おまけ話 親友 魚沼航の相談事《前編》
7月半ばのお昼時――。
大学も休みに入り、婚約者の涼子さんと彼女のマンションで幸せな半同棲生活を送っていた俺は、キッチンに立ち、満足のいく思いで頷いていた。
「うん。我ながら、なかなか上手くできたんじゃないか?」
目の前のカウンターテーブルにはホカホカの湯気が立つゴーヤチャンプルーの皿が置かれている。
洗濯や掃除は分担しているものの、食事作りは大抵涼子さんにお任せしてしまっていたが、今日の昼は自分が作ると主張し、彼女にゆっくりしてもらう事にしたのだ。
「涼子さん。食事が出来ましたよ〜」
彼女の部屋に向かい、ドアをノックしたところ……。
「んっ……。痛ぁっ……」
「?! 涼子さんっ?」
バンッ!
ドア越しに押し殺した悲鳴のような声が響き、慌てて部屋の中に飛び込むと……。
「あんっ……♡ 痛気持ちいいっ……!んんっ…?? 広樹きゅん?」
「りょ……涼子さんっ??//」
涼子さんは、チューブトップに体の曲線がはっきり分かるピッタリしたパンツというセクシーな格好で、上半身を折り曲げ、頭部と右腕と膝を床に着けるというポーズを取りながら俺を不思議そうに見上げた。
どうやら、ストレッチをしている時に心地良い痛みがあっただけだったらしい。
たぷん……。
重力に従い、彼女の大きな双丘が下方向へたわみ、チューブトップからこぼれそうになっているのが目の毒で、俺はそそくさと目を逸らした。
「すす、すみません。いきなり入ってしまって! あの、ご飯が出来たんで、呼びに来ただけなんで」
「ああ、ご飯出来たのね? もう終わるところだったからいいのよ? よっしょ!」
出て行こうとしたところを止められ、涼子さんは、身を起こし、すっきりした笑顔を見せてくれた。
「広樹くんがご飯を作ってくれている間、ゆっくりヨガを楽しめたわ〜。ありがとうね?」
「ああ、涼子さん、ヨガをしていたんすね?」
「ええ。美容の為に始めたの。結構セクシーなポーズが多いのよね? もしかして、広樹くん、ドキッとしちゃった?」
「えっ、いや、そのっ……す、すいません。運動していたところなのに、つい邪な目で見ちゃって!」
見透かすような涼子さんの視線にドギマギして正直に謝ると、彼女はにぱっと嬉しそうな笑顔になった。
「いいのよ〜? 広樹くんに女として魅力的だと思ってもらえてよかったわ!
このヨガを教えてくれた先生も、美しくある為にパートナーとの性生活を充実させる事を推奨しているのよ。
広樹くんを一撃必殺できそうなポーズも覚えたの!」
「い、一撃必殺……! 一体どんなポーズなんすか? 俺、既に涼子さんにガッツリ捕獲され済みなんすけど……!」
涼子さんから飛び出したパワーワードに慄きながら尋ねると、彼女は獲物を狙う肉食獣の如く怪しく目を光らせた。
「ふふっ、取っておきの時に披露するから、楽しみにしておいてね? 今以上にメロメロにさせてみせるわ、広樹きゅん?」
「ニャフン……//」
ますます強く魅力的になっていく彼女に、俺はマタタビを嗅いだ猫のように陥落させられっ放しなのであった……。
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「ムグムグ……。ん〜!! 広樹くん、ゴーヤチャンプルー美味しいわ♡」
「そう言ってもらえてよかったっす。まだまだ涼子さんには遠く及ばないですけど……」
その後、リビングへ移動して、作ったご飯を涼子さんに喜んで堪能してもらえ、俺がホッとしていると……。
チャララ〜♪ チャラリララッラ〜♪チャラリララッラ〜♪
「「!」」
突然、机の上の俺の携帯から波◯りジョニーの着信音が流れ、画面には着信先が
魚沼航と表示されていた。
「涼子さん、航からです。ちょっとすみません。」
「ええ。どうぞ、どうぞ?」
涼子さんに、許可をとって電話に出ると、航の元気な声が響いた。
「よぉ、広樹! ご飯時にわりーな? 夏合宿の事なんだけど、食事メニューの事でちょっといいか?」
「ああ、いい全部任せちまって悪いな」
俺、涼子さん、航の所属している映画研究会は毎年恒例で夏合宿を行っているのだが、俺、航は今年の旅行企画の担当になっていた。
航の両親が友達の両親と共同経営で、Y県のA山の麓で民宿を営んでいるとの事で、宿をそちらでお願いする事になっていたのだった。
「友達の祖母ちゃんが畑をやってて、宿に有機野菜を持って来てくれるってんで、食事メニューが少し変更になったんだ。ロインに詳細のPDF送ったから、再度アレルギーとかの確認お願いしていいか?」
「おう。了解!」
俺は航に頼まれ、ロインに届いたPDFを確認しながら、了承した。
「他には何かないか?俺に出来る事なら何でも言ってくれよ?」
「ああ。えーと、合宿に関しては今んとこ大丈夫なんだけどよ……」
「?」
いつもハッキリ物を言う航が、躊躇っている様子を珍しいと思いながら、しばらく次の言葉を待っていると……。
「あのさ! ちょっとだけ、相談……いいかな? 出来たら、槇村先輩も一緒に!」
「涼子さんも一緒に?」
「??」
意を決してといった感じで航に頼まれ、思わず涼子さんの方を見遣ると、彼女はパチパチと大きな瞳を瞬かせ、こちらを見返して来た。




