Grapefruit Moon(グレープフルーツムーン)
7月上旬。学生にとっては嫌な時期だ。
もうすぐ期末試験なのである。9教科を4日間で行われる訳なので、どんなに健康な身体をした若者でさえ、精根尽き果てる訳だ。
それに、俺は保体って苦手なんだよな…。
そう言えば中学の時に同じクラスだった奴が、保体で毎回100点をとっていたな。
他のクラスにも100点をとる奴が3人いて、エロ四天王と呼ばれていた。あれは笑えた。保体=エロの意味がよくわからなかったけど…。
「どうしたの純君? 何だかニコニコしているけど?」
「え? ニコニコしていた? 」
「うん、していたよ。もしかして、私のことを考えていたのかな?」
はぁ…。 万里さんって、いつも俺をからかうんだから。
「はいはい。考えてました」
「やったね! それじゃ部活に行こう!」
「ちょっと待って! まだ支度ができてないんだけど!」
「うん待つから大丈夫だよ。ゆっくりでいいからね」
そうそう。万里さんだけど、俺と同じ高校に入学しました。
一度、フリースクールに入学し、この高校に転入した訳だ。俺のいる英文科は定員がいっぱいだったので、万理さんと同じクラスにはならなかったけど、来年は同じになれるかな?
そして部活は万理さんも俺と同じ文芸写真部。
部員の少ない文芸部と写真部が、今年から合体した。
顧問の山県先生は来年に定年を迎えるらしいが、体調不良のため、最近は学校にも来ていない。
それが原因かはわからないが、新しい先生が今月就任するらしい。
「ねえ純君」
「何?」
「部長の佐谷さんって、絡みづらいと思わない?」
教室を出て、部室に向かう渡り廊下。そこで立ち止まり、校庭を見ながら万理さんが俺に言う。
元文芸部の佐谷 美絵さん。佐谷部長は2年生だ。副部長の斉藤 隆さんは元、写真部。こちらも同じ2年生だ。
これは俺の予想だが、2人とも部活が合体したことが面白くないらしい。
「文芸部と写真部って、接点がないからね…。それが合体したから仕方がないんじゃないかな」
「でもね…。佐谷部長って、純君の事を目の敵にしてない?」
確かに、何かにつけて、文句をつけてくるんだよな…。
「やっぱ、写真部だからかな? でも、俺は宇宙に関する本がたくさんあって、色々と調べられるから楽しいよ」
「私もね、純君と一緒だから楽しいよ。それにこの前、純君と見た流星群に感動した! 本当に綺麗だった! だから私もたくさん覚えたいの。純君、宜しくね?」
「う、うん…」
渡り廊下の真ん中あたりで、万里さんと話していると突然、守護霊様の声が聞こえた。
(純)
「うわ!? 何!?」
(すまんすまん。驚かせたようだな)
「驚くって!」
「純君、どうしたの? 守護霊様?」
「うん。家以外で話せなかったんだけど」
そうなのだ。東京に来てから、俺が守護霊様と話ができるのは自宅だけだった。
(ここの土地神に許しを貰えた。交換条件付きだけどな)
「許し? 交換条件?」
万里さんは俺と守護霊様との会話。側から見たらタダの独り言だが、万理さんは興味津々で付き合ってくれている。
てか万理さん? 何故そんなにワクワクした表情なの?
(万理の事故現場を調べて、そこの浮かばれない霊たちを浄化してほしいそうだ)
嫌だな…。
「ねぇねぇ、どした? 純君どした?」
「万理さん、ちょっと黙って」
「はい!」
(おっ? 早速、亭主関白だな。さすが九州男児だ!)
「言い方!」
(土曜日の夕方に行くぞ!)
「マジか? 試験勉したいんだけど…」
「どこに行くの? ねぇ純君?」
あっ…。万理さんウザい…。
でも、さすがに言えないよな。万理さんの事故現場か…。
(当たり前だ。万理を連れて行こうなんて思うなよ)
「はっ? 何で俺が思った事を?」
(心だ…。心の目で…)
「心って、パット・モリタか!」
(ずいぶん古い映画を知っているな。)
「先週、父さんとベストキッドのDVDを見たじゃないか」
「パッと森高? ベストキッド? 何?」
「万理さん。今は話に入ってこないで…」
(とにかくだ。今の話は万理には言うなよ)
「わかった」
新校舎と旧校舎をつなぐ、俺たち以外は誰もいない渡り廊下。いろいろと不安はあるが、とりあえず俺たちは部室に向かった。
(ところで守護霊様? これからは心での会話ができるの?)
俺は守護霊様に心での会話を試してみた。
(何を言っているんだ? 最初からできるぞ?)
「できたのかよ!?」
(ああ。お前がそうしなかっただけだ)
「何? どした純君?」
「何でもない…」
トホホ…。
* * *
文芸写真部に到着。相も変わらず俺を睨み付ける、佐谷部長。
「遅い!」
部長、開口一番が遅いって…。
「すみませーん!」
万理さんが部長に適当に返事をした。
「別に…。杉山さんに言った訳じゃ…」
申し訳なさそうに万理さんに言う佐谷部長。
一緒に来たのに、俺だけかよ!?
