02 ギルド登録と特別な依頼
俺の目の前に立つ猫耳の女性。ギルドの制服に身を包んだ彼女は、かしこまった様子でオルファと名乗った。
「登録でしたら、どうぞこちらへ」
「えっと、あの……」
否定する間もなく、にっこりと微笑んだオルファはカウンターへ向かう。訂正するタイミングを失い、流されるまま後に続く。
「こちらにご記入を」
用紙と羽ペンを差し出され、ずるずると登録手続きへ。
──まっ、登録するだけならいいか……
思い直してペンを走らせる。名前、年齢、出身地、特技……一瞬ためらいながらも、“剣術”と書き入れる。
「ありがとうございます。アレンさんですね。特技は……剣術、と」
猫耳の職員は、用紙に目を通しながら首をかしげた。
「それで剣術は、どちらで?」
少し迷った末、俺は懐から経歴書を取り出して見せた。
「騎士団予備校を首席!? マジっすか!」
オルファが甲高い声で叫ぶ。
──“すか”って、それに、声デカすぎ!
先ほどまでの礼儀正しさは何処へ、耳をピクピクさせ完全にテンションが上がっている。だが、急に声を潜めると、小声で尋ねてきた。
「たった一年半で辞めたって……何か、やらかしたっすか?」
「違う! そういうんじゃない!」
「おお、安心したっす~♪」
くるりと背を向けた彼女は、記入した紙を手に奥へと消えていく。残された俺は心の中で呟いた。
(……やらかしたんじゃない。やれなかったんだ)
まもなく戻ってきたオルファは、金色の星をあしらったギルドカードを手渡し、ウインクしながら言った。
「ゴールドランク、おまけしといたっす♪」
──いや、おまけって……いいのかそれ?
ギルドカードを手にした俺は、せっかくだし、どんな依頼があるのか見ていくことにした。
そのとき──
「失礼、少しお時間をいただけませんか?」
声をかけてきたのは、眼鏡をかけた商人風の男だった。身なりは上等で、後ろにはフードを目深に被った男が控えている。ホルヘスと名乗った男は俺に尋ねた。
「騎士団予備校を首席、とお聞きしたのですが?」
「ええ、まあ……」
「素晴らしい! ぜひ、あなたのような方に、お願いしたい依頼があるのです」
「いや、あの……俺はまだ……」
言いかけた俺の言葉を遮るように、男は懐から皮袋を取り出し、俺の手のひらにガチャリと載せた。
「60ルディガ。即金でお支払いします」
騎士団の三ヶ月分の給料。魅力的すぎる金額に心が揺れる。気づけば俺はホルヘスに誘われ、席について話を聞いていた。
依頼と言うのは、二年前に確認されたダンジョン、〈グラン=フォッサ〉の迷宮の探索だった。
確かあそこは、造りが複雑な割に、目ぼしいものが見つからない、冒険者にとって魅力がないダンジョンと耳にしたが……
不審顔の俺に、ホルヘスが声を潜めて言った。
「あれは、クラウンです」
「クラウン?」
俺が驚いて聞き返す。
“クラウン”とは、過去に滅びた古代〈ラーゼ王朝〉の王族や貴族が、自らの資産や秘宝を隠すために活用した特別なダンジョンの総称だ。
その内部には巧妙な罠や仕掛けが張り巡らされ、通常のダンジョンとは比べものにならない危険と価値を併せ持つ。
王族しか知り得ない構造、貴族しか持ち得ない宝──それが眠っている可能性があるのがクラウン。
冒険者の間ではそれにまつわる情報だけでも、高値で取引されると言われている。
「まさか〈グラン=フォッサ〉が……?」
俺の言葉に、ホルヘスは小さくうなずいた。
数日前、知り合いの冒険者がダンジョンで〈ラーゼ王朝〉の金貨を見つけたらしい。ホルヘスが考えるに、ダンジョンにはまだ見つかっていない王朝の遺産が眠っている可能性が高いとのことだった。
その時の冒険者が見つけたという古代の金貨を手にしながら彼は言った。
「探索の依頼料とは別に……もし遺産を見つけられればボーナスも弾みます」
そう言って彼は話を締めくくった。
悪い話ではないと思う。だが、気になるのは……
「その知り合いの冒険者に頼んでは?」
俺の質問にホルヘスが沈痛な面持ちで答えた。
「彼は一昨日亡くなりました……」
聞けばその冒険者はダンジョンでモンスターに襲われ命からがら逃げてきたが、その時の負傷が元で死んだとのことだった。
──そんなヤバいとこ、今の俺には無理だろ……
「悪いけど……」
言い終える前に外から声が飛んできた。
「その話、乗ったわ!」
声の主は、隣のテーブルにいた魔法士らしいローブ姿の若い女性だった。傍らには、魔杖らしきものが斜めに立てかけられている。ひょいっと立ち上がると、遠慮する様子もなく俺の隣に腰を下ろした。
「どちら様で?」
困惑気味のホルヘスに対し、彼女は悪びれもせず笑顔で答えた。
「おじゃましま〜す♪ 私、こういう者でーす!」
差し出されたギルドカードには、シャルテと名前が書かれており、金色の星が輝いていた。俺と同じゴールドランク。まあ俺はなんちゃってゴールドランクだが。
「魅力的な依頼が耳に入ってきちゃってー、ねぇ、せっかくだし、依頼料は折半ってことで手を組まない?」
「私は構いませんが……どうされますか?」
ホルヘスは俺を見る。考え込む俺に、シャルテが笑いながら言った。
「首席くんと私が組めば、怖いもんなしでしょ?」
「首席くんって、俺の名はアレンだ」
──首席のことまで聞いてたのか、どんだけ地獄耳なんだよ
とは言え、モンスター対策という意味では、ゴールドランクの魔法士がいるのは心強い。彼女の魔法があれば、俺の剣でも……結局、押しの強さに流されて、俺は彼女とパーティーを組むことになってしまった。