第三十八話
ここで大坂城で施した対策の進捗を確認する。
まずは防火対策である。火矢や砲弾の爆発による失火を防ぐことが籠城戦における最重要事項であると考えた。天守の東側及び南側の壁面に鉄板を貼ってゆく。砲弾が狙う高層部と火矢の届く低層部に並行して進めた。鉄板は薄く延ばしたものを寸法を揃えて、堺から毎日一定数運び入れた。そのおかげで、この仕事に従事させる人員の配備、進捗管理は楽になった。また堺衆との関係改善により、保有している銃の整備及び銃弾の確保を進めた。
それから、脱出及び物資搬入用として淀川からの隠し水路を通した。これは大坂の民衆に淀川の浚渫と堤防工事をさせているどさくさで作った。さらに脱出路及び重傷者の搬送用通路を設けた。出口は大坂の神社及び寺院である。そこに無料の医療所を設け、庶民に最新医療を施すと同時に、戦傷者を回復するまで収容する施設とする。これにより大坂城内に戦傷者を看護する人員が不要となり、戦時体制が強化された。また、非戦闘員の女性も既に城外に避難してもらった。今残っている女性と言えば、幹部の奥方とか彼女達に仕える少数の侍女、それに特殊な業務を担う者達である。
転生前に読んだ本によると、戦争時には兵士の性欲が増すそうである。そうした欲を解消する為の施設も必要かと一瞬考えたが、この時代の恋愛事情はあまり性別には関係ないそうなので我慢してもらう事にした。
まあ、愛する人と共に戦場を駆けるのも悪くはないだろう。
幕府によって埋められた外堀・内堀に代わるものとして、要所要所に落とし穴を仕掛けた。残土対策としてその穴に泥を充填した。騎馬兵が落とし穴にかかると、馬は泥の中に完全に没し、兵士も恐らく肩まで泥の中だ。歩兵は勿論、完全に沈む。この落とし穴を攻略するには、落とし穴の領域を完全に把握して避けて進むか、落とし穴の幅以上の梯子を用意して両岸に渡し歩兵で進むよりないだろう。これにより、敵兵の進む速度は大幅に遅くなるだろう。どこにあるかわからない落とし穴、落ちるとほぼ確実に死が待っている、というのは恐怖であろう。勿論、落ちた兵を救い出すには多くの時間と人員を要するので、敵の戦力を大幅に削る事が出来る。
落とし穴の存在により、敵の騎馬兵・歩兵共侵攻は停滞するだろう。そこを城内より銃及び矢で狙う事になる。しかし、それでも倒すのは、調略中の外様大名である可能性が高い。あまり多くの人数を倒すのも問題であろう。
出来れば大坂城より距離のある場所に布陣するであろう大御所・将軍に被害を与えたい。そんな方法があるのだろうか?高所から大砲で狙うか、伏兵で相手に打撃を狙うか、といった手段になるであろう。しかしどちらも実現性が疑われるものである。まず、高所から大砲で狙う、というのはふさわしい高所が無い、という点に尽きる。開戦時の最も高い場所は大坂城天守であるが、耐荷重の問題で不可能であろう。勿論、接置するために大砲自身を引き上げる方法が無い。仮に万難を排して接置したとしても、砲弾発射時の衝撃で天守は崩壊するであろう。一方、伏兵での打撃を狙うとしても、大御所・将軍に打撃を与える為には軍勢は大所帯になるだろう。五千とか六千は必要ではないだろうか。それだけの兵を割ける余裕は無いし、城外に潜ませる場所もない。仮にあったとしても、大御所や将軍が陣を構える前に掃討するだろう。つまり開戦の時期を早めるだけで、いたずらに兵を失う愚策である。唯一ある利点と言えば開戦の場所をこちらが選べるという事だ。しかしこの利点をもってしても、失う兵の規模を考えると、採用すべき策とは思われない。
今もなお大坂城の防衛力強化は続いており、堀が埋められる前の能力に近づいてはいるだろう。だが、これらは二ヶ月前の軍議により決めた施策を実行したもので、今新たな視点で見た際には抜け漏れがあるかもしれない。この点については軍議の際に話し合う必要があるだろう。
開戦を前にして、敵方の謀略も盛んになるだろう。日常のちょっとした変化にも目を光らせる必要がある。忍びの方々になお一層の警戒網を構築してもらう。
それから、決戦の方針・作戦案を決める必要がある。まずは僕自身が叩き台を作らねばならない。今後はこの点に集中すべきだろう。
決戦を前に、僕は僕自身だけでも出来る事を始めた。
僕は給仕役を通じて、提供される食事の量を半分にする事を依頼した。
兵糧の面で僅かばかりでも貢献したいという面もあるが、秀頼公の影武者役を全うする為である。
秀頼公は痩身であり、僕が秀頼公を名乗るには肉が付き過ぎている。余計な肉を削ぎ落す必要がある。尤も僕が秀頼公の影武者としての役目が来るのは、敗戦時に大坂城を脱出する時だ。それまではかなり時間がある筈なので間に合うだろう。尤もこれが無駄な努力であって欲しいが。
決戦を前に考えをまとめなければならない事がまだある。
千尋ちゃんの事だ。
彼女はどうあってもこの戦いを生き延びるであろう。
そして、あわよくば僕を連れて元の世界に戻ろうと画策している。
迎えに来るのは、恐らく彼女の息子。考えられる人物としては、福島正則、保科正之、益田四郎といったところか。
福島正則ならもうすぐ迎えに来そうだが、保科や益田ならば当分先の事になるだろう。
千尋ちゃんはその間、歴史の監視者として緊張を強いられる。
僕みたいに戻る事を諦めたら、この世界でもっと自由に生きられるのに。
なまじ僕なんかと元の世界に戻る事を考えるから、こんな窮屈な生き方になるのだ。
そもそも元の世界に戻った僕が生き延びる可能性があるのか?僕の死体をコールドスリープさせて、未来の世界で蘇生させるとか。まさかね・・・。
彼女の知る歴史は、彼女がタイムリープする前の、転生した僕が一人で精一杯生きた歴史だ。そこに彼女が介入し僕と一緒に戻る事を計画するならば、迎えが来る瞬間まで僕達は一緒にいる、という事だ。そういった歴史になる様に、適宜修正を施すのだろう。今のところ、彼女は沈黙している。彼女の知る歴史通りなのであろう。
戦いの前に、彼女と話がしたい、と思った。




