第22話 絶望
(山崎) 万が一、万が一。ポケットにぽ〜い
GW投稿六日目
明日の午前八時二十分、新たに投稿します
(文化祭、か)
多くの学生にとって一大イベントであろう文化祭、それが先週末に俺達の専門学校でも行われたのだった。事実、俺も先週まではとても楽しみにしていた。だが、今の俺はそんな気分ではない。
話は少しだけ遡る。俺達が無事に目覚めた後、俺は紗黄と話した。だが、そこに以前のような彼女は存在していなかった。俺に対する反応は、今までと真逆。ひどく冷たく、鋭く、忌避感まで持たれている、そんなふうに俺は感じた。
なぜそうなったのか原因は分からないが、一つ俺が間違えた行動を取ったのは自覚している。俺の『無効化』は『空想世界』での経験を経て、『覚醒』を遂げた。他対象やより複雑な効果の使い方、効果そのものなどが幅広く強化された。今の俺なら、紗黄に『無効化』を使えばすべて解決するのではないか?そんな予感から、俺は紗黄の左手を握り、能力を発動させた。それが過ちだったのだろう。
「触らないで!」
紗黄は大声を上げる。
冬子と菜華はすぐさま紗黄を止めた。それはなぜか。手を握られた瞬間、紗黄は俺の手を払い除け、そのまま俺の顔に一発お見舞いしようとしたのだった。
間一髪というところで、止められたその手だったが、今考えれば紗黄の行動は至極真っ当なものだ。いきなり見ず知らずの男に触られるなど、不快以外の何物でもない。
やはり以前のような彼女はそこにはいない。俺の『無効化』は効果はなく、その後俺はその部屋を後にし、自分の病室へと戻った。紅と涼介は複雑な表情、紗黄の件を言わなかったことについて咎められると思っているのか、厳しい表情をしていた。俺はその二人に仮初の笑顔を見せながら言う。
「そんな顔すんなって!少し悲しかったけど、いつか戻るしさ」
明るい笑顔と明るい雰囲気の俺を見て、二人は一瞬苦しそうな表情をしたが、「そうですね!すぐ戻りますよ!」紅は明るく、いや、明るく見えるように振る舞いながら俺に言ってくれた。
俺の言葉も、紅の言葉も、本当に思っていることは一切口に出していなかった。言ったところで、誰が悪いわけでもなく、強いて言うのであれば、あの時に紗黄を助けられなかった俺が悪いのだ。二人に当たる気持ちなど微塵もない俺は、仮初を維持したまま、二人を病室から見送った。
様々な検査をしたが俺には異常は一切なく、彼女は記憶以外に異常はなかった。病院の先生が言うには、学校などに行って記憶に刺激を与えるのが効果的な治療とのことだった。
その日の夕方頃に退院した俺は、次の日の朝学校に行くことにしたのだった。
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「あ、忘れ物」
玄関で考え事をしていると、俺はとある物を部屋に忘れてしまったことに気付いた。
俺はそう言って部屋に忘れ物を取りに行く。部屋に入り、引き出しから取り出した指輪を右手の中指につける。なぜ右手の中指なのかというと、邪気などから身を守る効果があるらしいからだ。陰陽師になってから、邪気というか、人ならざるものに遭遇するようになった俺はこれを肌身放さず持つようにしている。もともとファッション用に買ってあったものを、今は毎日欠かさずにつけているが、今少し試してみたいことがあった。
俺の天恵は『空想世界』でのグリードとの戦闘を経て、『覚醒』を遂げていた。今までであれば『無効化』の対象は自分しか発動できなかったが、今なら様々な工夫を凝らすことができる。使い道はないだろうが、一応試してみるか。
忘れ物を回収し、とあることもやり終えた俺は学校へと向かった。
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学校には紗黄も来ていた。クラスメイトとの記憶は殆ど残っておらず、俺に関しての場合は一切の記憶がないらしい。目立った外傷はなく、紗黄も学校に行きたいということで、とりあえず一日来てみることになっていた。
紗黄よりも早く学校についた俺。クラスメイトたちに色々と心配されたが、とりあえず怪我がないことを安心していた。クラスメイトも紗黄の状況を知っていて、俺達の関係に対して色々と心配していた。そんななか、教室のドアが開き、全員の視線が集まる中で紗黄はドアから入ってきた。俺が声をかけようとしたのも束の間、ドアの近くでスマホをいじっていた山崎が紗黄に話しかけた。
「志島さん、いろいろ大変だったと思うけど平気?あ〜ごめん!俺が誰だかわかんないか…」
俺が知っているものと正反対の、爽やかな印象を与えるような雰囲気で山崎は話す。あいつは紗黄のことを狙っているらしいと、クラスメイトから聞いていたのだが、目立った行動は何もしていなかったため気にもとめていなかった。だが、そんなやつが今紗黄に話しかけてきている。不愉快だ。
「ええっと、山崎修一郎さん?であってますよね?名前しか覚えてなくて」
紗黄の反応も前とは違い、敵意を一切感じないものだった。名前以外のすべてのことを忘れている様子で、今までの傲慢な態度を一切覚えていないのか?いや、他のクラスメイトの記憶がほとんどないにも関わらず、なぜ山崎のやつを覚えて...
