その12 お爺の置き土産(王太子視点)
おそらくお爺がわざと空けていた穴のおかげで、安全に最大警戒を通常警戒にまで下げることができて良かったよ。力任せに装置を壊す方が簡単なんだけど、屋敷もろとも吹っ飛ぶ可能性があったからね。さすがにそれは避けたかった。
ただまだ、お爺の安否と、なぜ防衛魔道装置が過剰防衛していたかがわからないままだ。
「何者かの侵入によって防衛魔道装置が作動した可能性があるな」
「その場合、何者かは屋敷か敷地内に閉じ込められているよね」
「どちらにしても屋敷の主の安否が最優先だ」
魔道部隊副隊長と私は話し合い、敷地内に賊などがいないか確認してから、私と魔道部隊、護衛たちと案内役の使用人ひとりとで、警戒しながら屋敷へ入ることになった。
本来なら魔道部隊だけに行かせるべきなんだろうけど、お爺と連絡がとれなくなって長いから、副隊長と「一刻も早くお爺を見つけたい」意見が一致した。
屋敷の案内に使用人は必須だし、私がいれば大がかりな魔道装置も扱えるから、一緒に行くほうが話が早いんだよね。
本当に今日の指揮を執るのが副隊長なのは幸運だったよ。
私を疎ましく思っている隊長がこの場にいたなら、「貴方様はなにもしないでもらえますかッ。貴重な魔道装置が壊れたら大変ですからねッ」と私だけ行動を制限されたうえで、散々嫌味を言われる役目しか与えられなかっただろうからね。
副隊長は事を解決するためなら全力を尽くすから、いい意味でも悪い意味でもまっすぐというか、扱いやすい人材だ。
敷地内を偵察に出ていた魔道部隊員が「私たち以外に人も魔物もおりません!」と戻ってきたので、門に魔道部隊員を二人残して、いよいよ屋敷の扉を開けることになった。
魔道部隊員が慎重に屋敷の扉を開くと、ヒヤリとした空気が漏れ出した。
(なぜ冷気が?)
(なにが起こっている?)
みな口に出さず、視線だけで会話しながら扉をくぐると、屋敷の内部は氷室か食材管理場のように冷え込んでいて、息が白く浮き上がった。
扉の前にも見張りとして魔道部隊員を二人残し、私たちは先へ進む。
「こ、こちらです」
案内役として連れてこられた使用人が、腕をさすりながら戸惑った顔でお爺の部屋へと私たちを案内する。その様子から、この寒さが普段通りではないのだとわかった。
副隊長が使用人に保護の魔法をかけている。隊員たちも各自かけているだろう。繊細な魔法だから、私はできないんだよね。かわりに私は魔力の層を厚くして対応できるから、かまわないんだけど。
魔力の層は、簡単な攻撃も吸収して便利だから、普段から薄く張っているのを気持ち厚くすると、体温が奪われることはなくなるし、雨にも当たらない優れモノだ。
もしかして人間の賊ではなくて魔物が入り込んだのかな。お爺の収集品のひとつに珍しい魔物がいて、それが檻から逃げ出したとか。
魔道部隊の二人が先の安全を確認し、護衛が囲む中、私たちはかたまってお爺の部屋へと向かう。
進むほどに冷気が強くなるので、魔力層をさらに厚くしていく。
屋敷自体が美術品のように豪奢だから、調度品が少しずつ霜に覆われていく様は、まるで氷の城に入り込んだみたいに幻想的で美しく、そんな場合じゃないのに、つい目を奪われそうになってしまう。
そうしてしばらく何事もなく進み、長い廊下の先に初めて横たわる人影が見えた。みなギクリと足を止めるなか、使用人が駆け出した。
「旦那様っ!」
すぐに魔道部隊の一人も飛び出し、使用人を止めた。同時に別の魔導部隊一人がお爺に魔力鑑定をかけたあとに保護の魔法もかけた。目が合うと小さくうなずいたので、私たちもお爺へと近づく。
そうして私達が見たのは、ミイラになりかけた姿のお爺だった。
「……屋敷の主が亡くなったから、主を保存するために防衛魔道装置が動いていたんだね」
