第28話 "彼女"の爪
「君は私に挑む、ということでいいのかな?」
彼女はこれまでとは違い、その目に一切の感情を感じ取れなくなった
「ようやくらしい顔になったな?ロス?」
その言葉にソロモンは容赦なく指を鳴らすために指を重ねる
「あなたがなにを見たのかは知らないけど、"超越"の座は渡さない。あなたはそのとき、私の邪魔者になるのでしょう?」
「あぁ、そうだ。"超越"は誰にも侵させねぇ」
両者の間に静かな静寂が訪れた、しかしその瞬間は一瞬で過ぎ去ったーー
2人がお互いに一歩を踏み出した
「どうして俺がこの空間で長い時間、時を止めないのかわかるか?」
その問いにソロモンは沈黙で応える
「わからないだろうな、やってみるか?」
そういう彼の言葉は少し震えていた、それは恐怖だった、彼は声を振るわせ、覚悟を決めるように息を切らし、大きく深呼吸をした
"時間停止"
「1.2.3.4...」
彼は1秒ずつ数えながらソロモンへ近づく
「6.7.8...」
プルソンらソロモンの目の前まで来て、苦しい表情を浮かべながら下唇を噛んだ
「俺たちがまだ王都に居れた時、俺は結構お前のこと気に入ってたんだぜ?ロスヴァイセ?」
「でも、今は、お前のことが・・・この世で1番・・・」
そう呟くと彼はソロモンに背を向けて立つ
「大嫌いだよ。」
時を止めて10秒が経過した、彼の時間を止める力、それは世界の理に背く力、動くことのない世界は、成長を続ける世界とは反するもの。
そしてこのリアの"絶対領域"、この空間も同じく世界の理に背く力、世界の一部を自らのものとするのだから・・
そのような'沿わないもの'は世界が正す、そのような機能が備わっているのだ
片方だけなら寛大な彼女はきっと許してくれるだろう、しかし器の大きな彼女も2つ以上となれば話は別のようだ
彼女の大きな器もこれ以上は許さないと警笛を鳴らしている・・
そして"彼女"こそが、繰り返される世界で唯一無二の"超越"、そう、その場に現れたそれは"超越者の一部"、世界を円滑に回すためのガード
その夜空のような腕は鋭い爪を持ち、彼らの身長の何倍あるだろう、10倍、いや足りない、20倍はあるだろう
その腕は静止している時の中でも動き、その原因を排除する。それこそが"彼女"の使命なのだから
そしてそれは2度目の彼女に背く権利を持つ者に狙いを定めた
「来い!"超越者の裁き"!」
その腕は瞬く間にプルソンの眼前に全てを切り裂く爪が振り下ろされている
「はぁっーー!!」
プルソンは雄叫びをあげながら後ろを振り向き、ソロモンを引っ張り、自分はその勢いを利用して前へ思い切り飛んだ
静止した空間にその音は聞こえなかったが、確かに、プルソンが立ち上がってソロモンの方を見ると袈裟に切り裂かれたソロモンが立っていた
「俺の、勝ちだ、」
「再び動き出せ」
そして時間は進み出した、時間が進んだ瞬間、夜空の腕は消え、ソロモンはというと・・・
「ぐっう、!、」
彼女は初めて苦しそうに赤く染まった自分の体を見た
その場にいた全員が絶望した、唯一の希望とも言える謎の魔女が目の前で血に染まったのだから
「まさか"彼女"を使ってくるとは・・」
しかし彼女は再び、笑みを得た
「それでも、私に勝ったつもりなのかい?」
彼女は指をまた鳴らした
パチン
響き渡ったその音、瞬きを一回した瞬間、彼女の体は何事もなかったかのように血すらついていない服へと戻り、苦しそうな顔も一瞬のうちに消えていった
「これで元通りだ」
「は?なんだよそれ・・」
「この、クソチートが、!」
その時、彼の体に異常が現れた
「君は"超越"をここに呼んだのでしょう?」
「あなたは自らの罪を私になすりつけたつもりでしょうけれど・・・」
「あ、あぁ、!!!」
プルソンの頭が割れるように激しい頭痛を催した、彼の視界はめちゃくちゃに歪み、精神から何かに侵されているようだった
そして激しい吐き気を催して彼は苦しみながら嘔吐する
【これは、もう、!】
彼は一歩一歩、ふらふらと酔ったようにその場から立ち去ろうとする
「おや?逃げるのかい?」
「私はここにいるというのに、女性に別れの挨拶もしないで立ち去ろうとだなんていい度胸じゃない!」
ソロモンはふらふらと歩く彼の真横にピッタリとついて横並びで歩いている
「、まれ、」
「ん?なんだって?よく聞こえないなぁ?」
一度は呟くように言った一言を次は彼女の肩を凄まじい力で掴んで怒鳴りつけるように強く言った
「黙れ、って言ってるんだ、!」
彼の真紅の眼光がソロモンを睨みつける
「気づかないのか?」
「なにをかな?」
