第29話 最強の陰陽師
凪さんが俺たちから距離を取った。死神を巻き込ませないようにしてくれたのだろう。俺は未だ十字架に貼り付けられている。一切妖力の操作ができないまま、呆然と目の前の出来事を眺めるしかできなかった。
「お前は何なのじゃ!」
橙乃が声を荒げる。
「何度も言ってるけど僕は『カミ』の使徒だって」
「お主のようなものが、わしに近いものとは甚だしい。」
「君の場合は元僕と同じ『カミ』の使…いや元々は信仰心からできた神そのものなのか。よく分かんね〜」
なにかを話している二人。今はそれを聞くよりも、俺自身でこの拘束をなんとかする必要がある。
(仕方ない、俺の奥の手を使うか)
右手の中指につけていた指輪が光る。俺の体を捕まえていた鎖はすぐさま解け、十字架も跡形もなく消え去った。そう、能力さえ使えれば、こんな拘束はいとも簡単に外すことができるのだ。天恵の『覚醒』、それにより俺は自分以外の者にも『無効化』を付与することができた。その実験として使ったのがこの指輪だ。後づけの効果対象を設定し、前もって仕込んであった『無効化』に妖力を流すことで、この状況下でも天恵の発動を成功させた。
「あれ、逃げられるんだ?まあ、二人になったところで僕の相手にはならないけど」
(人数的には有利だが、個の戦力が強いあいつにはあまり意味がない。俺の目的は神祝。この状況、どうするのが一番の正解だ?)
なんとかこの状況を打破しようと考える。
(橙乃に取りに行ってもらい、俺が足止めするのがいいのか?いやだめだ。こいつがそれを許すとは思えないし、俺ではこいつを足止めなんてすることができない。それ以前に、最初に手にした人だけが神化できる。一体どうすれば。)
考えても考えても何も思いつかない。
「呆れた。何を考えておるのじゃ?わしがこいつを足止めする。その間に行けい」
橙乃が呆れた様子で言ってくる。俺もその案が浮かんだ。だが、あいつはいかなる陰陽師であろうとも苦戦を強いられる相手、その案はあまりにも現実的ではなかった。
「でも…」
「でもではない!お前は何のためにここへ来たのじゃ!紗黄を助けるためであろう?ならそれをしろ!それ以外のことは考えるな!」
橙乃がこいつのことは任せろと言っている。俺はそれに応えなくてはいけない。
「頼んだ!」
走ったとしても山頂まではそれなりに時間はかかるであろう。ならここは天恵を使うしかない。瞬間移動を駆使し、拓真は頂上へと向かった。
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拓真が去った後、橙乃とグリードは向かい合いながら場所を移動していた。互いに相手の出方を伺い、今か今かと隙を探す。
「わしがお主と戦うのじゃが、少し時間をくれるか?」
「いいよ、とはならないね」
流石にやつもアホではないか。相手が強化する隙を与えるほど愚かな真似はするはずがないが、
「まあ、いまの一瞬がほしかっただけじゃから、もう来て良いぞ」
すでに準備は整った。今の一瞬、戦闘時に作るのは難しいが、話せば容易い。
「はいはい、そうですか。なら、お言葉に甘えるとしよう」
やつはわしに向かって一直線に来ておるが、
「遅い!『神威瑛司』」
発動させたものは、橙乃の『空間操作』ではなかった。橙乃は元『七つの大罪 色欲』だった。すなわち、橙乃自身が持つ天恵とは別に、とあるものを持っている。それは『色欲』ラストの天恵。使徒の依代となった肉体の魂に天恵が根付いたことで、未だに『色欲』の能力を橙乃は使用できる。
『変身』それが『色欲』の天恵。その効果は、自身や触れた相手の記憶から対象の仮の魂を複製し、それを自身と同化させることで、その人物に自分を変化させる。
能力で作られた魂は仮ではあるが、魂は魂である。能力、天恵は魂に与えられるもの、本来であれば、神威の能力も使えるはずだった。本来であれば…
(あの方の能力が使えん!?)