答えの出ない推測に思いを巡らせていた俺は、更に不快なものを見ることになった。
「あーそうそう!覚えてたんだ!記憶喪失って聞いて驚いたよ、何か知りたいこととかがあったら全然俺に聞いて。迷惑じゃないからさ」
席で話を聞いていた俺はいい加減我慢できなくなり、山崎に問い詰めようと席を立って近づいていく。これ以上紗黄に話しかけるのは看過できない。
「おい、山崎。お前、紗黄に近づいてんじゃねーぞ?」
山崎の近くに行って話しかけたのはいいものの、話を紗黄に遮られる。
「あの!今この人と私が話しているんで邪魔しないでください」
今の紗黄にとって、拓真の印象はあまり良くない。いや、最悪とまで言える。病院の一見もあるが、記憶を失い、性格や考え方、価値観まですべて変わっているため、山崎の方が拓真より好感が高かった。
「悪かった…」
俺は棒立ちになって謝ることしかできなかった。気まずくなった俺は自分の席へと戻る。
今度近づいていったのは周囲の女子。無事に紗黄が帰ってきたことを喜び、それと山崎に関しての忠告を紗黄にしようとしたが、今度は山崎が紗黄と同じような事を言って帰らせた。
仲の良い男友達が俺のことを心配してくれたが、俺は「すぐにもとに戻るよ」と希望的観測の言葉しか返すものがなかった。
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今日は基本的に講義だったため、朝以来、紗黄とは話すどころか顔も合わせなかった。放課後、俺は紗黄と帰ろうとしたが断られ、仲のいい友人と一緒に帰ることにした。
校舎の入り口まで一緒に来たが、友達が忘れ物を取りに教室に戻った。俺は一人で下駄箱の影で待っていた。既に夕日が沈み、空が暗くなってきた。そんな中、誰かの足音とともにかすかに電話をする声が聞こえてきた。
耳を澄まして聞いていると、その声の人物は山崎だった。朝の態度について問い詰めようとも思ったが、次の言葉を聞いて踏みとどまった。
「紗黄の件に関して、助かったよ」
紗黄の件、そして助かったよという言葉。何を話しているのか詳しくは分からないが、明らかになにかがある会話に俺は聞き耳を立てる。
「まさか記憶を天恵でいじれるとは驚いたよ、グリード」
(!?)
まさか、生きていた?そんなバカな。あの時たしかに殺したはずだ。ちゃんと確認もした。だが、グリードという名前が、あいつ以外についているわけはない。生きていたのだ。
俺はどうするべきかなんだ。
「これで紗黄がやっと手に入る。これで面倒だった彼女は俺のものだ」
この後の行動を考えながら話を聞いていた俺。山崎の目的は紗黄そのものみたいだ。紗黄をモノ扱いするような発言に怒りが湧いてきているが、今はこらえる。それに、まだなにか重要な話があるかもしれない。
「後は手筈どおりに動くよ。ああ、もちろん分かっている。一切傷はつけない、君とそういう約束をしたからね」
謎の人物と念密な計画があるのか、何か約束をしたらしい。ある程度聞いた気もするが、もう少しなにか具体的な情報を聞きたくなるのが人というものだ。
「できるよ。今は妖力も上手く使えないみたいだし、連れ去るのは簡単だからね。でもそれはもう少し仲良くなってからかな。万が一やつが動き出した場合は、場所が分かり次第伝える。そっちは任せた。ああ、それと--」
話から推測するに、山崎は紗黄のことを誘拐するようだ。場所の話が何を指しているのかは分からないが、山崎の行動は分かった。時間はあまりないのかもしれない、急いだほうが良さそうだ。まずはこれを紗黄に伝えなくては。
「……ん?そこにいるのは誰だ?」
意識を山崎から外して油断していた。夕日に照らされてできた影が、靴箱の方にいる山崎に目撃されてしまった。誰かがいることを知って、山崎は問い詰めようとこちらに近づいてくる。
問い詰めようかとも思ったが、焦っているためその思考は抜け落ちている。今はここから離れなくてはという思いが思考を埋め尽くしていた。
