LOOPHOLE(ループホール)
これは赤城君が中学生の時のお話。
武田 優美25歳。中学教諭として、東京から九州の佐賀県へと引っ越してきた。
社会人として、何をするのも初めてとなる生活の中、ある事件に巻き込まれる優美。
社会人としての第一歩。意気揚々と九州まで来たのはいいけど、早くも折れかけている。
中学生ってキツイ…。
きっと私もそうだったに違いない。若い先生にはナメてかかっていた。
当たり前だ。拘束された生活の中で、新任教師の言う事なんて、私だって聞く耳を持たなかったものだ。
「はぁ。お腹すいたな…」
あぁ…。考え事をしながら歩いていたから、コンビニに寄るのを忘れた。
「めんどうだけど、行くか」
最近、独り言が増えた気がする。彼氏どころか、こっちには友達もいないからな。
私はアパートを出て、近くのコンビニへと向かう。時間は二十時十八分。
最近は中間試験の問題を作成しているので、帰宅時間も1時間ほど遅い。
さすがに毎日、コンビニのお弁当じゃ飽きるし、ファミレスとかに行こうかな。
携帯でマップを開き、ファミレスを検索する。
「遠っ!」
一番近い所で駅の方かよ! 無理だぁ。それじゃラーメン屋だ。
頼むぞ、グーグルマップ君!
「あった!」
トントン?
あぁ、豚骨ラーメンって意味のトントンかな? ここにしよう。美味しかったら、ラッキーだし。
マップのナビで、トントンに向かう私。
お? もうすぐだ! トントン拍子に向かっているな。トントンだけに…。なんちゃって。
角を曲がり、少し歩くと、看板が見えてきた。
『トントン』発見!
暖簾をくぐると、自動ドアが開く。店内に充満する豚骨特有の出汁の匂い…。
匂いきっつ!
私はカウンターに座り、メニューを見た。
うへー。すべてニンニク入りか…。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお呼びください。あと、ニンニク抜きもできます。安心して下さいね、武田先生。」
先生?
店員さんを見ると、私が受け持つクラスの生徒、赤城君。
「赤城君! 君の家なの?」
私が驚いたように彼に聞くと、赤城君は、少し照れたように答えた。
「このお店って、父さんの実家でして。今週は両親とも東京に行っているので、爺ちゃんの家に泊まっているんですよ。なので爺ちゃんの手伝いです。」
「そうなの、赤城君は偉いのね。」
私が赤城君にそう言うと、彼は先ほどよりも照れた様子で、奥へと消えて行った。
そして私が注文をしたのは普通の豚骨ラーメン。もちろんニンニク抜き。生徒から「先生、臭ーい!」と言われたら、この先『ニンニク先生』と呼ばれかねないからだ。
マジでそんな事になったら、生きていけない。などと考えていると。
「お待ちどうさまでした。」
そう言って顔を出したのはこのお店の店主で、赤城君の祖父。ラーメンを頼んだはずが、なぜか瓶ビールと餃子を持ってきた。
「すみません、他のお客さんの注文ではないでしょうか?」
「純がお世話になっている先生ですから。今回だけのサービスなので、お気になさらず」
てか、餃子…。
「明日も学校でしょ? ニンニク抜きの餃子です。」
「いや、でも…」
ニンニクは関係なく、食べきれないっす!
私の心の声を察してか、赤城君が私の隣に座り、祖父に言った。
「ジイちゃん、先生は女性だよー。こんなに食えんってー。だから半分くださいね、武田先生」
笑顔で言う赤城君。
キャー! 赤城君、可愛いんだけど! ショタか!? 私はショタに目覚めたか!?
「ジイちゃん。あとはバアちゃんと2人で大丈夫でしょ? ワシ、先生に聞きたいことがあるから」
赤城君はそう言って、私にビールを注いでくれた。
ヤバいヤバい! ここはホストか!? ショタホスト『トントン』か!?
あぁ、赤城君ありがとう。先生は只今、癒されモードに入りました。
うふ。
「先生、時間外なのにごめんなさい。ここがわからんとよ…」
な、訛りがカワユスだぞ。赤城君。
「どこかな?」
へ? 二次関数って、今日の授業の? 私の教え方が下手なのかな…。
「ごめんね。先生の教え方が悪かったのかな…」
「違う! 今日、小沢が屁ぇこいたでしょ? あれで授業どころじゃなくなったでしょー」
そうだ! 言われてみれば、あんのクソガキ!
「そ、そうだったわね…」
確かに、あの時、赤城君ともう1人、女子の誰かが「お前ら騒ぐなー!」と言っていたわね。
その後、私は食事をしながら、赤城君がわからないところを教えてあげた。
そう言えば赤城君。東京の高校を受験するって言っていたわね。もしかして、親の転勤かしら?
