04 ダンジョンへの潜入とモンスターの襲撃
街道を外れ森に入っていく。獣道を進むと、しばらくして前方に大きな山が見えてきた。その中腹、岩肌の裂け目のような場所──そこが、今回の目的地であるダンジョン〈グラン=フォッサ〉の入口だった。
中へ一歩足を踏み入れると、たちまち視界の先に暗闇が広がっている。
「シャルテ、光頼む」
「まかせて!」
彼女は魔導書を取り出し、ページをめくって呪文を唱えた。
「ルミナ・アストラ・イルミナーレ!」
瞬間、彼女の手にした杖の先端に光が集まる。そのまま光の球体となり、彼女の頭上にふわりと浮かぶと、周囲の壁を照らした。ごつごつとした洞窟の岩肌が光に照らされ、浮かび上がる。
進み始めて30分ほど、緩やかな坂を下ると、分かれ道に差しかかった。右と左、どちらに進むべきか、ロハスに尋ねた。
「どっちだ?」
ロハスがモゴモゴと言ってるが聞き取れない。聞き取れなかったが、口の動きで何言ってるかはわかった。
「……わからん」
彼の口は、確かにそう言っていた。
「え、昨日は『知ってる』って?」
よくよく聞いてみると……ロハスの言った「知ってる」とは、ダンジョンの名前を知っているというだけのことだった。
「マジかよ……」
唖然とした表情でロハスを見つめ黙り込む。怒鳴りたくなるのをなんとか我慢し、確認を怠った自分を呪った。
「だから反対したんだけどな~」
すぐ横でシャルテが憎まれ口を叩く。
──いやアンタが反対したのは別の理由だろ……
言い返す気にもなれず、俺は黙って右手の広い通路を選んだ。
その後もいくつかの分かれ道に遭遇し、時に行き止まりを引き返しながら進む。道は入り組み、複雑な階層構造になっていた。少しずつ下へ進み、ようやく最深部らしき場所にたどり着いた。
その時だった。
「シャァァ……!」
クロスケが、シャルテの肩の上で唸り始めた。
俺が背中の剣を手にした瞬間、岩陰から二体のゴブリンが姿を現した。錆びた剣を手にし、その背後には大きな角を持つ一角狼を連れていた。
剣を構え、二人の前に立つ。ゴブリンの振り下ろす剣をはじきながら言った。
「シャルテ、魔法を!」
「え、ええっ!」
動揺した声で返事をするシャルテ。
ゴブリンを飛び越え、一角狼が俺にとびかかってきた。体をひねって躱すと、着地した獣の腹を蹴り上げる。小さな悲鳴を発して狼は岩陰に飛んでいった。
しかし、すぐに先ほどのゴブリンが迫る──その剣を受け、俺はシャルテをチラ見する。
「えーと、攻撃魔法、攻撃魔法は……」
彼女は震える手で魔導書をめくっている。その彼女へ、もう一体のゴブリンが近づく。
──くっ
俺は剣を交えているゴブリンの腹を、足で押し返し、態勢を崩したそいつを斬り払った。
「ギィイィ!」
ゴブリンが悲鳴を上げ、返り血が飛び散る。その瞬間、俺の視界が歪んだ。血の色。血の匂い。頭がクラクラと揺れ、膝から力が抜けた。
「アレン!」
シャルテの叫ぶ声が遠くに聞こえる。
彼女はまだ魔法を唱えられずに立ち尽くし、その彼女へゴブリンが迫る。クロスケは後方へ逃げ、ロハスは……彼はただ、その場でぼうっと突っ立っていた。
──ダメだ、動けない……!
そのとき、ロハスが胸元から小袋を取り出し、地面に黒い粒を撒くと、何事かをつぶやいた。
すると撒いた地面から木の芽が顔を出し、みるみる成長していく。伸びた茎は、たちまち太く絡み合い、ゴブリンを容赦なく締め上げていった。
「アレン、大丈夫!?」
シャルテが俺に駆け寄り声を掛ける。
「……あれは?」
「たぶん精霊魔法。エルフだけが扱える、自然の力を借りた特別な魔法よ」
シャルテの説明が終わる頃には、成長した蔦は完全に敵を拘束していた……がそれだけでなく。
「……って、なんでロハスまで縛られてるんだ!?」
その太い蔦の中に、ロハス自身もぐるぐる巻きにされていた。そして、彼のすぐ隣では、可哀そうにぐったりと気を失ったクロスケまでもが巻き込まれていた。
「ふぅ……」
俺は息を整え立ち上がると、剣を使ってロハスとクロスケを救出した。クロスケの胸に手を当てる。大丈夫、呼吸はあるようだ。
だが、安堵する暇もなかった。
「グルルル……!」
洞窟の奥から、一角狼の唸り声が再び響いた。それも、一匹や二匹ではない。
「仲間を呼んだか……、逃げるぞ!」
俺の声に反応し、クロスケを鞄に収めたシャルテと、ロハスも走り出す。
細くうねる通路を必死で駆ける。背後からは迫る足音と唸り声、数の多さが気配からも伝わってきた。
「こっちだ!」
角を曲がったそのとき、目の前の地面が大きく崩れていた。
「──!」
気づいた時にはもう遅く、俺たちは、穴の底へと落ちていった。