Rain Dog
1学期の最終試験、学期末試験が無事終了した。
カウントダウン状態で近づく夏休み。
浮き足立つ生徒たち。
それは、終業式の後には校庭で行われる、『納涼祭』があるためだ。いわゆる市区町村で、よく見かける、盆踊り祭だ。
近所の商店街からの出店などもあり、俺の通う高校周辺の人たちからすると、ビッグイベントとなる。
だが、このイベント。出席か否かは、1学期の中間、期末の両試験での結果が、3科目以上の赤点を取ると参加ができない。
しかもこの納涼祭。学校等ではよく聞く話だが、恋愛成就の噂もあるらしい。そんな訳で、この学園での学期試験は、皆が必死となるのだ。
そして俺はこのイベントの実行委員。と言うか今年の選抜委員は文芸写真部が、実行委員となった。
俺は委員で分担された、正門に向かっていた。
「あれ? 赤城君じゃん」
話しかけてきたのは、城崎先輩。この人の近くには、いつも女子がいる。今回も女子を2人連れている。
「こんにちは城崎先輩」
「こんにちは。斉藤から聞いたよ、大変だったね」
「な、何を聞いたんですか…」
嫌だな…。斉藤先輩、城崎先輩に何を言ったんだ?
「えぇ…っと。ここじゃ言いづらいけど、赤城君は自分の気持ちを大切にね。斉藤のことは気にしないでいいと思うよ」
「はい」
斉藤先輩、色々な人に言いふらしているのか? 嫌だな…。
「赤城君は正門の担当だよね。俺と彼女たちも正門担当だから、一緒に行こう」
「はい…」
2年の女子だろうか? 俺を見る目が、『空気読めよ!』的な感じなんですけど…。
仕方がないじゃないか! 先輩に言われたら、嫌だって言えないんだよ! お前たちこそ空気読めよな!
正門に向かう俺たち4人。下駄箱で一度別れ、昇降口で再度あつまる。
集まると同時に、城崎ファンの1人が俺に言う。
「赤城君ってさ、ちっちゃいね。」
「はい…。」
うるさい! 気にしている事を言うな!
「あはは。ごめん、気にしてた?」
「別に…」
何なんだ? それを言うためだけに話しかけたのか? 最低な女だな!
「赤城君!」
今度は誰だ? って、武田先生(兄)!?
「おい、赤城君。先生には挨拶だろ?」
「コンニチハ…。」
「はーい? 聞こえませんよぉ? 大きい声で言えないのかなぁ!」
「しゃあしいのぅ。」
「は? 何て?」
うぬぬぬ…。
「武田先生(兄)こんにちは!!」
「かっこ兄とは何だね! お前は僕の義弟になりつもりか!?」
「死んでもなりません。安心してください」
「なにー? そ、そうか…。しかしな! 優美が納涼祭に来るって言うんだ! わかっているだろうね。僕の大事な優美に近づくんじゃないぞ!」
「ああ、俺は納涼祭に出席しませんから。安心してください」
「そうかそうか! あははは! そうか! あははは!」
うわぁ。何その嬉しそうな顔は…。
武田先生(兄)は高笑いをしつつ、この場を去っていった。
それだけかよ!
「赤城君は出席しないの?」
心配そうに俺に聞く城崎先輩。
「はい、家の用事がありまして。もし、間に合うようでしたら、帰り際に顔を出そうかと思いますが」
「そうなんだ。残念だね」
城崎先輩は優しい人だな。こりゃモテるわ。
ちなみに、俺のその日の用事とは、終業式の後、代垂水峠に行くのだ。守護霊様が、土地神様と約束をした、浮かばれない霊を浄化 する件だ。
守護霊様が言うには、「どうやら霊を集めている隠世の者がいるらしい。」と言っていた。大鬼みたいな、大きい魔物だったら嫌だな…。
* * *
終業式後。
俺は帰宅をし、出かける準備をする。さすがに今回は怖いので、五鈷杵と呼ばれる法具もバッグに入れた。
(純。ずいぶん緊張しているようだな。)
(当たり前だって! バリバリえずいって!)
(怖いのは隠世の者か? それとも親父のバイクか?)