神威の能力を使おうとした橙乃は心の中で驚いた。魂の複製をしたはずが、仮の魂の器が自身と同化している。これでは変身する意味が無い。できることが全く無いわけではないのだが、それができるかは確率の低い賭けである。
今橙乃が唱えた名前はある男のもの。紅と契約する前の契約者であり、かつて妖怪を退け、『カミ』に抗ったもの。橙乃の姿がその男のものに変わる。今の服とは違う、和服のようなものを橙乃が身にまとう。
「ち。そいつかよ」
「お前を倒したのもこの方だからの〜。さて、いくとしようか。」
声は男のものに変わるが、話し方は何も変わっていない。霊力を体の中に流しながら、それ自体を体にまとわせ、身体能力を強化する。
「今のわしならこれも使えるじゃろう。来い、『草薙剣』」
草薙剣、それは『三種の神器』の一つでもある。神器の中でも別格と評され、実在するのか危ういほどの記録しか無いそれは、またこの世界に呼び出された。その剣の元の所有者は神威だが、今は橙乃が世界から神威と認識されている。であるなら、それを使うことなど容易い。
「僕が知らない武器だね」
「ああ、そうか。たしかにこれはお前さんが倒された後に手に入れたものだったな。効果は今にわかるところよ」
橙乃が一気に近づき、斬りかかるが後ろに回避される。
「特に能力はない…って訳はないよね」
グリード言葉を口にする。それに対し、橙乃は避けられたことも気にせず、そこらじゅうを斬りかかる。
「ん〜?何してんの?」
グリードはそれを疑問に思ったが、特に気にせずに距離を縮め、橙乃の方に一気に距離を詰める。
「『時斬』」
先程まで自分が斬っていたところにグリードが入ったのを確認した橙乃は、そう唱えた。
「!?『止まれ』!」
走り出していた体を『天恵』でむりやり停止させたおかげでグリードは致命傷までは食らわなかったが、ダメージを与えることには成功した。攻撃を食らったグリードはまたも大きく後ろに逃げる。二人の距離は二十メートルほどに広がった。剣先で切られたその服からは、赤い液体が染み出しているのがわずかに見える。
グリードは常時自身の周りを反射的に『改変』するようにしている。攻撃が当たらなかったというその守りは、神に関わるものでない限り、突破は不可能である。つまり、それは神器である草薙剣であれば容易であった。
「それも気づくか。厄介じゃな」
「おいおい、なんて力だよ?」
グリードは今の攻撃の正体を悟った。
「ほぉ?能力がバレてしもうたか?」
「さっき適当に斬りかかってた太刀筋は現在ではなく未来を斬ってたってとこかな?しかも斬った時点で時間を指定するのではなく、待機状態にしておいて後付で時間指定って感じで。まあ、神器って言うぐらいだから、余裕で僕の守りを無視できると。くっっっっそだるっ。」
グリードの推測はすべて的中しており、橙乃が隠していた能力をすべて理解してしまう。
(流石に鋭いの。まあ、今のわしでは未来を斬ることしかできんがな)
「諦めて斬られるなら、一思いにやってやるぞ?」
「こっちのセリフだよ。まあいいさ、君を倒して彼のもとに行くとしよう」
橙乃の言葉を受け流し、逆に挑発してくる。
「行けると思うのか?」
「もちろん」
そのまま二人の接近戦が始まるかのように思われたが、グリードは傷の回復を優先する。
「『傷は無くなる』」
能力を発動させようと、言葉を発したグリード。だが、それは書き換えられなかった。
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(さっきの女になにかされたと見ていいだろう。ずっとこの状態は続くのか未確定。こまめに回復を狙いながら攻めるのみか)
治らない、それを理解した僕は回復を諦め、攻撃に向かう。僅かながらの傷だとしても、治らないという状態が続くのは好ましくない。さっさと治せれば良かったものの、あの女、厄介なことをしてくれるね。
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(今の攻撃を回復しないところを見るに、さっきの娘がなにかしてくれたのか。だが、やれやれ。今のわしではあやつの攻撃は回避できんじゃろうな)
刀が別の時間を斬れることを認知したグリードはそう簡単に近づいてくるはずもない。意識するより早く、もしくは意識外の攻撃を繰り出してくるだろう。
「纏うは剣に宿りし神の力 『神装』 時量師神」
距離が離れたこの瞬間、橙乃はすぐさま『神装』を発動させ、新たな策を講じる。
(解放『已眼』)
