01 騎士団との決別
アステリア王国騎士団の駐屯舎──堅牢な石造りの建物の一室、質素なソファとテーブルが置かれた談話室で、俺は二人の上官と向かい合っていた。
壁際の窓には剣を振るう騎士たちの姿が映り、掛け声や剣戟の音が、ガラス越しに聞こえてきた。
ついこの間まで、俺もあの中にいたはずなのに……今ではどこか遠い昔のように感じられた。
「それでアレン、君の考えに変わりはないのだな?」
鋭い視線とよく通る声でそう言ったのは、騎士団長のクレイブ。端正な顔立ちながら一度剣を抜けば"剣鬼"と恐れられる王国の誇る最強騎士。
「ええ、まあ」
淡々と返事する俺を見て、クレイブは微かに顔をしかめてつぶやいた。
「残念だな……」
彼のそんな表情を見ると何か申し訳ない気持ちになる、が……
「あははは」
不釣り合いな乾いた笑いを返す。
お世話になったこの人に「悔しさや未練がある」とは、微塵も思われたくなかった──例えそれがくだらない意地だとしても。
「教官として残るという選択肢もあるのだぞ」
栗色の髪をゆらし副団長のアリーシャが言った。烈火のような剣さばきと花のような美しさから、“紅蓮華”の二つ名で知られる彼女が、心配そうな眼差しで俺を見ている。
「ありがとうございます。でも、もう決めたことなので」
「存外に強情なのだな、君は」
二人が顔を見合わせ、ため息をついた。
そんな二人の顔を見て俺の胸に去来するもの──この二人に憧れ、この人たちのように二つ名を持つ騎士を目指していたはずなのに……それが……それでも俺は二人に笑顔を向けると、最後に深々と頭を下げて言った。
「お世話になりました!」
建物を出て門を通り抜けた俺は、ふと後ろを振り返る。重厚な正門の門柱には、燦然と輝く「アステリア王国騎士団」の名が刻まれている。
「もう、この門をくぐることもないんだな……」
そう独りつぶやくと、手にした一枚の用紙に目を落とす。別れ際に団長のクレイブが渡してくれた書類、そこには俺の経歴が記されていた。騎士団予備校を首席で卒業し、入団して一年半。──そして本日付で退団。俺の騎士人生の集大成が、今は一枚の紙切れになっていた。
「ふぅ……」
ため息をつきその紙を胸に収めると、あてもなく歩き始める。石畳の道に響く乾いた足音。騎士団を辞めたせいだろうか、今までなんとも思わなかった背中の両手剣が急に重く感じられた。
しばらく進むと、メイン通りへ出た。王都の大通りは、昼下がりの陽射しに照らされ、人々の喧騒と活気で満ちていた。
武具屋、薬屋、服屋に書店。あらゆる商店が軒を連ね、荷車を引く商人、買い物袋を抱えた婦人、酔っているのか鼻歌まじりの吟遊詩人まで、大勢が通りを行き交っている。
──賑やかなものだな……
人生の大半を騎士団一筋で生きてきた俺にとって、その光景は新鮮で眩しく映った。
やがてある一角で、人だかりのする建物が目に留まった。窓の向こう、テーブルを囲んで食事を楽しむ者たちの姿。
「……食堂か?」
そうつぶやいた途端、腹の虫が鳴った。誘われるように俺はふらりと中へ入った。
だが、その場所は単なる食堂ではなかった。──冒険者ギルドだったのだ。店内では、武器を携え、鍛え上げた体躯の者たちが、飲み、食い、そして言葉を交わしていた。建物は一階が食堂、そして吹き抜けの二階が、ギルドの事務所であるらしい。
「これが、冒険者ギルド……」
興味を惹かれるまま、階段を上がる。いくつかの円卓では冒険者たちが打ち合わせに興じ、壁の掲示板には無数の依頼書がピン留めされている。カウンターの奥では制服姿の職員たちが忙しなく立ち働いていた。
その中で、お上りさんのようにキョロキョロしていた俺に、一人の職員が声をかけてきた。
「ギルド登録ですか?」
振り向くと、そこには猫耳を揺らす女性職員の姿があった。