お爺を検分する隊員に副隊長が尋ねる。
「賊や魔物の可能性は?」
「まだ正確には言えませんが、目立った外傷もなく、本人の魔力痕しかありません。毒の痕跡もなく、外部犯の可能性は低いです」
「万が一でも外部犯が居る可能性があるなら、すぐに屋敷内部を調べろ!」
「はっ!」
魔道部隊員がいっせいに散開する様子に、隊長よりうまく統制がとれているね、と感心する。
「あの、旦那様を寝台に寝かせてもかまいませんか?」
使用人がぽつりと口にしたことで、残っていた私と副隊長、護衛騎士たちはハッとした。遺体は確実に死亡していて数日以上経っている。保護の魔法をかけてあるし動かしてもかまわないだろう。
「もちろんだよ」
「私が運ぼう。部屋まで案内してくれ」
副隊長はすぐに遺体をかつぎ上げた。ためらわない副隊長に恐縮しながら案内する使用人に連れられて、私たちはお爺の部屋に入った。
お爺は収集家だから、さぞかし飾られた私室だろうという予想は裏切られ、装飾の少ない、いたって機能的な部屋だった。
寝台に横たえられたお爺に、慣れた様子で掛布を被せた使用人は、寝台横の机の引き出しから封筒を取り出すと、まっすぐ私に差し出した。
「このお屋敷を開けられた方に手渡すよう、旦那様より言付かっておりました」
「……さっそく拝見するね」
『このやしき すべて そなたにゆず る』
たったそれだけの文が、力なく、かろうじて読める筆圧で書かれていた。
「旦那様はここに私たちを呼び、解雇されたのです。『旅に出るから世話はもういい』と」
「なんと!」
「実は、解雇自体は今までにも何度も言われてきたのです。いつからか、旅に出る前にはいつも解雇されるようになっていました。しばらくして旅から戻られたら『また雇ってやる』とお声がかかるのです」
「えぇ? はた迷惑な主だね」
「いえいえ。再び雇っていただくときに、離職中のお給金をいただけるので、私たちは喜んでいました」
「それはまた」
「ですから、今回もいつものように、帰宅されたらまたお声をかけていただけるのだろうと、私たちはときどき門まで様子を見に来ていました。今回の旅行は長いなって話しながら。まさかお屋敷の廊下で、お倒れに、などっ、思い至らずっ」
声を詰まらせる使用人に、副隊長がそっとハンカチを手渡した。
偏屈なお爺だったけれど、意外と使用人とはうまくやっていたことに驚くのと同時に、腑に落ちた。
あぁ。そうか。
お爺はもう登城できないくらいに弱っていたんだね。きっと【唯一無二】をその目で見たかっただろうに敵わなかったから、私の話を聞いてくれたんだ。
実際のところ、旅行にも行っていたのかもしれないけれど、何回かは行ったふりをして寝込んでいたんじゃないかな。防衛魔道装置の動きを確認しながら、うまく穴を空けるよう調整も必要だっただろうし。
自室ではなく廊下に倒れていたのは、屋敷のどこかに行く途中だったのかもしれないね。お爺が最後に見たかったのは、きっと宝物庫だろうから。
人生をかけて集めてきた宝物に囲まれて死にたかったんじゃないかな。……たった一人で。
お爺も、私ほどではないけれど魔力過多な王族だったから、お爺の最期が、私の未来のように思えてしまう。
魔力過多な私はすでに婚姻は絶望的だ。
この歳になっても婚約者がいないのだから、白い結婚すらさせてもらえないのだろう。魔力過多を引き継いだ子どもができても困るし、なにより魔力暴走して婚約者や妻まで巻き込んでは大変だからね。
私は王太子とはいえ、せいぜい弟が大きくなるまでの、中継ぎの存在でしかない。
弟に子ができれば、私は城にもいられない。
そのときもまだ魔力が増え続けているのなら、罪人のように枷をつけられるか、この屋敷のように厳重な防衛に守られた場所で、いつ爆発するかわからない危険人物として一人で住み、一人で朽ちていくんだろうね。