時量師神の加護によって発動条件を満たした橙乃は『已眼』を発動させた。その効果は時間に干渉し、今の状態で起こる未来の状況を、未来の自分自身が見た光景を通して知るというもの。要するに未来予知である。しかし、未来予知とは未来を予知するものであってそれに未来を変える力はない。
ただし、『已眼』はそれとは違う。已然形、もしかしたらの状況を見る。それすなわち、起こることが確定していないものを見ているのに過ぎない。未来で起こった状況を知り、それを改変する力を持つのが『已眼』である。
発動をすると近い未来の状況を一瞬で理解することができるそれを橙乃は使った。見た未来は一秒先のもので、一気に間合いに入ったグリードに喉元をナイフで掻っ切られる自分自身の姿だった。
瞬時に自分の目の前を、下から斜め右上へと斬る。カウンターを置いたが、そこにグリードは来なかった。もう一度『已眼』 を使用すると、今度は闇に紛れて上空から攻撃を仕掛けてくるグリードの姿。今のグリードは移動の殆どを能力で行っている。自身の空間座標を『改変』し、一瞬にして移動をしてくるグリードに対して本来の橙乃では対処不可能であるが、『已眼』のおかげでなんとか助かっているといった状況だった。
橙乃はもう一度草薙剣で別の時間を斬り、カウンターを備えておいたが、未来は変化した。『已眼』の予想地点にやつは来ない。。
何度も同じことを繰り返された。『已眼』を使い、未来を読む。攻撃する。寸前のところで回避、もしくは動かない。状況は変わっていないかのように見えたが、事実としてグリードは今この瞬間も能力の考察をしていた。なんとなく攻撃しようと意思を持つと、相手が剣を振る。グリードの進行方向に必ずそうすることから、なにかしら新たな手を使ったことは感じ取っていた。
あまり何度も使える技ではない『已眼』を出し惜しみせず使って防戦一方。しかも『已眼』を使えるのは残り僅か。霊力の問題ではなく、能力の使いすぎの問題のため、霊力がまだ半分以上残っている橙乃であったとしても、それは対処不可能であった。
(そう何度も使えない手を切ったというのに、まさか無傷とは)
講じた策が徒労に終わったことを残念がった橙乃だが、すぐさま切り替える。この戦いに、余所見をする暇などないのだから。
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(僕の攻撃を先読みしている…?あの剣を出してからやけに読みが良いな)
グリードは橙乃が自身の攻撃地点に正確なカウンターを置ける理由について考える。
(あの剣は未来を斬っていた。つまり、能力しだいでは未来を見ることだってできるはずだ…なるほど、未来予知か。今ここで初めて使ったということは回数などに何かしら制限があるのか?いや、考えても無駄か)
グリードは正解にたどり着いた。それだけ強い能力、使用回数、もしくはデメリットがあるとも予測する。しかし、不確定な情報から答えを決めつけることはできないため、ありとあらゆる場合を想定する。
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(直ぐに来るのではなく、姿を見せて間を置いた。時間稼ぎじゃろうな、わしの能力はバレたと見て動くとしよう)
急に現れ立ち止まったグリードの思考を推測した橙乃。グリードの能力は想像力が重要なため、難しい考え事をしながらでは発動が難しいという弱点がある。さっきのように移動のために天恵を使用しているときには使えない。しかし、複雑な思考でない限りそれはいまいち問題とならないため至って欠点という欠点はない。
立ち止まったグリードは何かを思い出して口を開く。
「『傷はなくなる』」
「しまった!?」
凪の能力に関して、意識から除外していた橙乃は回復されてしまったことに驚いた。20メートル以上ある今の位置からでは、迎撃に間に合うはずもない。
「やはり時間制限があったか。考えるに四分、いや五分が限度かな」
自分自身の推測を述べるグリードだったが、なんとなくで試した回復が成功したことに内心驚いている。
(まずいな、傷を治せるようになってしもうた。これでは一撃でやつをやるしかないが、決められるか?いや、難しいのぉ〜)
ちまちま削ることも考えていた橙乃の策は封じられてしまった。
「さてと、第二ラウンドと行こうか」
グリードは不敵な笑みを浮かべながら呟いた。
設定:
・橙乃が神威に変身できなかった理由。(魂の複製に失敗した理由)
=自身が扱える力量を大きく超えていたから
・十字架-妖力を封印するのではなく、妖力の操作をできなくさせる。
作者のコメント:
書く手が止まらない。勉強しないと……




