第1話 【きさらぎ駅】
「祭り楽しみだなぁ」
俺、片桐拓真は駅で彼女を待っている。今は高校二年生の夏休みが始まってまだ一週間ほど。学生が課題を忘れ、日々の青春を謳歌しているときに俺たちは夏祭りに行く約束をしていた。
「もうそろ来るのか」
スマートフォンの通知には今向かっているとスタンプが来ていた。あと何分で来るのだろうか。沈みゆく夕日を眺めながら考えていると、後ろから足音が聞こえた。
「たっく〜ん!遅れたごめん!」
全速力で駆けてきたのだろう。いつもセットしている前髪は少し乱れ、肩掛けのバッグを手に持ちながら走ってきた彼女が後ろにいた。
「全然大丈夫だよ。俺も今来たところ」
彼女と合流した俺は、外の暑さから一旦避難しようと、涼しい場所に移動することにした。
待ち合わせ場所だった駅の中は様々な施設が集まっており、そこで今日の祭りであったら便利なものを探すことにする。
どんなものでも100円で買える店は便利だ。おかげで昨日準備していたときになかったものを買うことができた。
買ったはいいものも使うのは暗くなったあとのことだろう。とりあえずバッグのサイドポケットにそれはしまっておく。
「今日はたくさん食べるぞ〜」
紗黄はガッツポーズをしながらそう呟いた。
彼女の内面は二年近く付き合っているがあまり分かっていない、謎すぎる。思っていることは何となく読み取れるが、本質はわからない。ヤンデレとかそういうやつな気はしている。俺が彼女からのメールを一分でも放置してみろ。次の瞬間には鬼電がかかってくる。彼女は他の人よりもほんのちょっぴり嫉妬深いのかもしれない。
「次の電車がもうそろ来るから急ごっか。走れそう?」
紗黄が電車に乗り遅れることを危惧して俺は声をかけた。時刻は四時半。さっきスマホで確認したが、あと10分ほどで電車が来る。帰宅ラッシュに巻き込まれるのを避けるためにはこの電車に乗るのが一番いいため、乗り遅れてはいけない。
「もちろん!じゃお先に〜」
彼女がそう言いながら走り出した。口元に笑みを浮かべ、追いついてみろよと言わん顔で走り出した。彼女の目指す先は、エレベーター。どちらが先に押すかの真剣勝負。
「え?ちょ、待って!」
彼女の行動が一瞬理解できず戸惑った俺だが、すぐに駆け出して彼女の後を追う。
「待ちやがれぇ〜!」
「やーだねぇ!」
俺の言葉に耳を傾けず、前に前にと全力で逃げている彼女を俺は追いかける。駅のエレベーターまで残り二00メートル、勝者はどちらか。
LOSERは俺だ、勝てなかった…先に駆け出したのが紗黄だったのもあるが、それはさほど負けた原因ではない。彼女は子供の頃から様々な習い事をしており、ダンスやピアノ、それに水泳など技術を多く学んでいる。体の動かし方が違うのか、容姿からは想像できないほどの動きができる。俺も体を鍛えているほうだと思っていたが、やはり勝てない。
「私の勝ちだね」
尻をついて地面に倒れている俺に手を差し出しながら言った紗黄。俺はその手を取って立ち上がった。立ち上がると、ちょうどエレベーターが下に到着し、ドアが開いた。俺たちはそれに乗り込むと息を整える。
「紗黄、お前早すぎるだろ」
息切れを起こしながら少し枯れた声で俺が言った。それには少しだけ笑いも混ざっている。女子はそんなに走らないものだと先入観があったが、彼女はやはりどこか違うようだ。
