07 王都の夜
夜の王都。喧騒に包まれた居酒屋の一角で、祝杯の音が高らかに響いた。
「かんぱーいっ!!」
シャルテの明るい掛け声に、ジョッキが三つぶつかる。いや、正確には三つと──小さな銀の器ひとつ。クロスケ用の特製ミルク入りだ。
テーブルには豪華な料理がずらりと並ぶ。香ばしく焼かれた肉料理に、遠方の海の幸のマリネ。冒険者ギルド秘蔵の高級酒まである。
「これはもう、英雄凱旋の宴って言ってもいいんじゃない?」
シャルテが上機嫌でジョッキを傾ける。
一方でロハスはといえば、相変わらず表情ひとつ変えず、無言で酒を煽り、黙々と食べ続けている。そして、その勢いは誰よりも旺盛だった。
「おい、お前何杯目だよ……」
呆れながら、俺も目の前の料理に手を伸ばす。焦げ目と赤身が絶妙なバランスで焼き上がった肉、頬張ると肉汁が口いっぱいに広がり……くー、たまらん!
新しい首輪(シャルテお手製)をつけたクロスケは、俺とシャルテの肩を行ったり来たりして、上機嫌に尻尾を揺らしていた。(ただし、一度としてロハスの肩には乗ることはなかった)
──なお、クロスケの正体がモンスター・マンティコアだった件については、三人の間で“なかったこと”になっている。
結局、ホルヘス一味は冒険者ギルドを通じて王国警備兵に引き渡され、その後、正式に裁かれることになった。
財宝については、ギルドの査定を経て、三人の正当な所有権が認められた。
この結果を誰よりも喜んでくれたのは、ギルド職員のオルファだった。猫耳をプルプルさせながら、満面の笑みで「やったっすね~!」と言っていた。
──ただし!
「今後冒険者のゴールドランク認定は、もっと厳正に!」
しっかり抗議の意志を伝えておいた。
近年冒険者ギルドが乱立し、ギルド間で冒険者の取り合いのような状況が続いており、オルファが務めるギルドもゴールドランカー不足が起こっていたらしい。
「ノルマがあったっす~」
グダグダいうオルファに"おまけなし"を約束させ、しっかり釘を刺しておいた。
「……ねえ、アレン」
酔いも手伝ってか、頬をほんのり赤らめたシャルテが言った。
「もうしばらく、この三人でパーティー……続けない?」
「……それも、悪くないな」
俺はジョッキを持ち上げると、静かに応じた。クロスケも賛成とばかりに「ニャー!」と声を上げる。
──そう、悪くない
俺は心の中で、もう一度つぶやいた。シャルテには反射的に答えた言葉だったが、改めてそう思った。それにここでなら、俺の剣を活かす道があるかもしれない……とも。
騎士団を辞めて、目的も居場所も失った俺に、こんな時間が訪れるとは……予想もしていなかった展開を、今は楽しんでいる自分がいた。
しかしパーティーを続けるとなると……ちらりと隣のロハスに目をやる。だがおじさんエルフは、なんの感情も表さず、ただ黙々と料理を平らげている。
──ぶれない奴だな
とは言え、このエルフのおかげで、無事帰ってこれたのは確か……
あの時、ダンジョンでロハスが差し出したサーベル。彼はどこまでわかっていたのだろうか……今も俺の腰に収まっているその剣は、帰還してすぐに手を入れ直し、見違えるほど輝きを取り戻していた。
──いずれにせよ、感謝……だな
だが、口に出すのは恥ずかしく、その言葉を心の中だけにとどめると、俺はジョッキを傾け中の酒を飲み干した。
──後に
本気を出さずとも相手を倒せるため、常に逆刃刀で戦うと称される剣士「殺さずのアレン」。普通の魔法士が10前後の攻撃魔法しか使えないのに、無尽蔵かのように攻撃魔法を使いこなす魔法士、「無尽のシャルテ」。豊富な経験、動じない心で常に冷静に判断しパーティを導く「叡智のロハス」。
各々が二つ名で呼ばれ、武勇伝を残すことになるのはまた別の話。