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第一話

正月明けのどんよりとした曇り空の下、僕、つまり真田大助はいつも通り午前8時前に家を出た。

中学3年の3学期である。それぞれ志望校への受験に目の色を変えて、授業も聞かず内職に励むのが大半、中には学校に来ない人もいる。

僕としては家からも近い公立の高校なら余裕で合格という状態で、志望校を1ランク上げると、今から必死に受験対策しても五分五分だと先生に言われてしまった。どちらかを選べ、と言われたら楽な道を選ぶのが正直な気持ち。

一点気になっているのは、隣の席の女子、何て名前だったかなぁ、ああ、浅井さんだ。去年の4月に初対面だった筈の僕に名前を聞いてきて、答えた時に笑ってたんだ。名前を聞いて笑ったのは日本史の先生以来2人目だ。以来何かと声をかけてくれるんだが、はっきり言って彼女はかわいくて、成績も優秀、スポーツも万能で、僕みたいな平凡な男とは住む世界が違う。でも、出来ることなら同じ高校に通いたいとは思う。その為には勇気を出して、彼女に志望校を尋ねる必要があるんだが、なかなかきっかけが掴めず、今に至るという訳である。

今日も歩きながら、浅井さんにどう声をかけようかと、考え続けているんだ。

「浅井さん、どこの高校に行くの?」

「どうして私の進学先なんか聞くの?」

どうこたえたらいいんだろう。一緒の高校に行きたいんだ、なんて恥ずかしくて言えないし。


家を出て十分くらい歩くと、街の中心街に近づく。この通学路は、昼間はクルマの通行量は少ないんだけど、朝夕のラッシュの時間帯は国道の抜け道になっているらしく、トラックがびゅんびゅんと猛スピードで通学している僕達の横を走り抜けていく。危険を感じたことは両手では足りないくらいだ。

交差点で親子の声がする。

「ちひろ、わがまま言わないで。保育園に行きましょ」

「いやだ。行かない。ママといっしょにいるの」

ふうん。まあ、気持ちはわかるよ。別に保育園に行きたくない訳ではなく、お母さんと離れたくないんだよね。お母さんにとって自分よりも、仕事が大事だと認めなくないんだよね。

だけどそこにいるのはまずいよ。横断歩道の真ん中で、青信号も点滅してるじゃないか。

その時である。

けたたましい急ブレーキ音とせわしく鳴らすクラクションが鳴り響いた。

大型トラックが横断歩道に進入しようとしている。

危ない!

僕は母娘に向かって駆け出していた。


.......

ここはどこだ。

僕はどうなっているの。

暗闇の中、上下の感覚もない。

明らかに今までいた世界とは違うことはわかる。

登校中の僕は、見ず知らずの母娘を助けるために大型トラックの前に飛び出したんだっけ。

じゃあここは死後の世界か?もう三途の川は渡ってしまったの?六文銭は持ち合わせていないのに。

周囲を見回すと、前の方にかすかな光が灯っている。

あの光は何だろう?

僕は近づいて、光の正体を確かめることにした。

どうやれば進むのかわからないので、平泳ぎの要領で目の前の空間から右後ろと左後ろにかき出していく。駄目だ、ちっとも手応えがない。それでも何十回と繰り返していると、光は徐々に大きくなっている様な気がする。

間違いない、進んでいるんだ。僕はがむしゃらに泳いだ。

そして、わかったのは光は直方体であり、中から光を放っているのではなく、直方体の各辺が照明の様に光って、内部の様子を伺える様な構造であった。

僕に、内部を見ろ、ということか。

僕はさらに近づいた。こんなに泳いだのに全然疲れない。死んでいるからなのかなあ。

直方体はどこかの部屋だ。中央にベッドがあり、左右に2人づつの人がいる。ベッドで寝ているのは誰だ?

顔に白い布がかけられている為にわからない。え、この人は死んでいるのか。だとしたら僕だ。このベッドで寝ているのは、僕真田大助だ。

ベッドの左側にいるのは僕の両親だった。母さんは僕が死んだ事が受け入れられないのか呆然とした表情で、椅子に座っていた。目は赤い。涙も枯れたのかなあ。ごめん、母さん。

父さんは、母さんの隣で立っていた。泣いてはいなかったけど、何かやりきれない思いがあるのか、握っている拳が微かに震えていた。ごめん、父さん。

ベッドの右側にいるのは、僕が助けようとした二人が座っていた。よかった、無事だったんだね。見たところ、怪我はない様子。母親は申し訳なさそうに視線を落として座っていた。子供の方は状況を理解していないらしく、きょとんとした表情で座っている。子供用の椅子が用意できなかったのか大人用の椅子で、足をぶらぶらさせている。僕が死んだことを気にする必要はないよ。僕が勝手に、助けたくてやったことだからね。だから父さん母さん、二人を責めたり、やつあたりはしないでほしい。

あれ、女の子が僕を見ている様な気がする。こちらの世界が見えるのか?そんなことは無いよね。気のせいだよ、気のせい。


もうこの場にいる必要はないんじゃないか。僕が死んだ事も確認したし。死後それなりの時間がたった事は、お医者さんがまわりにいないし、ドラマで見るような心臓の鼓動を確認する計器もつながっていない。病室ではなく、霊安室かもね。それにあの二人が傷一つなく、助かっている事がわかっただけでも十分だ。これで僕は安心して、死後の世界へ旅立てる。どんな世界かはわかんないけど。

僕はその場から離れようとした、その時である。それまでの凪のような状態から、僕をどこかへと連れて行こうとする激流に変わったのだ。

どうする?

流れに逆らってこの場にいても、何か状況が変わるとも思えない。ならばいっその事、この流れに乗ってみるか。どうせ死んでいるんだし。

決意した僕は激流に身をまかせた。元いた光の箱からは、ぐんぐん遠ざかっていく。そしてその一部始終を女の子が見ていた、様な気がしたんだ。


僕は再び気を失った。





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