「前者に決まっておろうが!」
「アンタまだいたの? 出かけんでしょ?」
あっ。やべ…。
てか、母さん。いちいちやかましいな…。
(とにかく行くぞ。日が暮れると厄介だからな)
(了解)
そして俺は父さんの借りているバイク用ガレージに行く。
ガレージには土曜の昼間という事もあり、たくさんの単車乗りがいた。
その中で10代の俺がガレージに入ると、皆の視線を集める。
当然だ。
『ガキが乗るバイクなんて、どうせビッグスクーターだろ?』
と思われているのだ。
俺はガレージを解錠し、バイクのエンジンを点火させた。
ガレージ内に響き渡る重低音。OHV特有の音だ。
暑さのおかげか、イオン計はすぐに暖機終了のメモリに到達した。
ギアを入れ、ガレージからバイクを出すと、周りから『おぉ!!』と言う声が聞こえる。
父さんのバイク Norton Commando 961 SE。このバイクは日本に数台のみ入荷したらしい。
いわゆるレア物のバイクなのだ。このご時世に、我が家に車が無いのはコイツがいるからなのだ。
ノートン君の周りに集まる人だかり、俺にケチを付ける大人もいる。
そりゃそうだ、十代の俺がこんなバイクに乗っていたら面白く無いだろう…。
「あの、すみません。これ父さんのバイクなんです。ガレージから持ってきてと言われたので…。」
だよねぇ〜。と言う顔をする人だかり。
(純。こんな奴らにかまうな。先を急げ)
(ああ)
俺はガレージを出て、国道20号へと向かう。
7月と言う事もあり、ものすごく暑い。走れば風はくるが、市街地のため信号が多い。そのため何度も信号待ちをする。ゴーグルが密着する部分からは汗が流れ落ちる。悪循環だ…。
以前、夜中に走った時はスイスイ走れたのに…。
なんとか八王子バイパスまで来た。
腕時計をチラッと見る。時間は午後2時48分。この数字はよく見る時間だ。
残るはワインディング。この時間なら車も少ないはず。
緩やかなヒルクライムの20号線をノートン君は颯爽と走り抜ける。タイヤも新しいので、路面の食い付きもいい。おそらく、数分で目的地に到着できそうだ。
確かおそば屋かうどん屋を過ぎた辺りだったな…。
(純、そこだ。そこにバイクを停めろ。)
俺は守護霊様に言われた場所にバイクを停めた。そして、急いでヘルメットをホルダーに掛け、準備を始める俺に守護霊様は言う。
(すごい量の霊だな。)
「すごい量とか言わないで!」
バッグから取り出した五鈷杵を握りしめ、獣道に向かう俺。
山の中に入ると、不思議なことに、周辺が薄暗くなったように感じる。鬱蒼とした草木のせいでは無い。先ほどまで蒸し暑く感じた感覚も、今では肌寒く感じているからだ。
(近いぞ。)
守護霊様の一言で、緊張が走る。
(あそこだ)
「どこ!?」
(白いアジサイのところだ)
薄暗い雑木林の中で輝くように咲いているアジサイ。その横には白? 銀? どちらとも言えないような髪色の少女が立っている。
その少女が、俺を見ながら右手を上げた。そして、上げた右手が光ると同時に剣が現れる。その剣はフェンシングで使われるような細い剣だ。
「私が見極めよう。さあ来い、少年!」
「嫌です」
「即答!?」
そう言って眉間にシワを寄せ、俺を睨み付ける少女。
「あの。ここに霊を集めているのは貴女ですか?」
「私が見極めよう。さあ来い、少年!」
あっ…。ダメな人だ…。この人ダメな人だよ…。
(純、せっかくだ。見極めてもらえ)
(ちょっ! 何を言っちゃってんの!?)
「神の御子 持ちか。ならば私から行くぞ!」
言うのと同時に、俺に突っ込んでくる少女。物凄いスピードだ!
細い剣をしならせ、俺の脇腹を攻撃してきた。
だが、脇腹に当たる寸前で少女は剣を持つ手を止めた。
そして止めた右腕を瞬時に上下に動かす。すると剣は軌道を変え、俺のアゴに向け突き刺してきた。
間一髪! 俺は今の攻撃を避けることができた。
(守護霊様! 五鈷杵に力を!)
(任せろ!)