急いで能力を使い、木の上に瞬間移動してそのまま隠れる。山崎は不審がっているが、俺の姿は見られていない。とりあえず、一緒に帰る約束をしていた友達には帰れないことをスマホで伝え、紗黄を探しに行くことにした。今日1日中紗黄の隣に山崎はいたが、紗黄の帰り道を知らず、未だここにいる山崎の邪魔は入らないはずだ。俺は紗黄のもとに全速力で向かった。
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「万が一、か」
人混みの多い東京。その中心地とも言える新宿のスクランブル交差点で男はつぶやいた。さっきまである人と電話をしていたグリードは、事態が急変した場合のために、とある人物達に支援を頼むことにした。
じきに戦いが、始まる。グリードはそう感じた。その人物の後ろ姿は人混みの中に消えていった。
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急いで駆け出したおかげで、何とか帰り途中の紗黄に追いついた。その隣に目を向けると山崎がいる。あまりにも早く、なぜ場所を知っているかも分からない。だが、今はかまってる暇もない。さっきの話を紗黄に伝えなくては。
「紗黄!その男はお前のことを……」
説明しようとしたところを紗黄が割り込んでくる。
「もう私に関わらないで!今の私はあなたのことを知らないし、なんの感情も抱いてないの!むしろ気持ち悪い、私に二度と話しかけてこないで!顔も見たくない、あんたなんか彼氏でもなんでもない!」
紗黄が思っていた言葉を全て吐き出した。その言葉の釘は拓真の心に深く刺さる。ひどくかえしのついたそれは、抜こうとするたびに、さらに心に傷をつける。
「でも!そいつは……そいつは……」
自分に対して思っている負の感情を間近に聞いて、言葉が詰まる。釘はより刺さっていく、深く、深く、深く心に。
「このペンダント、いらないので返します」
「え……?」
そう言って紗黄はポケットから取り出したペンダントを俺に投げ渡す。
そのペンダントは思い出の品、付き合いたての頃、夏祭りで撮った2ショットが入ったネックレス。蓋がついており、普段はシンプルなネックレスだが、毎日写真をどこかしらで見ている。ふたりとも付けたりはしないが、おそろいのネックレス。大切な品を紗黄から渡された。
「あなたと一緒に写ってる写真、持ってるのも嫌なので」
もう何も言葉が出ない。ただただ辛い、それ以上何も感じない。うなだれて絶望している俺。
「行こっか、紗黄ちゃん」
山崎は紗黄にそういった後、俺に近づき、目の前で「彼は紗黄の記憶は戻らないようにしておいたってさ。俺とお前の立場も入れ替えてくれたってよ」と言ってきた。
「グリード!?山崎、てめぇっ!?」
俺から山崎の顔は見えない。見たくない。いっそのこと、怒りに感情を埋め尽くされてほしかった。怒りは湧いてきたが、それよりも、ぽっかり空いた心の穴から感情や気力というものが流れ出てしまう。怒りと悲しみ、無力感。全てが混ざり合い、そして、俺の体は起き上がることができなかった。
山崎の面を見ていないが、どんな顔をしているのかは分かる。悪い笑みだ、自分の策略で誰かを陥れたときの、邪悪な顔だ。
「二度と近寄んなよ。じゃあな、た、く、ま、く、ん?」
山崎は俺の耳元でそう言った後、紗黄の隣に戻り、帰ろうとしていた。
いつもの俺なら何が何でも殴りに行くところだが、今の俺にそんな気力もない。俺は紗黄に別れを告げられたのだ。
そして俺は、紗黄と山崎の後ろ姿を見ることすらできずに終わった。
なんで、どうして。いや、理由はわかっている。グリードが原因だ。でも、それでも、最愛の人から何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も深く刺された。心の傷は開くばかりだ。
ひどい一日だった。
設定:
・拓真の『無効化』は今起きている事象にのみ作用します。
・紗黄の状態は記憶やらなんやらが『改変』されており、『神化』した能力ではないと、それは
突破できません。(拓真は『神化』したものなら打ち消せることを知らない)
作者のコメント:
ゴールデンウイークも残すところあと一日。多くの人にこの物語を見ていただけて嬉しいです。明日も是非よろしくお願いします。




