これだけひどいといっそ清々しい
こいつはそんな大事なことを教えてなかったのか。俺達の不安を無駄に煽りやがって。そう考えると沸々と怒りが沸いてくるが、今は喜びの方が勝っている。アイツが突然現れても10分以内に逃げきれば、どうにかなる。最悪、俺が操られても遠く離れさえすれば………
そこまで考えて俺は気付いた、
しかし、どうやって?
ルグリムは俺達の言葉を聞いて小さく嗤った。
「何に希望を持ったか知りませんが、そんな甘いはずないじゃないですか。確かに彼から遠ざかれば佑樹様は正気を取り戻します。ですがどうやって彼から逃げるつもりですか?正気を失っている佑樹様を連れて。それに刻印に封印を施したと言いましたが所詮その場しのぎです。封印に気付けば彼は間違いなく接触した程度以上のことを仕掛けてくるでしょうね。そうすれば佑樹様は名実共に彼の使い魔です。万が一にも10分以内に逃げきればいいと思っているならちゃんちゃらおかしいです。彼らとの実力差ぐらいわかっているでしょ?今の貴女達では近づかれたら一生かけても逃げることはできません。それほどまでに実力の差は絶望的なのです。第一意識を保っていられるとはいっても佑樹様はその間昨日と同じ苦痛を味わうことになります。それでも動けるというなら別ですけど。わかりましたか?自分達がどれだけ絶望的な状況に立っているのか。今、貴方達がしなければならないことはたくさんあるのです。無駄な希望にすがる余裕があるのなら、自分の置かれた立場を理解することに努めて下さい。」
ルグリムはクスクスと嗤いながら冷淡に現実を突きつけてきた。
――――そんなことは少し考えればわかることだ。俺はほんの少しの間でも根拠のない希望にすがった自分を殴りたくなった。
「――もう一つ教えてあげましょうか?これは私の落ち度でもあるから言いにくいのですが。それは、私達が彼のことを全く知らないことです。居場所さえも知りません。対してこちらには刻印を押された佑樹様がいます。いくら封印をしたといってもその主たる彼は方角くらいならわかるでしょう。これがどれほど大きい差かわかりますよね?」
ああ。わかる。それがどれほど絶望的な差か、ということが。アイツは近づくだけでいいのだ。方角がわかれば十分だろう。なのに俺達はアイツのことを名前すら知らないのだ。
せめて居場所ぐらいわかればよかったのに…………ん?それっておかしくないか、
「ならなんで俺達を助けることができたんだ?場所を知らないなら助けにくるなんて不可能だろ。」
皐月からはルグリムが助けてくれたと聞いている。いくら魔法といえど、どこにいるかわからなければ無理じゃないのか?皐月を見てみると珍しく考え込んでいた。そして何かおもいついたのか、ルグリムより先に口を開いた。
「――もしかしてあの《瞬間移動》(テレポート)に秘密があるのではないか?」
《瞬間移動》(テレポート)っ!?そんなことまで魔法はできるのか。それ覚えればアイツからも逃げ続けられるんじゃ………?
「あっよくわかりましたね。そうです、あれがあったから私は佑樹様と皐月様を助けることができたんです。」
マジで便利じゃないか《瞬間移動》(テレポート)。それさえ覚えれば………
しかし俺の計画は次のルグリムの言葉で崩れさった。
「ただ、あれにはいろいろ制約があってあまり使えないんですよ。《瞬間移動》(テレポート)で移動ができるのはこの城の召喚の間と異世界から召喚された勇者のところだけなんです。助けることができたのだって、勇者が召喚されたことに気付いて迎えに行っただけなんです。そしたら佑樹様は倒れてるは皐月様は無手で魔術師に挑んでいるは………。幸い私は気配を絶つ魔法は得意でしたから不意打ち気味に何とかなりましたが、まともに戦えばまず私に勝ち目は無いでしょうね。」
はぁ、とため息をつきながらルグリムは言った。そんなに強いのかアイツは。それにアイツの隣にいた老害も強いとか言ってたなぁ。
なんというか、ここまで状況が最悪だと笑うしかないな……。
あれ?そういえば、いつの間にかルグリムから剣呑な雰囲気がなくなっている。
さっきのが演技ならいいんだが、俺の直感があれが素だと言っている。怖い。
美少女に嗤われるなんて一部の人なら喜ぶかもしれないが生憎俺はノーマルだ。普通に怖かった。ルグリムはSなんだろうか?レズビアンでSだなんてすごい組み合わせだな。
俺が馬鹿なことを考えていたらルグリムがもう質問はありませんね?と聞いてきた。俺と皐月がないよ、と答えるとルグリムは一仕事終えたという感じの後、
「では、今度こそこの世界について教えましょう。」
と、言った。
彼らはいつになったら冒険に出られるのか、作者もわからない。