「佐谷! お前ウザいぞ! お前がそんなんだから、新入生が入部してくれないんだ!」
副部長が佐谷さんを怒鳴りつけた。
あぁ、始まった。他の部員たちも、俺と同じことを思っているようだ。
部長と副部長の言い争いを他所に、俺は先週、部から借りた本を万理さんに渡す。
「万理さん、この本面白かったよ」
「やった! それじゃ今度は私が借りるね」
俺たちのやり取りを見て、文芸部員の城崎先輩が来た。
「星や星座なら、この本も面白いと思うよ。ギリシャ神話に基づいているからね」
「ギリシャ神話ですか? 面白そうですね。ありがとうございます」
彼は城崎 祐太さん。斉藤副部長と同じクラスで、副部長とは仲が良いようだ。物腰も柔らかで、スタイルも良い。しかも城崎先輩は論文大会で、賞をもらった事もあるらしい。
当然、女子にも人気がある。神は城崎先輩に二物を与えた。うらやましいです…。
「失礼します!」
委員会の仕事が終わり、井本さんが部室にきた。ちなみに井本さんは文芸部だ。
「委員会って大変だね。お疲れ様」
俺が井本さんに言うと同時に、佐谷部長が来た。
「そうよ。赤城と違って井本さんは忙しいの。わかったら謝りなさい」
ちょっ? まっ? 誰に!?
「ところで赤城君」
今度は斉藤副部長が俺に話しかけてきた。ところでの使用法が違うような気がしますが?
「はいなんでしょうか?」
「今週の土曜日、野外活動をしようと思う。場所は代垂水峠だ! ガッハッハッハッハ!」
うわぁ…。地雷踏んだよこの人…。
斉藤副部長の高笑いを他所に、万理さんが俺の腕にしがみ付いてきた。
俺の右腕に、万理さんの動揺が伝わる。
「あの。もうすぐ期末試験なので、土曜日はちょっと…」
ちなみに代垂水峠とは、先ほど俺と守護霊様が話をしていた場所だ。
いわゆる、万理さんの事故現場な訳だ。
「よし! それじゃ、試験が終わったらだな! ガッハッハッハッハ!」
事情を知らないにしても、斉藤副部長って、キッツイな…。
「万理さん、大丈夫だよ。俺に任せてね」
「うん…」
尚も震えている万理さん。
「ちょっと万理! 気持ちはわかるけど、いい加減に離れなさいよ!」
井本さん? 言い過ぎでは?
「井本さん。万理さんは…」
俺が言いかけると同時に、井本さんが万理さんに向けて指を差す。
「ほらっ!」
俺が万理さんを見ると、満面の笑みを浮かべ、井本さんに舌を出していた…。
そうだ…。万里さんって、そういう人だった…。
* * *
帰宅…。
帰宅をし夕食後、俺はベランダに出る。今夜はあいにくの空模様。
(残念だったな)
「本当…」
俺が雲の合間の星を探していると、リビング側の窓から母さんが顔を出した。
そして俺に向かいニヤっと笑う。
こりゃ何か頼まれる…。
「純、コンビニ行って牛乳」
「はぁ? 何でぇ、嫌じゃ!」
「何言ってんのぉ! 明日のアンタのお弁当でしょぉ!」
「何で弁当に牛乳が入るん! 自分で行けば良いじゃろ!」
「こんな時間に女子に行かせるんか!」
「大丈夫だってぇ! 母さんのえずい顔見たら、男の方がたまがるわ!」
「何だと!」
「あのぉ。」
隣のベランダから井本さんが顔を出した。
「妹が赤いシャー芯を買いたいみたいで、一緒に行っても良いかな?」
「あらぁ香織ちゃん。良いわよぉ! 純を連れて行って!」
井本さん、タイミング悪っ!
「ほら、はよっ! こんなやーらしか女子を1人で行かせんのアンタは!」
そして、まるで今の時間が真夜中のような設定の中。俺と井本姉妹はエレベーターに向かった。
井本さんの手をしっかりと握る、妹の詩織ちゃん。お姉ちゃん大好きっ子だな。
「もしかして詩織ちゃんは、イラストとか描くのかな?」
「え? 何で?」
「鳥栖の中学で、シャーペンで描くのが流行っていたからね。コピックは高くて買えんでしょ?」
「うん…。お年玉を使っても、2〜3色しか買えない…」
そんな話をしていると、後ろから万理さんが登場した。
「ごめんごめん。待たせたね」
へ? 待ってないけど?
「万理ちゃん、遅い!」
ああ、詩織ちゃんが呼んだのか。
そして俺たちは下の公園の中を通らずに、周りを歩く。
6月下旬の宵のうち。会社帰りの、ほとんどの大人が下を向いて歩いている。きっと、季節の変わり目で疲れているのだろう。
そしてランナーや犬の散歩の多さ。
この時間で、この人の多さは、鳥栖の俺が住んでいた地区ではありえない。
それよりなにより、コンビニに色付きのシャー芯って売っているのか?
東京ってすごいな…。
コンビニに到着し、俺は牛乳を手に持つ。
井本さんと万理さんは、お互いにグリコのカフェオーレを持っている。詩織ちゃんは井本さんの手に持つカフェオーレを見て、大きな声で言う。
「お姉ちゃん、私も!」
「詩織の分もあるから大丈夫だよ。」
井本さんって、妹にも優しいんだな。
買い物が終わり、マンションに向かう。
公園に差し掛かったあたりで、携帯を見ながら右往左往している女性がいる。これは迷子的な感じだ。
井本さんは当然のように女性に近づき、声をかけた。
「どうしました? 道に迷いましたか?」
「そうなんです! 昨日こっちに着いたんですけど…」
(純。武田先生じゃね?)
「赤城…君?」
「先生? どして?」
唖然とする、井本さんと万理さん。詩織ちゃんは楽しそうにしている。
「良かったー! 赤城君、会いたかったとよー!」
「誰!?」
声を合わせる井本さんと万理さん。ニコニコと何かを期待している詩織ちゃん。
(純、期末試験の前に一波乱ありそうだな。)
「え? どゆこと?」
先ほどまで見えなかった月が、今では顔を出している。
綺麗な黄色。
まるでグレープフルーツのような月は、あたり一面を照らしていた。