「あの少年も"同じ"だということを・・」
そう彼が言うとソロモンは急いで振り返る
「まさか、!」
【コッチにも…!】
「う、おえっ…、うげろヴぇろごっ…。(ビチャビチャっ)」
「リア!?大丈夫!?」
「けほっ、!けほっ、!!」
フィオラは激しく嘔吐をして口から吐瀉物を吐き出しているリアの背中を焦りながらも優しくさすっていた
「ハァ、ハァ…」
リアは涙目になりながら地面に手をついて視界が揺らいでいた
そしてリアの"絶対領域"は解け、プルソンを縛る空間は消えた
「そういうことだ、またな"全能"の魔女さん…」
"時間停止"
そう言い残すと彼はその場から忽然と消え失せた
「ここにいると色々と面倒そうね、私もお暇させていただくわ」
そう言うと彼女はうずくまるリアと介抱するフィオラを一瞥し、ヘイスの方を見た
「それではさようなら。水の権者さん」
「ちょっと待て!お前にはまだ聞かなければならないことが・・」
パチン
その音が響き渡った時には彼女の姿はどこにもなかった
「遺跡、!」
「マヤさん!遺跡の方角は!?」
ヘイスはたまたま近くにいたマヤに急いで聞いた
「えっと、あっちです、」
「ありがとうございます!リン!ここは任せた!」
「え?、あ、はい!」
ヘイスはそうリンに言い残すと遺跡のあった方角へと走り出し、森を突っ切って茂みを掻き分け、遺跡のあった場所へと戻ってきた
「ない、だと、」
ヘイスの目の前に飛び込んだ光景はまるで始めからなにもなかったかのように広がるただの草木だった
「なぜ、?私は、私はまだ、くうっ、!」
ヘイスはその場に立ち尽くし、その心に殺されていった部下たちを思い、涙を流した
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例の戦場では怪我人の治療と死体の整理が行われていた
ただひたすらに魂の抜けていった冷たい肉の塊をひとつひとつ丁寧に運び、ひとりひとりの家族へと渡すための形見を選別して名簿をつけながら死者の確認を行なっていた
「エヴァン、テイル、ハスミ、お前たち、今まで本当にありがとうな。」
リアとフィオラ含む生き残ったコティーズのメンバーは綺麗に並べられた3人の死体を前に泣き崩れる者もいれば、むせび泣く者もいた
食いちぎられた左腕の治療を終えたロノアもまだ続く痛みに耐えながらもそこにいた
「コーティスさん、こちらをどうぞ」
リンは3人の兵士を引き連れて薪を持ってきてくれていた
「ありがとう、そろそろコイツらを送ってやらないとな、」
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魂が抜かれたように生気を感じられないソウタは両手を後ろに縛られて真っ暗な箱に閉じ込められていた
「・・・・・・・・」
その箱は動くこともなく、音を発することもなかった
「動かないな。」
「無理もないだろう、目の前であんなのを見せられたんだ、」
「やはりリュフィエ様は恐ろしい。」
「おい、聞こえたらどうする!」
その箱を監視している2人の装束の男がガタガタと揺れる馬車の中で話していた
「いやいや、聞こえるわけないだろ。後ろの馬車に乗ってるんだから・・」
「だよな、それにしてもリュフィエ様は別の馬車でなにをしてるんだ?彼に御執心だったようだが、」
「彼の妻に用があるんだろ?四肢をあんなにしてもまだ許せないんだろう」
「リュフィエ様に逆らえば簡単には死なせてもらえんだろうな。」
「怖いこと言うなよ、」
そんな会話がされている馬車の後ろに続くもう一台の馬車、その中ではシトリーネとクリスの2人だけが乗っていた
「あなたが私のソウタを奪うから悪いのよ?」
シトリーネは、四肢をなくしその場から動けたとしてもバタバタするだけで全く動けないクリスを見下していた
「どうして、どうして殺してくれないの!?」
クリスはただ彼女を見上げながら号泣していた
傷口は塞がっていて、痛みも感じはしないが、ない、というその違和感はクリスをどうしようもない恐怖に陥れていた
「決まってるじゃない?あなたの心はもうほとんど壊せた」
「次はあなたがソウタからもらったものを全て奪う」
そう言うとシトリーネはクリスを腹から蹴り飛ばした
「ぐえっ、!」
「ゴホッゴホッ、!」
クリスは体を丸めながらうずくまった
するとシトリーネはクリスを足で仰向けにしてその下腹部を何度も何度も蹴り込んだ
「ぐふっ!がっ、!」
クリスは激しい痛みに襲われたがどうしようもない、その苦しみから逃げられない、シトリーネの嘲笑が馬車の中に響き渡った




