第二話
「大助さま」
「大助さま」
僕を呼んでいる声がする。
何をしていたのか。確か僕は死んだ事を見せつけられた後、激流に飲まれて、流されたんだ。
それで?誰かの意志でここに連れて来られたのか?
ここはどこ?僕は立っているし、重力を感じる。地球にいるんだろう。
「大助さま」と呼ばれている。日本語で呼ばれている。僕を大助だと認識している。ということは僕は生き返ったのか。さっき、どこに傷を負って死んだのか確認しなかったことを後悔した。
周りにいる人達を見ると、全員小柄な男で和装、ご丁寧に髷を結っている。それは鬘ではなく、地毛っぽい。年齢は恐らく僕と同年代ではないか。顔を見ると皆、鼻が低くて、目が細い。モノクロ写真で見る昔の日本人のようだ。
「どうして僕の事を知っているの?」
僕の問いに対して一人が呆れた口調で言った。
「何を言ってるんですか。ここにいる者は皆あなたの事を知っていますよ。浪人衆をまとめられている真田信繁様のご長男、真田大助さまだと」
僕の父の名前は真田優次だけど。今なんて言った?真田信繁って、真田幸村のことじゃないか。
つまり、真田大助が死んで、江戸時代の初めの頃の真田大助に転生したという訳か。そんな馬鹿なことがあるのか?ちょっと信じられない。
確か死ぬ直前の僕は、学生服にマフラーを巻いていた。眼鏡もかけていたはずなのに、今はかけていない。着ている服も今は思い切り和装だ。髪の毛も引っ張られている様な感触がある。髷を結っているのだろう。服や眼鏡なら、気を失っている間に着替えさせられた可能性もないではない。だけど髷を結う為には一定の髪の長さが必要だ。ドッキリなんかじゃない。やはり僕は17世紀初頭の日本に転生しているんだ。
落ち着け。まずはここがどこなのか、今が何年なのかを確かめるんだ。
日本史は得意教科ではないけど、同姓同名の真田大助については、興味があったのでそれなりには知っている。だから周りを観察すれば、おのずとわかる筈だ。
僕は周囲を観察した。板の間で、やけに広い。天井が低くて、薄暗い。柱が等間隔に立っており、やけに太い。広間の真ん中あたりに、急角度の階段があった。ということは、僕がいるのは高層建築の比較的下の層であろう。もう九度山を出て、入城しているということか。
どくん。僕は胸の鼓動の高鳴りを感じた。
確かめるんだ。
僕は階段を駆け上った。急角度な上に、慣れない衣装のおかげで、何度かつんのめりそうにはなったが、転ばずに歩を進めた。
何層か上がった時、武器庫に光が差していることに気づいた。ここからなら、外の様子が確かめられる筈だ。僕は光の差す方へ歩き初めた。
びゅう。
冷たい風が僕の顔にあたる。季節は冬かな。少なくとも夏ではないことはあきらかだ。
外の様子を見る。大きな川が見える。あれが淀川なのだろう。やはりここは大坂城で間違い無い。
更に周囲を観察する。淀川が見える方向にいるから、ここからでは真田丸は見えない筈。
あれ?何か工事をしているぞ。あれは、ああ、堀を埋めているんだ。
今は大坂冬の陣の後、1615年の年初なんだ。
大きく深呼吸する。
このままだと僕はどうなるのか?僕の知っている歴史だと、真田大助は自殺した豊臣秀頼の後を追って切腹したんだよな。
15歳で死んで、何故か同姓同名の真田大助として生まれ変わり、半年もしないうちに死ぬ事を強要される。こんな不条理があっていいのか。いい筈ない。
しかし、歴史を変えていいのか?この世界の事を何もわかっていないのに。
僕はどうするべきなのか。
いや、まず僕がどう生きたいのか、それを第一に考えるべきじゃあないのか。
理想としては、元の世界に戻ることだろう。僕が僕として生きていられる唯一の世界だ。しかし、方法はともかくとして、どの時点に戻ればいいのか。
僕が意識を失った直後に戻るのが、最も歴史改変のリスクが無い様に思う。しかし、身体の損傷は相当なものであった筈。そんなダメージを受けた身体に戻ったら、僕の意識はどうなるのか。結局、僕の意識は痛みに耐えきれず、死ぬ事になるのではないか。これは到底最良の道とは言えないだろう。
事故が起きた後がNGだったら、事故が起きる前に戻ればどうだろうか?確かに身体上の問題はない、だけどそれは、あの母娘を見殺しにするという事ではないのか。駄目だ。そんな事は出来ない。僕は何回でも、例え死ぬ事がわかっていたとしても、母娘を助ける為に全力を尽くすだろう。
だから事故直前に戻るのもNG。
更に以前の世界に戻るのは?それは同じ世界の僕に二人の僕の人格がある、という事。その状態を、何も知らない子供の僕が受け入れるだろうか。それに、僕にとっては、既に経験した事を再度追体験する事になる。僕は過去の自分がした失敗を受け入れる事が出来るだろうか。無理だ。きっと僕は失敗しない様に振る舞うだろう。その行動は歴史を変えてしまう事になってしまう。
つまり僕にとって元の世界に戻るのは、いい選択ではないという事だ。
この世界で、真田信繁の長男として生きる、それしかないという事はわかった。
この世界でどう生きる?
歴史を改変しないように、大人しく半年後の死を受け入れるべきなのか?
元の世界に戻れない以上、僕に歴史を守るべき責任はないのではないか。それに、何故かはわからないが、この世界に転生したという事はこの世界で生きる事を望まれているのではないか。
生きよう。この世界で。どんな手を使ってでも。
僕が生き残る為には、何をすればいいのか。
簡単だ。
大坂夏の陣を起こさない事、豊臣方を勝利に導く事だ。
「誰か」
小声で言うと、背後に二人の人間の気配を感じた。今まで潜んで、僕を守っていたのだろうか。
「今夜父上の重臣達を集めてほしい。ただし、父上には内密にな」
「はっ、かしこまりました」
言うやいなや気配が消えた。さすが真田家、いい忍びがいるものだ。
真田大助15歳、転生した15分後には自らの生き残りをかけて戦う事を決意した。




