第34話 デート当日の事故
時刻は10時丁度
場所は王都リーナスの南西側に位置するタルタッド噴水公園
その公園の中にある3メートルもの大きな噴水の目の前で1人の青年が周りをゆっくりと見渡しながら突っ立っていた
すると大きな鐘が街中に響き渡った、その鐘は王都に12個設置されており、そのどれもが高い塔の上で1時間おきに鳴らされていた
「もう10時か…」
ソウタはこの場所に30分前に到着しており、ヨルギスが現れるのをただひたすらに待ち続けていた
彼の他にもここを待ち合わせ場所にしている人はいるようで、他にも数人の男女が噴水のまわりに寄りかかったりしながら相手が来るのを待っていた
約束の時間になったからか、ソウタは段々とソワソワしてきていた、そして心の片隅では来なかったらどうしようという不安も芽生え始めたのだった
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ゴーンゴーン
10時の鐘が鳴っていた時、青髪の少女は1人、ものすごい焦りようで街中を駆けていた
「やばいやばいやばいやばいー!」
「遅刻だ〜!」
【いや、別に私から誘ったわけじゃないし…】
【それになんなら人の部屋に勝手に入ってきた訳だし…】
ヨルギスは頭の中で言い訳を羅列させながらもその足は止まることを知らず、人混みの中でさえ隙間を縫うように通り抜けていった
【でもカッコよかったからなぁ〜、特に顔が!】
いわゆる好みのタイプというものだった、ヨルギスにとってあのソウタの顔はどストレートだったのだ
そうしている間に目の前に待ち合わせのタルタッド噴水公園の入り口が見えてきた
【よし!まだ鐘が鳴ってから3分も経ってない!】
そして敷地内へと入り、噴水が見えてきた
「よし!ギリギリセー、って、!?」
勢いをつけすぎてブレーキを踏ん張ることが出来ずにヨルギスは大きく前のめりになりつまずいてしまった
「あ゛ばばばばぁ゛ぁーー!!!!」
ヨルギスは顔面から地面に見事なベッドスライディングをかましてしまった
「なんだなんだ!?」
周りの群衆は突然の光景に唖然として、なかなか起き上がらないヨルギスを心配はしているようだが、話しかける者は誰もいなかった
【いったぁ、待って、!恥ずかしすぎるんだけど!?】
ヨルギスが起き上がらない理由は気絶したわけでも痛みを堪えているからでもなく、ただ恥ずかしい、この感情だけだった
大勢の人の前で派手に転ぶのは無様というものこの上なかった
そんなことで少し騒ぎになったのをソウタが聞き逃すはずもなく・・・
【はぁ…やっぱり来ないか…】
ソウタは時間が経つにつれて時計を見る数も増えていった
【よし!あと10…いや、1時間は待とう!】
そう考えていた矢先、どうやら入り口の方が少し騒がしいのが聞こえた
「なんだ?」
ソウタは気になって人だかりができている所へ向かった
人と人との隙間から覗き見ると、青い髪の少女が地面にうつ伏せで倒れているのが見えた
【あれって、!】
ソウタはその姿を確認すると人混みを押し除けてヨルギスの元へと向かっていった
「大丈夫か!?クラインさん!?」
「うん…大丈夫大丈夫。」
「だけど今はそっとしておいてほしい…」
ヨルギスはそう小声で答えた、それでも恥ずかしさのあまり起き上がることはなかったのでその気まずい空気を察したソウタはヨルギスを軽くひょいと持ち上げた
「ひゃっ、!」
突然のことにヨルギスは今まで出したことのないような甲高い声をあげた
「とりあえず移動しようか?ここはちょっと騒がしいから。」
「え?あ、はい。」
ソウタの顔がより一層近くなってヨルギスは赤くなった顔を両手で覆いながら言われるがままにその場からお姫様抱っこで2人は離れていった
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2人は行き交う人々に二度見されながらも開けた場所までやってきた。
ヨルギスがキョロキョロと辺りを見回すとそこは王都でも有名な街中を見下ろせる広場だった