バテバテの俺に対し、紗黄は肩にかけたバッグから小さい水筒を取り出し、水を飲んでいる。全力で走った後とは思えないほどに、彼女の呼吸は落ち着いていてどこか涼しさまで感じてくる。思い返せば、待ち合わせ場所に来たときの彼女も息は上がっていなかった。ここまでの差が開くほどに、俺と紗黄の体力は違うようだ。
俺はパネルの閉めるボタンを押したあと二階のボタンを押す。エレベーターは上に向かい始めた。
「喉乾いた〜、一口もらえる?」
「どうぞ」
エレベーターに取り付けられた手すりに掴まりながら、深呼吸していた俺に紗黄は水筒を渡してくれた。さっき走ったことと夏の暑さが合わさり、喉がカラカラだった俺は水を勢いよく喉へと流し込む。
「っう〜〜〜染み渡るわぁ」
枯れかけていた声がもとに戻る。俺が水筒を返すと、紗黄は水筒の飲み口をジロジロと眺めだした。
「ふむ、なるほど」
紗黄はなにかに納得したらしいが、俺には皆目検討もつかない。
「なにが!?」
俺の呼びかけに紗黄からの応答はない。気になったので聞こうとしたところ、エレベーターが二階に到着したとスピーカーから機械の音声が流れた。音に反応して俺がドアの斜め上にあるスピーカーを眺めている間に紗黄は目をつぶって水筒の中身を一気に飲む。
「紗黄、着いたよ?」
またも紗黄からの応答はない。
パネルを見ながら開けるボタンを押していた俺だが、紗黄がエレベーターからなかなか降りないことを不思議に思い後ろを見ると、紗黄は水筒の蓋を締めているところだった。
「ん?あ〜ごめんごめん!」
ぼーっとでもしていたのか、エレベーターが到着したことに紗黄は気づいていなかったようだ。エレベーターから降りた紗黄は、こちらに顔を向け笑顔を見せる。
「水、美味しかったよ」
駅にたどり着いた後、俺たちは駅のホームにあるベンチに座り、上りの電車を待っていた。紗黄はスマホで猫の動画と推しの俳優の投稿を見ている。話しかけようかとも思ったが、いいねを爆速でつけている彼女の邪魔をするのは申し訳ないため、俺もスマホを開く。
ネットニュースを漁っていると、一つの記事が目に留まった。『怪奇現象:駅で起こった行方不明事件』という見出しの記事が気になり中身を確認すると、電車に乗ったはずの人が行方不明になったらしい。父と母と子供の三人で旅行に出かけようとしていた一家が、電車に乗った後行方が分からなくなったとのこと。改札から入場した記録は発見されているが、今の所電車の路線内の改札から退場した記録は残っておらず、事件は今日で発生から一週間が経つという。すでに行方不明届けも出されていて警察が捜査中とのこと。
世の中には不思議なこともあるものだなぁと思っていると、駅のホームに俺たちが乗る電車が来るとアナウンスされた。
「紗黄、行くよ」
「はーい!」
椅子からすでに降りている俺は紗黄の手を引っ張って体を起こす。電車の一番後ろの車両に乗るために急いで駆け出した。
***
列車には前方と後方の一部に二人席が存在する。そこに座るために最終車両に乗り込んだ俺たちだが、残念ながら全て埋まっていた。俺たちが座れそうにない。立って待つことも考える。だが一時間以上そうすることになるので空いている席を探すことにする。
そうして列車の前方へと動きながら空いている席を探すと、ボックス席がちょうど二人分空いているのが見えた。
