第33話 騎士と囚われの姫
「ん、んーーっ!」
ヨルギスが目を覚まし体を起こして背伸びをするとそこは彼女屋敷のベッドの上だった
「私の、部屋…」
「あれ?私、確か外で…」
ベッドの傍にあるベッドサイドテーブルの上には1つの伝言が書かれていた紙が置いてあった
'起きたら私の部屋に来なさい。話があります。'
その字体は母のものだと一目見てわかった、派手というわけではない、どこまでも丁寧で隙のなく、非の打ち所がない字、幼い頃から見ていて好きだった字体…
ヨルギスは起きて壁掛け時計を見た
「もう18時なのかー。私3時間寝てたんだ…」
カーテンが閉まっていない窓を見ると空はもう赤くなってきていて、外を見れば赤い夕陽が空を照らしていた
「19時から夕食だからはやいうちにお母さんのところにいかないと…」
ヨルギスは軽く身だしなみを整えて部屋の扉を開けて赤いカーペットが敷かれた廊下を歩いていく
そうして静寂の廊下を無心で歩いていると1つの赤い扉の前でヨルギスは立ち止まった
コンコンコン
「入りなさい…」
その声にヨルギスはハッとなりながらもゆっくりと少し重たい扉を開ける
扉を開けるとその中は応接室のようになっていて、部屋の奥からはオレンジ色の西日が重苦しい部屋に強く差していた
「とりあえず座りなさい」
ヨルギスと同じ青色の髪をした30代後半ほどの女性はヨルギスに自分の目に前の席に座るよう促した
促されるままにヨルギスが席に座ると目の前の膝と同じくらいの高さの低いテーブルにはいい香りがする紅茶が置かれていた
目の前の母親はその紅茶を優雅に一口飲み再びテーブルの上に戻すと、目の色を変えて話し始めた
「話は執事から聞いたわ」
【ギクリ…!】
ヨルギスは内心焦りながらも、やっぱりかとも思っていた
「あなた突然街中で走り回って倒れたらしいじゃない」
【え?それだけ?】
ヨルギスはあの騎士との出来事を言われるのではないかと思っていたのだが、その言葉を聞いてどこか安心した
【執事さん、ありがとう!】
ヨルギスは心の中で執事さんに深くお礼を言った
「ヨルギス聞いてるの?」
「あ、え?はい!」
執事さんに感謝をしてたので周りからは話を聞いていないように見えていたらしく、母親は少し怒りながら言ってきた
「はぁ…それで、どうしてあなたはそんなクライン家の名前を堕とすようなことをするの…」
クラインは数世代前まではこの国有数の貴族だった、しかしそんな時代も数百年前の話、今は貴族とも名乗れないような家名だった
しかしこの母親はそんな時代があることを知った途端、目の色を変えて家の名前を挙げるようになった
そんな母親のおかげでこの家はもう少しで貴族になれるという所にまで来れたのだった
「それにあなた縁談の返事はまだなの?」
「候補者のリストは渡したはずよね?」
「うぅ、それは、まだ決めてないって言うか…なんと言うか…」
母親が選んだ縁談の相手、その誰もがこの国の中堅貴族で、政略結婚というわけだった
【しかもよりによって…全員私よりもずっと年上でおっさんばっかり…!】
「決めたわ。」
母親のその一言にヨルギスは嫌な予感がしてこれまでの態度をやめ、唾を飲んだ
「明日までに決めなさい…さもないと私が決めるわ」
その一言にヨルギスは勢いよく席から立ち上がり抗議の声をあげた
「え!?ちょっと待ってよ!」
「問答無用!」
母親は2回手を叩くと部屋の扉が開かれて使用人が2人入ってきた
「連れて行きなさい!」
「ちょっと!ママー!?」
その命令を受けた2人の使用人はヨルギスを無理矢理引っ張って連れて行きその部屋の扉を通り抜けた
「この分からず屋ー!!」
そんなヨルギスの声は屋敷中に響き渡り、その声の大きさに母親もため息をついた
「私がこの家を大貴族へ返り咲かせてみせる…」
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「どうすれば…」
月光だけが唯一の灯りとなっているヨルギスの部屋の中、彼女は1人ベッドで仰向けに倒れながらこれからのことについて悩んでいた
「一体どうすれば…」
あんなおっさんたちと結婚なんかしたくない….