俺の左手に持つ五鈷杵から、光の刃が現れる。
「やる気になったか?」
少女はそう言うと、10mほど上空にある木の枝へと、ジャンプをした。
「私の技を受けてみろ!」
大股を開いて俺に言う少女。
「あっ。」
(白だな。)
「うん、白だね。」
「何が白だ…。」
そう言って少女は何かを思い出したように、スカートを 左手で押さえた。
「貴様ら!!」
そう言って、少女は俺に向かって急降下してきた。おそらく必殺技だろう。
(大丈夫だ。軌道をよく見ろ。純なら躱せる。)
「りょっ!」
少女が上空から近づくにつれ、剣の本数が増えてくる。
(躱せ!)
俺は後方にジャンプをし、ギリギリ、少女の剣から逃れた。
危なかった! 守護霊様が話しかけてくれなかったら、確実に八つ裂きにされていた。
「ほう。良く逃げられたな? 普通は斬られるまで魅入ってしまうのだがな」
なるほど。呪術を付与しているのか…。
ん? わかったところで、どうすんだよ! 絶体絶命は変わらないじゃん!
(落ち着け、白パンツの右腕が微妙に動くのが本物だ。その他はフェイクだ)
(簡単に言うなって! でもまあ、そう言うことか!)
「よし来い! 白パンツ!」
「誰が白パンツだ!」
再び上空まで飛び上がり、攻撃を仕掛けてくる白パンツ。
徐々に分身をしていく右腕とその剣。
俺は左に避けながら、五鈷杵から伸びる光の刃で、白パンツの剣を叩き斬る。
周りに響き渡る金属音と同時に、地面に激突する白パンツ。
「あちゃー。顔面から行ったね。大丈夫?」
顔を押さえながら起き上がる少女。
良く見ると耳の先が尖っている。もしかして精霊か?
彼女の服に付着した落ち葉や土が、光を放ち剥がれ落ちる。これは女性のエルフが持つ、特有のスキル。Chasteだ。このスキル、自身に付く汚れを全て払い除ける。女性のエルフが美しく見えるのは、このスキルのおかげだろう。
「痛い…。」
泣きそうな声で言う少女。
「守護霊様、どうしよう?」
(頭を撫でてやれ。精霊は単純だからな)
(何それ? 本当かよ)
「大丈夫?」
俺はそう言って、少女の頭を撫でてあげた。
「痛い…。ごめんなさい…」
「もういいよ。それよりも、怪我は大丈夫?」
「痛いけど大丈夫」
「お話はできるかな?」
「うん…」
良かった。とりあえず、ここに集まる霊を浄化させなくては…。
「名前を聞いてもいいかな?」
「無い。」
無いって…。
(この精霊は逸れ者だ、おそらく戦い方から見て、風の精霊だな。簡単に言うと、風神の使いだ)
「私に名前をつければ、役に立つよ」
「まぁ、それはそれとして。ここに霊を集めるのはやめてもらえないかな?」
「そんなの知らない。勝手に集まってくるんだもん。私は何もしていないよ」
(なるほどな。土地神が言っていたのはこの娘の事のようだ)
「どう言う事?」
(この娘のチェイストに、霊たちが勘違いして寄って来ているんだろ)
「どうすればいい?」
「だからぁ。名前を付けてくれれば役に立つんだってばぁ」
すがるように俺に言うエルフの少女。てか、この精霊。守護霊様の声が聞こえているのか?
(確かにそうだな。名前を付けてやれば、自分でコントロールできるんじゃ無いか?)
本当かよ…。
これで名前なんて付けたら、『ご主人様ぁ〜。』とかなりそうで嫌だな…。
(チッ…)
「ちょっ! 何、今のチッて!?」
(なあ純。細かい事を気にするな。なったらなったでいいじゃないか。精霊は色々と役に立つぞ?)
まったく、他人事のように言って守護霊様は…。
「じゃあ。シルヴィーでいいかな? スペルはSlyvie。フランス語で森って意味だけど」
「嬉しい! ありがとう純! これで私との契約は成立よ!」
(早速だが、ここら辺の浮かばれない霊たちを浄化してもらえ。一瞬で片付くぞ)
「それじゃシルヴィー。ここら辺にいる霊たちを浄化してもらえるかな?」
「オッケー!」
シルヴィはそう言うと、空高く舞い上がる。
まるで大空を舞う、鳥のようだ。
純真無垢の眩い光を放ち、辺り一面を光のオーラが包み込む。この光が、浮かばれない霊たちを浄化させるのか…。すごいな精霊。
「すごい光景だね…」
(ああ。さっきよりも純白だな)
「え? うん。真っ白だね」
上空で浄化作業をしているシルヴィから、目が離せない赤城 純であった…。