05 それぞれの秘密と告白
穴の中を、転がるように滑り落ちていく俺たち三人。
「っつぅ……」
「いたた……」
「うぅ……」
やっと底にたどり着き、三者三様の呻き声が響く。
思いのほか深かったが、運よく土のクッションが効いていたのか、怪我はなかった。
「なんとか……無事か」
上を見上げるが敵の気配はなかった。ほっと息をついた三人は、その場に座り込んだ。
辺りを見渡せば、古びた武具や鎧、壊れた槍などが転がっている。どうやら、以前にも落ちてきた冒険者がいたようだ。さらにこの穴は奥まで続いているようだった。
「それにしても……アレン、さっきの……」
シャルテが探るような視線を向けてくる。
何も言わずに、口をつぐむ。だが……
(隠しておくわけにもいかない……よな)
「実は俺……血が怖いんだ」
「えっ?」
「血液恐怖症ってやつ、多量の血を見ると心臓がバクバクして……手足に力が入らなくなるんだ。さっきの戦いでも……」
あの瞬間が脳裏によみがえる。ゴブリンを斬った時に浴びた返り血。その色、その匂い。思い出しただけで、再び動悸が早まる。
「そんな……でも、騎士団予備校を首席で卒業したんじゃ?」
「剣の鍛錬はしたさ、誰よりも。でも……戦場じゃ、役に立たない。だから騎士団を辞めたんだ。……すまない、黙ってて」
シャルテは何かを言おうとして、口を閉じた。複雑な表情でこっちを見ている。ロハスは……相変わらずぼんやりと退屈そうな顔で、首のあたりをぽりぽりと掻いていた。
やがて、シャルテが口を開いた。
「……そうだったんだ。じゃあ、私も言わなきゃね」
「えっ?」
俺は顔を上げてシャルテを見つめる。
「私、魔導書を見ながらでないと魔法を使えないの。記憶力が悪くて、呪文を覚えられないから……戦闘では全然役に立たない魔法士なんだ、実は」
「でも、ゴールドランクなんじゃ……」
「これのおかげ」
そう言って、彼女は首にさげたペンダントを取り出した。美しい緑の宝石があしらわれている。
「これはね、“50種類以上の魔法を扱える魔法士”に与えられる《ルミナの証》っていう首飾りなの。私の場合は、魔導書を見ながらだけど、一応使えるから……」
彼女はため息をついた。
「昨日ギルドへ登録しに行ったら、ギルド職員の人がこの首飾りを見て、“ゴールドランクにおまけっす”って」
「……」
俺の脳裏に、猫耳の職員、オルファの明るい声がこだまする。
「ゴールドランク、おまけしといたっす♪」
──あの人、何してくれてんだよ……
自分の中で力が抜けいくのがわかった。ため息をつくと俺は気持ちを切り替え、傍らのエルフに声をかけた。
「ロハス、これからどうすれば? ぶっちゃけ、ほぼ遭難状態なんだが……」
ロハスは「さー」と言わんばかりに肩をすくめる。
「おいおい……頼むよ。俺たち新米で、頼りになるのはあんただけだ? 経験者なんだろ?」
その言葉に、ロハスは怪訝な顔で首を傾げ、ゆっくりと首を横に振った。
「昨日、“6年”って……」
俺が問い返すと、ロハスは指で輪をつくってみせた。
──そんな!あれは「ゼロ」のサインだったって言うのか……
いやいや、あれは”6”だったと、俺が食い下がると「指についた肉の脂が、他の指につかないようにしてたから……」とかなんとかウザイことをグダグダと言い出した。
「は、ははは……」
もはや笑うしかなかった。とんだ我楽多パーティだな。俺は深く息を吐き、覚悟を決めると、カラ元気で声を出した。
「……行こう。行ける所まででも進もう」
そう言って立ち上がった俺に、ロハスが地面から拾った古びたサーベルを差し出してきた。
「ん?これを……使えってこと?」
こくりと頷いた彼の口元が、かすかに歪んだ。いや違った。笑ったのだ、初めてみたが、これが彼の笑顔なのだろう。
にしても、どういう意味かよくわからない。狭い洞窟の中なら、小振りな剣の方が動きやすいとか……? まあ、ゴブリンの血糊が付いた今の剣よりましか……そう思い直し、サーベルを腰に差した。
その様子を見て、ロハスは、「それでいい」と言わんばかりにぽんぽんと俺の肩を叩いて歩き始めた。
──よくわからん男だな
そう思いながら、彼の後に続いた。
道を進む中、小さな泉を見つけた俺たちはひと息入れることにした。
ロハスは例の小袋から種のようなものを取り出し、地面にまく。瞬く間に背丈ほどの木が生え、実がなる。柑橘系の芳香が漂う実を、彼は手際よく絞るとシャルテに差し出した。
その果汁を指さし、ぶつぶつと説明を始めるロハス。
──回復効果でもあるのか?
そんな二人を放っておいて、俺はシャルテの鞄からクロスケを取り出し介抱を試みる。体についた細かい枝葉を丁寧に取り除くと、泉の水を口元にたらし……
「アハハ!ちょっとくすぐったい……」
驚いて顔をあげると、ロハスとシャルテ、二人が重なって見えた。
──近っ! くっつきすぎじゃね?
よく見るとロハスがシャルテの手の甲に、指を這わせている。それをされているシャルテも怒る様子がなく、任せている。
「なっ!?」
何してるんだあいつら? おかしくなったのか? それとも、まさか……危機的な状況に遭遇した二人の心はいつしか……いやいやいや、ない、ないだろ。ロハスだぞ。
動揺した俺は、怒るべきか、見て見ぬふりすべきか、判断がつきかね、ただ固まっていた。
「ミャー……」
その時、クロスケが小さく鳴き、ゆっくりと目を開いた。
──ほっ……
いろんな意味で救われた思いで安堵する俺。
「よかった~……」
クロスケの姿を見て嬉しそうに近づいて来るシャルテ。
よろよろと立ち上がったクロスケだったが、シャルテの後ろにいたロハスの存在に気が付くと、急に毛を逆立て威嚇を始めた。
「シャー!」
先ほどの蔦の魔法がよほど辛かったのだろう。ただの子猫とは思えない、殺意を感じるほどの迫力だった。
「よーしよし♪ 怖かったね~」
シャルテがあわてて抱き上げると、クロスケをとりなしはじめた。
落ち着いたクロスケをシャルテの肩に載せ、三人で歩き出すと小さな抜け穴が現れた。その小さな穴に無理やり身体をねじ込んで抜けると、突如俺たちの目の前に、広い空間が広がっていた。