だった。しかし、私に息子に縋るより他になかった。
こうして迎えた今である。世間での自分の評判が悪いことは自覚している。しかし今更この生き方を改める事は出来ない。私自身には本来、何の力も無いのである。あるのは秀頼の母という立場である。今の権力を維持するには、秀頼が生き続ける事、その為にあらゆる危険から遠ざけるよりないではないか。
先の戦いでも、真田が戦果を出した直後に和議を結んだのだ。少しでも和議が遅れたら、真田丸に大御所の兵が押し寄せただろう。その波は真田丸を押し潰すだけでなく、天守までも押し潰しただろう。だから和議を結んだ事は間違っていない。問題があったのは和議の際の徳川方との交渉人の選定だ。どうしてあんな無能を選んでしまったのか。外堀を埋める件までは妥協できる。しかしおめおめと内堀まで埋められるとは。これでは方広寺の鐘の件と同じではないか。
過ぎた事を悔やんでも仕方がない。どうすれば、生きていられるのか、それを考えなければ。
生きる為には大御所に股を開いてもいいが、無理であろうな。
何故私は女に産まれたのだろう。男だったら自分の手でのし上がる事もできるのに。
それが彼女の不機嫌さの根幹であった。
「川の様子はどうだ?」
僕は猿飛佐助(仮名)に尋ねた。川とは僕が付けた淀の方の符牒である。いくら密談とは言え、暗殺計画を協議するのはまずいだろう、と思ったからだ。どこから相手に聞かれるかわからない。ある種の伏魔殿なのだから。
僕がいるのは大坂城内にある真田衆の詰所の一角である。無理を言って作ってもらった。勿論、普通の方法では入る事は出来ない。複数のトラップを乗り越えた末にようやく入室できるのだ。間違って入ろうとした者については、才蔵及び佐助配下の忍びが素性を洗い出し、少しでも疑わしい点のある者に対しては口封じを行うという苛烈な措置が取られていた。
僕は夜な夜な密談を繰り返していた。
今夜の会議は、淀の方の動向について猿飛佐助から報告を受けていた。他には三好清海入道と由利鎌之助、海堂六郎(いずれも仮名)が出席していた。
「彼女には常に警護の者がついており、一人きりになる事は殆どありません」
「いくら何でも、厠に行く時とか、湯につかる時には一人になるのではないか」
「いいえ。厠に行った際には、扉の前には大男が立ち塞がりますし、見えないように天井に潜んで警護しておりますし、湯につかる際には更に二人の女中が湯舟まで同行します」
「警護している者の素性は?」
「それが皆越前からつき従っている様で、敵の内通者である恐れは少ないです」
「越前から、か。浅井の頃か、柴田の頃か」
「それはどちらでも関係ない程の長い間仕えているのではないか」
「金魚の糞、川にくっついている忍びは何人いる?」
「大御所の風魔衆が二人、将軍家から甲賀衆が三人、更に正体不明の忍びが三人程」
「う〜ん、これでは忍びと警護の目をかいくぐって、川を無き者にして、正体を気づかれる事なく逃げおおせるのは無理じゃないかな」
僕が言うと、四人も同意した。
「仕方無い。他の手を探そう。・・・大体、城内で斬り殺して徳川方の仕業にするというのは、無理があり過ぎるよな」
「それもそうですね」
それぞれが暗殺方法を模索しているのか、皆無言である。夜も遅い、お腹も減ってきた。何か食べたいなあ、こちらに来てから、非常食みたいなものばかりで、まともなご飯にありつけていない。400年前の、しかも戦争中の陣地にいる事は理解しているものの、食べ盛りの15歳の日本人としては、もっと温かい食べ物が食べたい。カレーライス食べたい、ラーメン食べたい。
その時閃いた。
「毒。毒を使おうか」
皆に明るい表情が戻る。毒殺。これは皆にも盲点だったのか、思い付かなかったらしい。
「それは良き考えだと思います。それで、何の毒を使います?」
「それは決まっている。この時期に使う毒は・・・河豚だ。河豚の毒を使う」
「・・・確かに」
ターゲットを毒殺する為の課題や検討すべき点が色々と浮かぶ。とても今夜決めきれるボリュームではない。詳細については各自に詰めてもらい、後日また話し合う事にしよう。
「今夜はこれで散開する事にしよう。ここに長居していると、周囲の人間に怪しまれるからね。会合は二日後、同じ刻に、ここで。佐助さんは河豚の入手について、鎌之助さんは調理人について、海堂さんは毒見役についてどうするか考えておいて欲しい。清海さんは他に懸念点がないか、考えてくれ」
「御意」
それぞれが表の顔に戻っていく。
こうして戦国大名勧誘計画に続いて、謀殺計画も端緒についたのだった。