彼女の頭の中はこれでいっぱいいっぱいになっていた
そんな時・・・
コツン
窓に小石が当たった音が聞こえた
ヨルギスはその音に反応するように窓の外を見に行った
その2階の窓から外を覗くと月明かりに照らされた1人の青年が屈託のない笑顔を浮かべながら手を振っていた
それは私が昼間に告白した騎士だった、しかしその姿は質素な私服で、腰には剣をかけていた
夢かと思ったのでほっぺたを強く捻ったが、痛みを感じた
【こんな時間に…】
私は窓を開けた、するとソウタは窓から離れてと言わんばかりのジェスチャーを送った
ヨルギスが窓から数歩離れると
ソウタは助走をつけて走り出した、そして強く地面を蹴り抜き、大きく跳んだ・・
そしてヨルギスの部屋の窓に手をかけてよじ登った
「どうして私の家が…」
ヨルギスは不安を持ちながらもどこか希望を見るような目を輝かせていた
「騎士の情報網を侮るなよ?」
「この家のことも大体知ってる」
「なにをしにきたの?」
ヨルギスは恋心を押さえつけながら問いかけた
するとソウタは聞いたことのない物語を話し始めた
「俺の故郷にはこんな話がよくあるんだ。」
「囚われのお姫様を王子様が助けるっていう超王道の展開が!」
「?」
その話を聞いてもヨルギスの頭の中は?としか出てこなかった
「まぁこういう話をしたところで共感されたことはあまりないよ…!」
「俺が言いたいのはな!ヨルギス・クライン!これは慈悲や哀れみの気持ちなんかじゃない!俺と付き合わないか?」
「えっ、?はぁー!!?」
あまりに突拍子もなく言われたものだからヨルギスは脳内がフリーズしてしまった
そして少しして頭が理解を始めようとした
「なにを急に!?」
「告白してきたのはそっちからだろ?」
「確かに、そうだけど!」
「あれは、そのなんて言うか…」
ヨルギスは言葉をつっかえながらモジモジして続けた
「一目惚れっていうか…」
段々と顔が赤くなっていった時、部屋の扉がノックされた
その音にソウタは物陰に隠れ、ヨルギスはビクッとしてしまった
「騒がしいですけど大丈夫ですか?」
屋敷内を巡回していた軽い武装をした使用人の1人が部屋の外まで響き渡っていたヨルギスの声を不思議に思って尋ねてきた
「大きな声出してすみません…なんでもないのでもう寝ます。巡回お疲れ様です。」
ヨルギスは扉を軽く開けてそう答えて扉を閉めた
「はぁー……」
安堵のため息を吐くと物陰からソウタも出てきた
「行ったみたいだな…」
「それで返事は?」
ソウタは急かすようにヨルギスに詰め寄ったが、ヨルギスはそんなソウタを非力ながらも止めた
「今すぐにできるわけないでしょ!」
「まだお互いのことも全然知らないのに…」
「それじゃあ1つ提案があるんだけど…」
「明日デートしない?」
【デート、デートってあの!?】
「いや、デデ、デートって…!」
ヨルギスが困惑している間にも話は止まることを知らずに進んでいた
「それじゃあ明日の10時にタルタッド噴水公園の噴水の前で!」
「俺の名前はソウタ!明日の10時!」
「そこを俺たちの物語の第一章にしよう!」
「え、ちょっと待ってよ!」
ソウタはそう言い残すとヨルギスの静止を無視して窓から飛び出してストンと綺麗に着地すると暗闇の中へと消えていった
「なんだったの…」
「明日、デート…」
「一体どうすれば…?」
ヨルギスはそう呟きながら開かれた窓を閉じて大きなベッドにまた仰向けになった
「とりあえず今日はもう寝よう」
ヨルギスは布団をかけて目を閉じたが全然寝付ける気がしなかった
「……。」
それから何分何十分かかっても心臓の鼓動がおさまることはなく、ひたすらにベッドの上で寝返りをうっていた
「いやいや…、ドキドキして眠れないって、子供じゃないんだから…」
ヨルギスはそう呟いたが、静かな部屋の虚空へと消えていくだけだった
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コンコンコン
「お嬢様、既に朝食のお時間でございます」
いつものようにドアが叩かれる音を聞いてヨルギスは目覚めた
「あれ、いつのまに寝て…」
ヨルギスはまだ完全に開かない目を擦りながらあくびをして体を伸ばした
「んんっーー!っと!」
ヨルギスが体を伸ばしながら時計を見ると時計の針は8時になっていた
「着替えなきゃ…」
「ん?8時?」
「・・・・・・」
「あと2時間!?」
一方的だったが、ヨルギスも彼に気があるのでもちろん行くつもりでいた。しかしそのことを周りの人間が知っているはずもなく、誰にも起こされないでこんな時間に起きてしまった。
「まずいまずいまずい!」
ヨルギスはベッドから慌ただしく降りようとしたせいかベッドのシーツで足を滑らせてしまい、足を取られて顔面から床へと落ちてしまった
ドテーーン!!
「痛っーーー!!」
ヨルギスはぶつけたおでこをおさえながら地面を転がり回った
「お嬢様!?大丈夫ですか!?すごい音がしましたが!?」
部屋の外から執事が落ちた音を聞いて扉を力強く叩きそう叫んだ
その声に驚いてヨルギスは体をビクリとさせながらも逆に落ち着けて答えるこおができた
「…大丈夫大丈夫、!」
ヨルギスはそう言うと立ち上がって急いで着替えを始めた
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