第三十九話
軍議は原則毎日行われている。『軍議』と名付けているものの、内容は戦争に直接関わる事だけではない。基本的には、秀頼公あるいは幹部に伝えるべき事を全員で共有する寄合といった意味合いの方が強い。寧ろ内容は小さな出来事の方がいいのかもしれない。大事件というのは、えてして小さなきっかけから始まるものだから・・・。
本日は、現時点での調略活動の報告、大坂城の防衛力強化の報告を行った。時間がかかるが、幹部全員で情報を共有する事は意味があるので仕方が無い。
続いて、これらの活動を通じ、気付いた点、追加で実施した方がいい内容等、思いついた人間が順次話す。
「秀頼公の居室は北西側にするべきではないのか」
「弾薬庫に耐火防壁を施すべき」
「毒を混入されぬ様、井戸の警戒を厳重にすべき」
「弩用の矢を増やして欲しい」
「練兵に力を入れるべきではないのか」
「武具を補修できる人材を増やして欲しい」
「食料の備蓄を増やすべきではないのか」
「敵が城内に侵入した際の対抗策をもっと講ずるべきだ」
「幹部だけ妻帯しているのは、不公平ではないのか」
「決戦に際し、帝や公家の協力は得られないのか」
「部隊の編制を再考して欲しい」
「徳川が布陣すると思われる場所に罠を仕掛けるのはどうだ?」
「決戦を前に、もっと浪人を雇うべきではないのか」
「真田信之に対し、調略を実施しているのか」
「そもそも大坂城を決戦の場とすべきなのか」
等々、あげればきりがない。これらを一つ一つ、短時間ではあるが丁寧に議論していく。一人で決済していった方が、行動に移すまでの時間は短く効率的かもしれない。しかし、論議することにより、幹部連中の意志の統一を図ると共に、新たに行う個々の施策がこれまでの施策と矛盾しないかを気付く機会がある、という利点があった。多数による確認の方が利が大きいと判断し、軍議に挙げている。
連日の軍議により、新たに要望・提案される件数は日に日に少なくなっていた。いよいよ戦時体制が整って来たのではないか。
残るは、決戦の時期と方針だ。これらは駿府あるいは江戸から出発する時期と兵の数で自ずと決まるであろう。
天守から南側を眺めると、遥か遠くに小さく四天王寺の塔が見える。恐らくあの辺りまで敵方の兵(恐らく十五万人から二十万人程度)によって埋め尽くされるのだ。
彼等の攻撃をはねのけて、豊臣秀頼公を生き延びさせる事。
それが僕の役目であり、転生した僕の使命なのだろう。
突如、駿府に呼び出され、大御所の前に引き出された。
大坂との決戦を前に、作戦や兵站、留守にする江戸への対応等考えなければならない事は山程ある。老人の話し相手なぞそこらの坊主にでも任せておけばいいだろう。俺はいらいらしながら、大御所の前に座った。
大御所は七十過ぎの老人とは思われない程、眼光するどく俺を睨んでいた。おい、爺、俺を値踏みするな。
「おい、正信の子倅。少しは出来る様になったか」
何を言っているのだ、この爺は。
「と、言いますと?」
「此度の戦において、最も重要な点は何だと思う?」
「将軍の遠征により手薄となる江戸の防衛だと思われます」
「それは、出来て当然の事。それから豊臣を滅ぼすのも出来て当然の事だ」
「・・・では、何だとおっしゃられるのですか?」
「分からぬのなら教えてやる。千だ。千を生きたまま、儂の前に連れて来い。それ以外は、些事と思え」
成程、孫馬鹿か。老いたな、家康。
「しかし、大坂城に忍び込んで、さらって来るというのは・・・」
「たわけ!それが出来ぬ様な男なぞ、いらん。その時は腹を切れ」
「わかりました。御期待に応えて御覧に入れましょう」
「期待では無い。命令だ。・・・ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「はっ」
やれやれ、随分と厳しい爺さんだな。これはちょっと考えを改めないとな。
「ところで、此度の敵は誰だと考えている?」
「総大将となる豊臣秀頼、それに軍師である真田大助かと」
「ほう。儂と同じ見立てだな。・・・それで軍師をどうするつもりだ?」
「勿論、殺しますよ」
「どうしてだ?幕府で登用する価値は無いのか?」
「無いですね。局地戦に勝つ才能なんて、これからの徳川の治世に必要ありません。利用価値なんてありませんよ」
「儂はお主よりも才能があると思っている」
「聞き捨てなりませんな。何故そう思われたのですか?」
「お主なら恐らく日本全土に目を配る事は出来るだろう。しかし、あいつは日本全土はおろか伴天連の国々まで目を配る事が出来、百年先、二百年先まで見通す事だ出来るだろう。・・・戦いが終わったら、千の婿にしてやってもよい、と考えている」
「大御所様がそこまで評価しているとは思いもしませんでした。ますます殺してやりたくなりました」
「好きにしろ。・・・それからお主が言っていた江戸の守りの件じゃがな。恐らくお主は伊達や上杉を想定した守りを考えているのだろう。儂とは意見が異なるな。織田信長を殺したのは誰かを考えてみろ。謀反は必ずより、近しい人間によって起きる。もし謀反が起きるとしたら、それは水戸藩かお主だろう」
「御冗談を・・・」
「儂に勝てると思ったら、かかって来い。いつでも相手をしてやるぞ」
全く食えねえ爺さんだな。流石は海道一の弓取りといったところか。
それにしても謀反を起こすのは身近な立場から、この視点は抜けていたな。確かに三男が将軍を務めているんだ、十一男であっても問題ない。それに藩主頼房公はまだお若い。十二歳くらいだろうか。誰かの口車に乗って謀反を企てても不思議はない。よし、監視の目を厳しくするか。
それから俺か。確かに俺だったら、江戸の防御網、弱点等全部手の内だから占拠するのは雑作も無い。例え俺が大坂に張り付いていたとしても、十分可能だろう。だが、幕府に叛旗を翻す時期に問題があるな。早過ぎては俺の首が飛ぶだけだ。遅ければ江戸にいる面々が干上がるだろう。こういった考えではうまくいかない。実質江戸を手中にしておきながら、面従腹背、今の様に将軍家に頭を下げればいいのか。それは謀反ではなく、単なる権力闘争だな。・・・面白い。徳川の安泰なんかより、遥かに面白いじゃないか。遅まきながらではあるが、天下を狙ってみるか。