「赤城君は東京の高校を受験するんでしょ?」
「はい。住まいは多摩センター駅ってところなので、近くの都立高校にしようと思ってます」
「あぁ。○○高校だったわね。赤城君の今の成績だったら問題はないわよ」
「ありがとうございます。でも、人生には落とし穴だらけだ! とジイちゃんが言うので、受験が終わるまではしっかりと勉強をやります」
もう、本当に良い子なんだから赤城君は…。先生は君を応援しちゃうぞ!
⭐︎
その後、私は赤城君の祖父母も交えて、閉店まで居座ってしまった。
赤城君の両親の話や、ここら辺にまつわる話。これがけっこう怖かった。
いわゆる心霊現象の多い地区らしい。マジで怖い…。
「先生、赤い目をした幼女には気をつけなさい。ありゃ血を吸う化け物だ」
赤い目って! 恐いからマジでやめて!
私が恐怖から青ざめていると、赤城君の祖母が、私を安心させるような口調で話し始めた。
「先生、今は昔と違う。人の血よりも美味いものがたくさんある。安心しなさいねぇ」
「安心って! やっぱり本当にいるんですか!?」
「あはは! 武田先生、大丈夫ですよ。途中までワシが送りますからぁ!」
赤城君が? 嬉しいけど…。
「先生。この子には神の御子様がついとるけん。大丈夫じゃ。さあ純、先生を送って行きなー」
神の御子って、お爺さま? お爺さまも酔われたのですね。
* * *
そして『トントン』を出た帰り道。
「ちょっとプライベートなことを聞いてもいいかな?」
「はい」
「赤城君は気になる女子はいるのかな?」
「先生〜。酔ってますねぇ?」
「ちょっとね」
違うって。君のことが気になっちゃったんだよ…。教師として最低だな…。
「今は受験生ですから、恋愛は高校に入ってからでも遅くないです。と思っています」
「中学生なのに、年寄りみたいな事を言うのね」
ホッとしている自分が情けないな…。
「武田先生は東京の人なんですよね?」
「東京って言っても市だけどね。赤城君が受験する高校の近くよ」
「東京でも色々ありそうですね。楽しみだなぁ」
夜空を見上げながら言う赤城君。
もう、キュンキュン来るんですけど!
すると、こんな時間に小学生くらいの女の子が、街灯に照らされ立っているのが見えた。
「また君か」
赤城君は立ち尽くす女の子にそう言うと、私をかばうように前に立った。
「赤城君の知り合い?」
て感じでもないな…。
「その女ちょうだい。血ぃちょうだい」
小学生女子が、赤城君に話しかけた。
ちぃ? 何?
「ちょうだい!」
小学生女子は大声でそう言うと、夜空に舞い上がった。
「はぁ!? 空を飛んでるんだけど!」
私は叫んでしまった。
真っ黒な翼を広げ、こちらに突進してくる少女。
「先生、伏せて!」
赤城君の忠告に微動だにできない自分。
私たちの頭をスレスレですり抜けて行く少女。
私は驚きすぎて、その場に座り込んでしまった。
「守護霊様、次が来たよ!」
しゅごれい様? 何? 赤城君?
夜空を舞う少女は赤城君に向かって飛んで来る。
すると、赤城君の右手が光だした。
「赤城君! 危ない!」
情けない…。私は立ち上がれない…。
「いい加減、成仏してね!」
赤城君は飛んで来る少女に、光る右手でワンパンを喰らわせた。
同時に地面に叩きつけられる少女。
「やっと成功した!」
赤城君はそう言うと、小学生少女に向かい右手、手のひらを差し出す。
青白い光に包まれる少女。
少女はしだいに黒い霧となり消えていく。
神の御子? これが神の御子の力なの?
「武田先生、大丈夫ですか? 立てますか?」
立てない…。
「えっと…。すみません先生。ワシの背中にどうぞ」
「いや! 無理無理! 重いし!」
「あはは! やった! それなら体力が付きそう」
そう言って赤城君は、私の両手を持ち上げ、あっと言う間に私を自分の背中にのせた。
いわゆる、おんぶをされた私…。
「赤城君、今のは何?」
「何て言ったらいいのかな…」
中学生男子に背負ってもらう25歳、情けなくて、でも嬉しい…。
「武田先生。今いた少女は、今あるこの世界の隣の住人です。幽霊みたいなモノです」
「なんで赤城君は…」
「ワシには見えちゃうんですよ。アイツらは自分を確認できる人間を襲ってきます」
「えっ? ちょっ? 赤城君は、今みたいに幽霊を退治しているの?」
「そんな事しませんよ! 今回は襲ってきたからです。普段は無視しいていれば何もされませんよ」
普通!!
何で普通に言っているの?
「ところで、先生のアパートはここですか?」
「え? う、うん。何で?」
「あぁ。ワシの守護霊様が教えてくれたんです」
あぁ。もう無理…。キャパ超えた…。
でも、赤城君は私を守ってくれたんだ…。
ありがとう、赤城君。