座っていた女子高校生らしき人たちに軽く会釈をして空いている席に座る。俺が進行方向と同じ向きにある窓側の席に座り、紗黄はその隣に座った。反対側のボックス席をふと見ると、新聞を見ているおじいさんとスマホをいじっている女性などが座っていた。見た感じ別の団体だろうが、二人だけでボックス席を使われると結構だるい。特に、横並びじゃないとめんどくさいんだよな。
奇跡的に空いていた席に座ってホッとしたのもつかの間、眼の前の席に座っているうちの一人が話しかけてきた。その相手は自身の正面にいる女子高校生らしき人で、髪が金色で制服を着ているためいわゆるギャルという印象を受ける。
「私は篠本菜華!んで、隣のこいつが綾西結月。お二人ってどういう関係なんですか!もしかしてカップル!?」
食い気味に話しかけてきた眼の前の二人に俺が驚いているのもつかの間、菜華の隣りに座っていた結月はダル絡みをし始めている友の頭を叩く。
「何聞いてんの!失礼でしょうが。ほんとにすみません、うちの菜華が」
ツッコミにしては随分威力がある一撃だった。叩かれた菜華は「いってぇ〜」と言いながら頭を抑えている。少し自業自得な面もあった気はするが、十分過ぎる天罰だった。なんとなくだが、悪い人たちではないように感じる。
なんと言おうかと隣にいる彼女に相談しようとした俺を置いて、紗黄が口を開いた。
「全然平気だよ。それよりも、私の名前は志島紗黄。隣の彼は片桐拓真。私の彼氏だよ」
はっきりとした声で彼女は言った。俺の彼女、コミュ力高すぎんか?初対面の人によくそんな風に話せるなと俺が感心している一方で、話しかけてきた菜華さんと話を聞いていた結月さんは口に手を当て顔を少し赤くしている。
菜華は初対面だから良い掴みを得ようと少し絡んでみたのだが、思いもよらない返答に羞恥心というのか乙女心というのか、よくわからないが感情が高まり顔が熱くなった。結月に至っては少女漫画でしか見ないような王子様のセリフに心を踊らせた。
少しだけ二人との距離が近づいたのか?心のなかで菜華と柚月は同じことを思っていた。
***
少し経ってから列車がトンネルに入り、上部に取り付けられている明かりだけが車内を照らし始めた。気圧なのか何なのか、肌に嫌な気配が一瞬したように感じたが、それは思考からすぐに除外される。それはなぜかというと、さっき初めて会った菜華と結月との話は盛り上がり、30分ほど話し込んでいた。だが開始から10分もして、俺は紗黄と菜華と結月のノリについていけなくなり、外の景色をボーッと眺めている。そんな状態なので、今の俺には思考力がない。周りの状況を流れに任せているだけの無気力な状態でダラダラとしているのだ。
俺の耳にはこの列車に乗っているであろう女子高生の声が聞こえていた。あまりはっきりとは聞き取れないが、犬の話で盛り上がっている様子。
周囲の声に意識を向けていた俺だが、とあることに気づく。絶対にあるはずのない一つの現象、それが今起こっていた。
「ねぇ紗黄、トンネルなんていつも通ってたっけ?」
ふと疑問に思った俺は紗黄の耳元で言った。そう、いつも乗っているこの電車でトンネルを通ったことなど今までに一度もないのだ。考えられる原因は電車を乗り間違えたぐらいしか思いつかないが、それはありえない。定刻通りに来た電車に乗った記憶はあるので、それは除外される。ならなぜだ?