お爺は、私の将来の居場所としてちょうどいいだろうという気持ちで、穴を空けてまでこの屋敷を譲ってくれたんじゃないかな。
ありがたいことなんだけど。
ただただ国に尽くして、役に立たなくなれば閉じ込められる。なんて未来なんだろうね。
まぁ魔力過多な王族として生まれたからには仕方ないか。
事実を受け入れるしかないってわかっているし、今までだって幾度も、なにもかも諦めてきたのだから、今更だよね。
「その手紙を拝見しても?」
「……どうぞ。あぁ、これは無理だって私もわかってるからね」
「ふむ。そうですな。まず近しい親族に屋敷を相続する権利がある。しかし価値からして遺産放棄になるでしょうな」
「だよねぇ」
「すみません。どういうことですか?」
「この手紙には、屋敷を開けた人物に屋敷を譲りたいように書いてあるが、正式には親族の持ち物となるのだ。しかし、この屋敷の複雑な魔道装置は維持するだけでも相当量の魔力がいる。継いだところで最終的に維持できず、遺産放棄になるんじゃないかということだ」
「え」
「あぁ立派な調度品ばかりだから、まず中身をオークションにかけて現金収入を得るかもね。でもその収入分を魔力に変換したところで、短い間しか屋敷を維持できないから、やっぱり屋敷の相続はおいおい放棄されるんじゃないかな。放棄されれば国のものになるから、屋敷をどうするかだけど」
「防衛魔道装置は流出できぬ!」
「だよねぇ。てことは、屋敷と装置は国扱いかな」
装置を扱えるのは私くらいだろうから、屋敷と装置は私担当に……結果的に、私のものになるのか。なかなか豪華な檻だね。
「では、私はもう、このお屋敷で働けないのでしょうか?」
「ここで働きたいのか?」
「長年こちらに勤めてきましたので、できれば最期までこちらにと」
「それならそう報告しておくよ。屋敷に慣れた人がいたほうがこちらも助かるしね。他の使用人たちにも残りたいなら声をかけてほしいと伝えてくれるかな」
「ありがとうございます!」
ふふ。少なくとも、この使用人は宝物庫の存在を知っているね。さて、どう出ようか……。
「まったく嘆かわしいッ!」
バァンとノックもなしに部屋に入ってきたのは魔道部隊隊長だった。
「副隊長! なにを勝手しているのかねッ!」
「はっ! 生死に関わる事態でしたので、私の判断で動きましたっ!」
「それはそれは。だが残念ながら間に合わなかったように見えるが」
「はい……」
「なら解散していいだろう。さぁ貴方様もですよ。もうこちらの屋敷を開く貴方様の仕事は終わりました。他に貴方様にお願いしたいようなことはございません。お引き取りを」
「えっ?」
副隊長や私にとってはいつも通りの隊長だったけれど、初見の使用人には意外な態度だったみたいで、思わず声を上げたまま、ありえないものを見たような表情で隊長を見ている。
「なんだこの使用人は」
「はっ! 主の部屋までの案内を頼みました!」
「ならもう用無しだ。さっさと去るがいい」
「だ、旦那様はどうなりますか?」
「この遺体なら検分してから遺族に返す。生きていないのだから、もう世話もいらんだろう。何度も言わせるなッ。さっさと去れッ」
ぐっと奥歯を噛み締めた使用人に、副隊長は気の毒そうな視線を向けた。
「ちょうど良かったよ。私を出口まで案内してほしいな」
「……承りました」
確かにいま私が出来ることはもうないし、これ以上この場に残ったところでグチグチ言われるだけだからね。隊長の言葉通りにさっさと去るに限るよ。
屋敷を出て、気落ちした様子の使用人と別れ際、使用人にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「大丈夫だよ。宝物庫は簡単には開けられない。隊長には見つけることすらできないからね」