『嗚呼、粗末なアイロニー』
Title:気付き
Theme:フラクタルな路
Type1:標識
Type2:詩
(黄色のひし形に、「!」と「?」が下の点を共有する形で重なった図案の、標識が立っている)
気付いて驚いた
自分が何も知らないことに
興味があるかは別として
気付いて不可解だった
自己を視ない者が居ることに
ドキュメンタリを撮るだけなのに
そうしていつしか理解した
“観測”に意味も存在も無いと
興味津々、これだけで良い
「僕が……妹を死なせてしまうことも、コレが決めたっていうのか?」
【愚盲の兄】が、それを指差して【調律師】を振り返る。
「そうよ」
「けど、これじゃあまるで……」
喀血で汚れた白いワンピース――妹の残骸が、錆びた宝箱の中に入っていた。
「妹が病気であること、お前が無駄な宝探しに精を出すこと、そもそも2人が存在すること、そんな世界が存在すること。此れ等全てが我々のシナリオ通りだ」
【神】が【愚盲の兄】へ事実を突き付ける度、ワンピースの胸元の滲みが大きくなってゆく。
「妹が病気だって判った時には、運命はなんて残酷なんだろうって思ってたんだ」
【愚盲の兄】が、握りしめた空の手を見つめる。
「お前が……謂われも無い理不尽を決めたんだな」
そう言って、彼は【恣意的な因果律の策定者】を怒りの視線で刺す。
「其の感情も、敵意も、今の言動すら、全て我々が書いている。――理不尽ではなく、その苦痛が美しいだろうと想した故、斯様な愚盲極まりない冒険譚を書いたのだ」
宝箱は消え、【愚盲の兄】の後ろに、警句が刻まれた石碑が浮かんでいた。
「……は?」
「
見極めよ と 我々は宣告した
汝の路を閉ざしたのは 汝である
」
「僕をそうさせたのはお前なんだろうが!!!」
【愚盲の兄】が振り向いて石碑を読んだ瞬間には、そのまま脚を振り回して蹴りを放っていた。
しかしまたしても石碑は消え、振り抜かれた脚は空を切った。
「“そうなるようになっている”とはいえ、病気の妹を置いて宝探し、ってのは流石に……」
頭を掻きながら、【調律師】は擁護を諦めた。
「“調律”も効かなかったんだから、こればっかりは、完全にアナタの過ちなのよ……もちろん、アイツが全面的に悪いんだけどさ」
「自惚れなかった僕が悪い、ってえのかよ……」
【愚盲の兄】は【調律師】に掴み掛かる。
「……そう。ひとり残され、さびしい思いをする、アナタの事を大好きな、妹ちゃんの気持ちを考えなかった」
【調律師】が、ゆっくり優しく、掴んでいる手を払う。【愚盲の兄】の涙を、指ですくう。
「けれど、全部が全部ムダなわけじゃない。過去の経験すべてが、今のアナタへと持続している。残念ながらアナタは死んでしまったけれど、それでもこの“部屋”に立っている。そこに意味はあるのだから」
そう言って、金髪のポニーテールが翻る。おやじさんが腕組みをして、彼女を睨みつけていた。
「余計なお喋りが過ぎるのではないかな」
「アタシの勝手でしょーが」
「シナリオから外れた自由裁量が付与されているとは言えど、お前は我々直属の被造物――“舞台装置”であること、忘れた訳ではあるまいな」
「そんなわけないでしょー! 順当に従ってるだけよ? アタシもね。あ、カン違いなんてしないでよ?」
【調律師】は【九十九神】に向かって、チッチッチ、と指を振った。
『三日月ステップ』
r-906の楽曲。2020年公開。