「ここら辺でいいかな…よっと!」
ソウタはヨルギスを支えながらそっと静かに降ろした
「立てそう?」
「う、うん大丈夫…」
「とりあえずそこのベンチに座ろうか」
ソウタは目の前の木製の2人掛けのベンチを指差してヨルギスの手を引きベンチに腰掛けた
「っ、!」
彼女は座って緊張感が少し緩んだのか突然頭に痛みを感じた
するとヨルギスの額から赤い血が垂れてきた
「怪我してるじゃん!?」
「ちょっと待ってて!ここなら近くに詰所があるから急いで包帯と綺麗な水とタオル持ってくるから!それまでこれで押さえといて!」
その様子を見たソウタは焦った様子でポケットの中から一枚の白いハンカチを手渡してどこかに走り去っていってしまった
ヨルギスは大人しくベンチに腰掛けながら受け取った白いハンカチで垂れてきた血を拭い取り傷口に押し当てた
【別に取りに行かなくても…】
彼女がそう思った理由はすぐ後ろの茂みの中に隠されていた
「お嬢様。こちらを」
渋い声で茂みの中から出てきたのはいつもの執事だった
彼は懐から水の入ったボトルと小さなタオル、そして包帯を出してきた
「はぁ…。相変わらず用意はいいけど今日は遠慮させてもらうよ。」
ヨルギスはいつものことながらこの用意周到で抜け目のない執事にいい意味でため息を吐きながらその手でストップをかけた
「なぜ?」
執事はその表情を変えることなく質問してきた
その質問にヨルギスはソウタから受け取ったハンカチをそのまま握りしめながら深い深呼吸をした
「そんなの決まってる。あの人は今私のために動いてくれてる。その行為を私は無下にしたくない。」
「たとえこの一分一秒で私の命がかかってると言われても私は彼を待つと思う」
そのまま続けるにつれて執事からみた彼女の顔がだんだんと赤くなっていってるのが目に見えてわかった
「あれ?おかしいな、最初は顔が良かったからだったのに…」
「いつの間にか彼の内側も好きになったみたい。」
ヨルギスは少し微笑みながら執事に笑ってみせた
すると執事と優しく微笑みながら言った
「私は嬉しいです」
「なぜならお嬢様の笑顔を久しぶりに見れたのですから」
「お嬢様はここのところなにか思い詰めた表情をすることが多かったので。彼と出会ってからのお嬢様は表情が豊かです。」
「おっと、そろそろ彼が戻られる頃ですな…それでは…」
そして執事は再び茂みの中へと入っていった
その後ろ姿を見てヨルギスはつい言葉を溢した
「いつもありがとう。」
その言葉を聞いた執事は一瞬足が止まったがすぐにまた動き始めた
後ろ姿だったので顔は見れなかったが、きっとまた優しく微笑んでる。ヨルギスにはそう思えて仕方がなかった
執事が見えなくなるのと同時に小さなカバンを抱えたソウタが風のような速さで目の前に飛び込んできた
「お待たせ、!はぁはぁ、!」
息を切らしながら彼は抱えていたカバンを取り出して中からボトルに入った水を取り出してベンチに座った
「ここに横向きになっておでこ出して」
「???」
座ってから言った一言にヨルギスは頭が思考停止した
「いいからいいから」
促されるままにヨルギスはソウタとは逆の方向を向きながら頭を彼の膝に乗せて前髪を上げた
「怖かったら目つぶって」
「いや、別に怖くは…」
「冷たっ!」
全てを言い終わる前に彼はボトルから水をたらして額の傷口を綺麗に洗っていった
【なんなんだろう。普通こういうのって逆じゃないの!?】
【別に私が上でも悪い気はしないけど…】
【うぅ、まわりの視線が痛い…】
そう思っている間にソウタは手際良く彼女の治療を終えてヨルギスの頭には包帯が巻かれていた
起き上がって確認するとサラッとした包帯が額全体を覆うように巻かれていた
「あのさ、これはちょっと大袈裟じゃない?」
「いやいや!これくらいはしないと!どこからばい菌が入るかわからないからね!」
「バイキン?なにそれ?」
ヨルギスは聞いたことのない単語に困惑しながらも、ソウタは1人でに納得した様子で誤魔化した
「ううん、なんでもない。」




