『いつかまたこの場所で君とめぐり会いたい』
Title:決断した、その時
Theme:フラクタルな路
Type1:標識
Type2:詩
(ふたつの警告灯がそれぞれ、歩行者信号の「進め」と「止まれ」になった、黄色と黒の踏切警報機がある)
カンカンカンカン。
ずっとチカチカはしてないよ。
だから行動したんでしょ?
カンカンカンカン。
自分がカンカンになってない?
冷静だと思うのは自分だけかも。
ガタンゴトン。
ま、行動したなら信じるのさ。
ダメなときは轢かれるだけさ。
本来、“部屋”を訪れた人々は、何も考えることなく“扉”を開け、次の“世界”へと旅立ってゆく。それは何も悪いことではなく、そうあるべき流れ。“黄色いアゲハ”の本能とでも呼ぶべきもの。
だが、この本能に従ったままでいては、死別した他者とまた会おう、などとは夢のまた夢となる。理不尽がそこに在るなら理由が無くとも抗いたくなる、というのは、程度の差こそあれ万人に見受けられる人の性というものだろう。ましてや、理由がある者ならば、尚更。
(だから――というわけでは、決してないけれど)
“調律”された者達は(理由無き反逆と同じように、程度の差こそあれ)“部屋”を訪れても、本能を抑えて理性的な行動がとれるようになる。
故に、“部屋”に蔓延る本能を理解し、サクラが居ないことを理解するに至った、【世界に仇為した世界樹】は、再びピンヒールが鳴り響くまで、そして褪せない音色が“部屋”を埋め尽くすまで、立ち尽くすのみだった。
「これが……ぼくと、サクラを会わせてくれたの?」
【世界樹】の前には、無数の“世界”を映すモニターの群れがあった。
「まぁ……そうね。ホントは全然違うけど、アナタからみればそうね」
詮無き話になることに気付いて、【調律師】は厳密な説明を放棄した。
「そっか……ありがとう。ぼくとサクラを会わせてくれて。――これだけは、言っておきたくて」
「凄いわね」
残酷にデザインされたことへの糾弾よりも、破壊された幸せへの感謝を述べてみせた【世界樹】に、思わず【調律師】は感嘆の声を漏らした。
「どこまでも自己中心。意識に対等な相手が存在しない。故に、他者との対話が成り立たない」
その感嘆を打ち破るが如く、モニターの映像が切り替わる。
あの、光る苔で照らし出された箱庭のなか。
吐息を荒げて、相手の名前を呼んで求め続ける声。
伸びっぱなしの髪と髭に、土か垢かがこびりついた体。
見るに堪えないほど、汚れた男の姿が映し出された。
「こんなものが愛されると思うのか?」
『サクラ……あぁ……サクラ……はあっ』
その男は、映像の視点になっている彼女――サクラに、いきり立った性器を押し付けているところだった。
「相手の存在を確認すること無く、ただ己の欲求をぶつける……植物というよりは、獣と呼ぶべきか」
緑色の月桂樹の冠は、俯いて何も言わない。
「人間社会への合流――其れは即ち、他者の模倣。知的生命体に必要とされるものだ」
【世界樹】のまわりを、透明な棺が立ち囲む。
「何故ならば、模倣こそが知性の顕れであるからだ」
棺に収められた少女の骨格たちは、顎の骨を揃えてそう言った。
「人にペースを合わせることを模倣と呼ぶのなら」
カツンと、ピンヒールが鳴る。
「それに対して、自分が持つペースを習慣と呼ぶこともできるんじゃないかしらね」
【世界樹】と、その眼前で寄り重なってひとつになった棺の間に、【調律師】が立ち入る。
「この子に限らず、習慣と模倣のパワーバランスが崩れた人なんて幾らでも居る」
金髪に透ける瞳が、俯いたままの月桂樹の冠を見る。
「まして、植物への不思議なチカラも持っているんじゃあ、不安定になるのはごく自然」
【世界樹】が顔を上げて見たのは、「お膳立てはもう充分でしょ?」と言わんばかりの【調律師】の顔だった。
「――そして、ぼくにそうさせたのは、あなただ」
【世界樹】の無垢なる顔が、モニターに映るかつてのおぞましい己と対峙する。
「原因であるあなたを斃さないと、ぼくは先に進めないと思う、だから」
突如として、強靭な蔓がモニターめがけて打ち下ろされる。
だが、液晶画面は砕けることなく、液状になって蔓を受け止めてみせた。
「我々を害することは不可能だ」
スライムのように蠢いたそれは、ひとのかたちをとった。
「お前に、我々が殺せるのか?」
サクラの姿をとった【神】が、そう問うた。
「サクラに、また会いたいから!」
【世界樹】は、幼さが残る声で仇為した。
『チェリー』
スピッツの楽曲。1996年リリース。