「なかったはずだね。そんな記憶ないよ?」
彼女の言う通り、今までこの路線でトンネルを通った記憶なんてない。俺の勘違いかと最初は思ったが、やはり違うらしい。
「え?電気消えた」
よくわからない状況に焦りを感じ始めている最中、急に車内を照らしていたLEDが消え、車内が闇に包まれたことに俺は驚く。
明かりは一切なく、目の前には闇が広がっている。耳をすますが、何も聞こえてこない。
「何も見えない…怖いね」
紗黄も暗闇で何も見えておらず、少し心細いようだ。俺の声を頼りに手でどこにいるのかを探しているようで、俺の左腕に彼女の手が当たる。
少しでも明かりをと思って携帯を取り出そうとしたが、いつもポケットに入れずに持ち歩いているのでバッグを探すが暗くてどこにあるのかがわからない。
だが、俺には秘策がある。このバッグにはサイドポケットがついており、100均で買ったとある物がしまわれている。暗闇の中、サイドポケットのチャックに手をかけて、ジッパーを開く。取り出した物のスイッチをつけると、一本の光が灯る。
「こいつを買っといてよかったよ」
そう、俺が買ったのはライト。祭り会場が神社なので明かりが少ないことや道中が悪路であることを見越して買っておいたのだが、まさかここで役立つとは。
ライトで周りを確認しようとした矢先、電車の電灯が点滅したかと思うと、明かりが復活した。意外とすぐに復旧するのだと安心した一方で、俺の眼は大量の光に照らされ目を開けられない。
急に暗いところから明るいところに変わったので、目がなれない。一度目を閉じて目を落ち着かせる。
(役立つかと思ったが無駄だったか)
ライトの電池がもったいないので、スイッチをオフにして手探りでカバンにしまい込んだ。
「どうなってるんだ?」
目が慣れて状況を確認した俺は驚いた。さっきまで向かいのボックス席にいた人がいない。あの暗闇の間に移動したのだろうか。極めてありえないことだが、可能性はゼロではない。
今車内がどうなっているのかを確認しようと立ち上がった。そして、更に理解できないものを見てしまった。俺たちが座っている方の真後ろにある二人掛けのところに男二人組がいる以外に誰もいないのだ。トンネルに入ったときにはまだ人の声や気配があった。だというのに、電気が消えると同時にそれは一切なくなったことを思い出す。
いや、本来であればいきなり電気が消えた場合、紗黄のように慌てたり騒いだりするはずなのだ。
「巻き込んだ?」
結月は菜華に聞く。拓真や紗黄とは違い、結月や菜華は今何が起きているのかを正確に理解している。それを言葉で拓真たちに説明するには時間が足りないため、それはしないのだが。それに、下手に伝えれば拓真たちがパニックも起こしかねない。本来であれば自分たち四人だけがこれに巻き込まれる予定だったのだが、二人が巻き込まれてしまうのは二人とも想定していない。
「いや、狙いはそっちみたいだ」
自分たちの任務に巻き込んでしまったという最悪なパターンを想定した結月だったが、菜華は拓真たちの方に視線を向けながらそれを否定する。今回の場合は菜華自身の目の前に拓真と紗黄がいることで狙いはそっちであったことを把握している。私たちはあくまで無理やり入ってきた立場のため、ここに二人がいる時点でどちらを狙っているのかは明らかであった。
「さて、そろそろ私達の出番かな。お〜い涼介!紅!もう来ていいぞ!」
菜華は席を立ち上がり、拓真たちの後ろの席にいる男二人組に声をかけた。
「今度は俺だけで勝てるかな?」
首から白い御守りを下げた男子は体を伸ばしながら立ち上がり言った。
「俺だけじゃなくて俺たちな。勝とうぜ、紅」
それに続いて、金色の髪をした男子は友人と拳を交わしながら立ち上がる。
「応!」
「はいはい、いいからいいから。男の友情とか暑苦しいから、さっさと終わらせて仕事するよ」
紅と涼介の会話を雑に流した菜華。
状況が理解できない俺と紗黄。
────突然車内に次の駅を伝えるアナウンスがされた。
その駅の名は、
「次は〜【きさらぎ駅】〜【きさらぎ駅】〜」
このときの俺はまだ知らなかった。この事件をきっかけに、俺の日常に大きな変化が起こるとは。
そして、紗黄の身にあんなことが起こるなんて。
今日の日付は七月二十九日、決戦まで残り……
初めて書いた物語ですので至らない点があると思うのですが、温かい目で見ていただければ幸いです。
今後とも宜しくお願いします。
裏話
・紅と涼介は菜華たちの仲間だが、女同士の会話が始まったため二人席に移動した。
・四人は拓真が読んでいたネットニュースの記事にあった行方不明事件を解決するために呼ばれた。
・電車に乗っていた人が消えたのは彼ら六人が現世ではないところに行ったため。正確には、消えたのは自分たち。